あなたをもっと知りたくて
空欄の場合は ミョウジ ナマエ になります。
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――そして迎えた面談当日、すまなそうに口を開いたイアイアンの言葉に、ナマエはああやっぱり、と落胆していた。
「…申し訳ないが、広報から伝えた通りマスコミの取材は受け付けていないんだ」
その日、予定時間よりも少し遅れて、ヒーロー協会の応接室にイアイアンは現れた。
腰から下は鎧、上は黒のインナーという半端な出で立ちだったが、彼は始終なごやかで礼儀正しかった。
突然の怪人駆除で時間に遅れたこと、またむさ苦しい格好であることの非礼を丁寧に詫び、ナマエがインタビュー記事を組みたいという概要を説明する間も、時折相づちを打ちながら静かに耳を傾けていた。
取材NGだと事前に聞かされていなければ、そうとは気付かなかっただろう。
しかし、その瞳の奥に「俺は決して自分の意思を曲げないぞ」という頑なさが見え隠れしているのを、ナマエは見逃さなかった。
そして話を聞き終えるやこれである。
手強い、とナマエは思った。
もっと感情的に、敵意を露わにしてくるタイプならまだ訴えようがある。
だがイアイアンはあくまで冷静だった。こちらに悪感情は欠片も抱いていない。
その上で自分の中の規範に基づいて拒絶してくるのだった。
武人というのは皆こういうものなのだろうか。それとも彼の性格的なものなのか。
ナマエはイアイアンの意思の固さにすっかり気圧されていた。
確か自分よりも歳下のはずだが、とてもそうは思えない。
しかし、こうやって対面で会うところまでこぎつけたのに、おめおめと引き下がる訳にはいかない。
ナマエは気を取り直して、人懐っこい笑顔を作った。
「そうですよね、広報の方からもそのように伺ったんですけども、どうしても聞いて頂きたくて…ご無理を言ってすみません。
あの、本日はあくまでお話だけのつもりなので、すぐにお返事頂かなくても構いません。またゆっくりご検討頂ければ、」
「いえ、気が変わることはありませんので」
わざわざご足労頂いたのにすみません、とにべもなく返される。
ビシッと営業スマイルにヒビが入る音がした。
いけない。気持ちを強く持つのよ。
自分を奮い立たせ、ナマエは尚も食い下がった。
「ま、まあそうおっしゃらずに」
「いえ本当に結構です」
「…そ、そこのところを特別に、なんとか聞いてもらえたりなんか……しませんよね」
しつこいな、と言いたげなアイスブルーの瞳にじろりと睨まれ、振り絞った語気はあっけなく萎んだ。
(駄目だわ…)
けんもほろろである。今朝オフィスを飛び出た時の意気は、もはや見る影もない。
あからさまに落ち込んだナマエを見て、イアイアンはひとつため息をつくと、遠慮がちに問いかけた。
「その…どうしてそこまで俺に?話題性のあるヒーローなら、他にも大勢いるでしょう」
話題性、と聞いて事前にリサーチしていたイアイアンの評判を思い浮かべた。
A級2位という実績は輝かしいものの、確かにイアイアンはあまり目立たない。もっと言うと地味だというイメージを持たれているらしい。
メディアへの露出を拒んでいる影響もあるだろう。
更に師匠がS級のアトミック侍であることや、一つ上のランクにあのアマイマスクがいることもあり、なんとなくその影に隠れがちなようだった。
ネットを駆使してそれらの情報を集める間、でもあんなにかっこいいのにな、とナマエは釈然としない気持ちだった。
(うん、ほんとにあの時はすごかった…)
イアイアンが鮮やかに怪人を排除してのけた光景を思い出しながら、ナマエは口を開いた。
「…話題性目当てであなたに声をかけたのではないんです。あの、半月ほど前に※市であった怪人災害って覚えてますか?」
突然話が方向転換したことに、イアイアンは少し戸惑っていたが、ナマエの言葉を聞いて記憶が蘇ったのか、暫し考え込んだ後、口を開いた。
「…なんか硬度100倍がどうのこうの言ってたような」
「あっそうそう!それです!その時私もその場に居合わせたんですけど」
「あ…そうだったんですか」
実際は居合わせたどころか命を助けられたのだが「すみません、あの時は別件で急いでいたものでよく覚えていなくて」と頬をかくイアイアンは、ナマエのことは全く記憶に無い様子だった。
プロヒーローの日常を思えば、彼らにとっては片付けた仕事のひとつでしかないのだろう。
でも、ナマエにとっては大きな意味を持つ体験だったのだ。
心情をぽつぽつと言葉にしていく。
「私…今の世の中で、自分の仕事に何の意義があるのかってちょっと悩んでいたんですけど、あの時イアイアンさんを見て、なんていうか目の前がパッとひらけたような気がしたんです。
最近はヒーローの報道も、厳しい見方のものが多いじゃないですか。
それももちろん報道の大切な役割ですけど…それだけじゃなくって、こんなに強くてかっこいいヒーローがいるんだ、まだまだ負けてないんだぞっていうのを、もっと広められたら良いなって思ったんです」
そこまで話したところで、イアイアンがポカンとしているのに気付いたナマエは我に返った。
こんな個人的な事情を聞かされても、イアイアンからすれば一体どうしろという話だ。
つい熱が入り過ぎて余計なことまで喋ってしまった。
ナマエは慌てて立ち上がった。
「すみません!私関係ないこと話し過ぎですよね。今日のところはこれで失礼します。また是非お時間頂けたら、」
「…わかりました。引き受けます」
「えっ」
持参した資料を纏めていたナマエは、驚いてイアイアンを見た。
男性にしては色の白い顔には、なぜか決まりの悪そうな表情が浮かんでいる。
この人今、何て言ったんだろう。
鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしているナマエに、イアイアンは繰り返した。
「だから、引き受けますよ。インタビューの件」
今度は聞き逃しようがなかった。
そして言葉の意味を理解するや否や、ナマエは反射的に机に手を付き前のめりになっていた。
「な、何で!?」
「いや…何でもなにもあなたが依頼してきたんでしょう」
イアイアンはナマエの勢いに少し引き気味だったが、先ほど断ったはずの取材申し込みを承諾するつもりらしいのは間違いなかった。
しかし何故いきなり気が変わったのか。
急転直下の展開にナマエは混乱していた。
もしかして一瞬の間によく似た別人にでも入れ替わったとか?
