なないろ小学校
「やっべえ、遅くなっちまった」
道を変えたついでに、本屋に寄っていたら遅くなってしまった。
小走りに歩道を駆ける背に、リュックサックが弾んだ。道に影が長く伸びている。夕焼けの最盛期が過ぎ、赤い空の端にうすい藍色が混じり始めていた。切なくも美しい空の色に、目を瞠る。
(成は、見てるかな)
スマホを取りだして、写真に撮る。あとで、見せてやりたいと思ったのだ。
家についた頃には、すっかり陽が落ちていた。宏章の家は、まだ誰も帰っていないようだ。――ほっと息を吐き、隣の家を見ればすでに明かりがついていた。
「ああ。鍵、鍵っと……」
リュックを探っていると、ガチャリと隣家のドアが開く。
ハッとして見れば――出てきた人影と、庭の塀越しに目が合った。
「成!」
「ひろにいちゃんっ」
リュックを放り出して駆けよれば、向こうも駆けてきた。大きなサンダルをつっかけて、ぱたぱたと可愛らしい足音が立つ。
小さな手が、きゅっと二つの家を隔てる柵を握りしめた。
「ひろにいちゃん、おかえりなさい。遅かったんやねぇ」
「ああ、ただいま――ちょっと、色々あってな」
宏章は、自分を見上げる大きな目に、じんと胸が熱くなった。
(ああ、成だ。一日ぶりの成……)
成己の笑顔に、枯渇していた心が潤いを取り戻す。宏章は柵の隙間に手をつっこんで、小さな頭を撫でた。
「成こそ、どうしたんだ。外に出て、何かあったのか?」
表向きは平常心を装い訊ねると、成己は少しはにかんで答えた。
「えへ。じゃりの音がしたから、ひろにいちゃんが帰ってきたのかなって思って……」
「……俺?」
「うん。きょう、いっぺんも会えへんかったでしょ。おかえりなさい、言いたかったん!」
成己の澄んだ大きな目が、宏章を見上げていた。
(成……!!)
まっすぐに、自分を恋しく思っていたと訴えられて、宏章の情緒は爆発寸前である。
思わず、塀の上から手を伸べて、小さな体を掬うように抱き上げてしまう。
「ひゃあっ?」
ぎゅっと腕に閉じ込めると、かぼそい腕が肩に抱きついてくる。たまらなかった。
万感を込め、宏章は囁く。
「俺も、お前に会いたかったよ」
「……ほんま?」
小さな顔が暗がりでもわかるほどに、ぽっと上気する。宏章は胸を甘く疼かせながら、頷いた。
「本当さ……なあ、いまから家に遊びに来ないか? お姉さん、まだ帰ってないんだろう」
せっかく会えたのだから、まだ離れるのは惜しかった。
お隣同士の環境をフル活用し、宏章は成己を口説きにかかる。効果は覿面で、成己はぱっと笑顔になった。
「えっ、いいの? あのね、しゅくだいでわからへんとこがあって……」
「いいよ。俺が見てやる」
「やったぁ。ありがとう! お道具箱もってくるね」
成己はくるんと踵を返すと、うきうきと隣家に戻って行った。
ぱたん、とドアが閉まったのを見届け、宏章は胸を撫でる。今日、いちにち会えなかったさみしさが、噓のようにほどけて消えていた。
(やっぱり、成にはかなわないな……)
そう一人ごち、笑う。
自分を寂しがらせるのも、喜ばせるのも……あの子は天才的なのだ。
「よし、そうと決まれば菓子の準備でもしておくか」
宏章は、これからの楽しい時間に想いを馳せつつ、玄関のドアを開けた。
(完)
道を変えたついでに、本屋に寄っていたら遅くなってしまった。
小走りに歩道を駆ける背に、リュックサックが弾んだ。道に影が長く伸びている。夕焼けの最盛期が過ぎ、赤い空の端にうすい藍色が混じり始めていた。切なくも美しい空の色に、目を瞠る。
(成は、見てるかな)
スマホを取りだして、写真に撮る。あとで、見せてやりたいと思ったのだ。
家についた頃には、すっかり陽が落ちていた。宏章の家は、まだ誰も帰っていないようだ。――ほっと息を吐き、隣の家を見ればすでに明かりがついていた。
「ああ。鍵、鍵っと……」
リュックを探っていると、ガチャリと隣家のドアが開く。
ハッとして見れば――出てきた人影と、庭の塀越しに目が合った。
「成!」
「ひろにいちゃんっ」
リュックを放り出して駆けよれば、向こうも駆けてきた。大きなサンダルをつっかけて、ぱたぱたと可愛らしい足音が立つ。
小さな手が、きゅっと二つの家を隔てる柵を握りしめた。
「ひろにいちゃん、おかえりなさい。遅かったんやねぇ」
「ああ、ただいま――ちょっと、色々あってな」
宏章は、自分を見上げる大きな目に、じんと胸が熱くなった。
(ああ、成だ。一日ぶりの成……)
成己の笑顔に、枯渇していた心が潤いを取り戻す。宏章は柵の隙間に手をつっこんで、小さな頭を撫でた。
「成こそ、どうしたんだ。外に出て、何かあったのか?」
表向きは平常心を装い訊ねると、成己は少しはにかんで答えた。
「えへ。じゃりの音がしたから、ひろにいちゃんが帰ってきたのかなって思って……」
「……俺?」
「うん。きょう、いっぺんも会えへんかったでしょ。おかえりなさい、言いたかったん!」
成己の澄んだ大きな目が、宏章を見上げていた。
(成……!!)
まっすぐに、自分を恋しく思っていたと訴えられて、宏章の情緒は爆発寸前である。
思わず、塀の上から手を伸べて、小さな体を掬うように抱き上げてしまう。
「ひゃあっ?」
ぎゅっと腕に閉じ込めると、かぼそい腕が肩に抱きついてくる。たまらなかった。
万感を込め、宏章は囁く。
「俺も、お前に会いたかったよ」
「……ほんま?」
小さな顔が暗がりでもわかるほどに、ぽっと上気する。宏章は胸を甘く疼かせながら、頷いた。
「本当さ……なあ、いまから家に遊びに来ないか? お姉さん、まだ帰ってないんだろう」
せっかく会えたのだから、まだ離れるのは惜しかった。
お隣同士の環境をフル活用し、宏章は成己を口説きにかかる。効果は覿面で、成己はぱっと笑顔になった。
「えっ、いいの? あのね、しゅくだいでわからへんとこがあって……」
「いいよ。俺が見てやる」
「やったぁ。ありがとう! お道具箱もってくるね」
成己はくるんと踵を返すと、うきうきと隣家に戻って行った。
ぱたん、とドアが閉まったのを見届け、宏章は胸を撫でる。今日、いちにち会えなかったさみしさが、噓のようにほどけて消えていた。
(やっぱり、成にはかなわないな……)
そう一人ごち、笑う。
自分を寂しがらせるのも、喜ばせるのも……あの子は天才的なのだ。
「よし、そうと決まれば菓子の準備でもしておくか」
宏章は、これからの楽しい時間に想いを馳せつつ、玄関のドアを開けた。
(完)
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