疑問符を大量に浮かべながら、ナマエは問いかけた。
「そ、それはそうなんですけど…さっきは全く乗り気でいらっしゃらなかったので、なんでかなと…」
「まぁその、心境の変化があったといいますか」
「このちょっとの間にですか?」
「ええ、はい、まあ…」
あまりにナマエが驚いているからか、イアイアンは次第に気まずい表情になっていく。
それを見てナマエはハッとした。
まずい。なんだかわからないがせっかくOKしてもらえたのに、また機嫌を損ねたら大変だ。
焦りながら申し開きをした。
「違うんですよ、ちょっとびっくりしただけで、依頼を受けて頂けたことは本当に嬉しく思ってますから…あっ今更やめるなんてナシですからね!言質とりましたからね!」
「わかってます、わかってますよ」
ナマエの必死な様子に、イアイアンは何度も頷き返している。
とそこで、勢いあまって机の上の彼の右手首をわしづかみにしていることに気がついた。
「すっすみません!」
速やかに離し、両手を浮かせる。
(やっば…!)
大丈夫?これセクハラじゃない?
ていうか腕太!丸太掴んでるみたいだった…ってそうじゃなくて!
ナマエがパニックになっていると、一人でドタバタしている様が可笑しかったのか、イアイアンは耐えきれない様子で小さく噴き出した。
「あ…」
顔中が熱くなっていく。
さっきからヘマをしてばかりだ。結果的にはうまくいったものの、出版社全体に変なイメージを与えてしまったかもしれない。
ごめんなさい先輩、と心の中で謝っていると、顔を逸らして肩を震わせていたイアイアンがナマエを見た。
どくんと心臓が高鳴った。
「変な人だな、あなたは」
――わ、笑った!
思わず目を見開く。
胸の奥がキュンと妙な音を立てた気がした。
難しい表情ばかりしていたイアイアンの笑顔は破壊力十分で、なぜだか今夜は眠れない予感がするナマエだった。
インタビューの詳しい日程や内容については、また追って連絡することになり、ナマエは協会を後にした。
(まさかこんなにあっさり引き受けてもらえるなんて)
未だに実感がわかない。
最初の感触からして、仮に説得できたとしても時間がかかるだろうと覚悟していた。
次回は好物のスイカで懐柔しようと、有名スイーツ店の夏の新作デザートの値段を頭の中で勘定していたのに、とんだ拍子抜けだ。
ぼうっとしていたナマエは、協会を出発したシャトルバスの中で、編集長への報告を忘れていたことにやっと気付いた。
業務用スマホを取り出しコールすると、すぐに応答があった。
「おう、ナマエちゃんどうだった?」
「あ、お疲れ様です。えっとですね、」
声を潜めつつ話し出そうとした矢先、よく通る声に遮られた。
「やっぱ難しそうか?イアイアンってけっこうなカタブツだっていうもんなぁ」
アトミック一門は難所だな〜等と、ナマエを思いやってか口を挟む間もなくフォローしてくる。
「いや、あのですね編集長」
「まあヒーローもいろいろってことで…結果はアレだったけど、どうだ?これを機会にヒーロー関係の方に鞍替えするか?」
「いえ、だから承諾とれました!」
「うんうん、本気で取り組みたい対象ができるのは良いことだよな。この経験を糧にしてこれからも承諾がとれました!!?」
突然の大声に耳がキーンとなる。
ナマエは思わずスマホを顔から離した。
「オイオイそりゃ本当かナマエちゃん!」
「は、はい。イアイアンさんからOK頂けました」
編集長の叫びを聞いたのか、受話器の向こうからは「えっマジ?アトミックの弟子!?」等と周りがざわつく様子が聞こえてくる。
「こうしちゃおれん、次号で巻頭グラビア付きの特集だ!!」
「え!?」
写真は予定してなかったんですけど、という訴えは虚しく掻き消される。
そして「誌面構成変更だ!」などと俄に活気づき出したオフィスの音を背景に、為す術もなくナマエはそっと終話ボタンをタップした。
窓の外に目を向ける。
(…イアイアンさん、写真撮影はNGじゃないと良いな…)
何も知らないイアイアンの実直そうな面差しを思い浮かべる。
思いも寄らずスピードを上げて転がり出した事態に、ナマエは広がる荒野を遠い目で眺めていた。