なないろ小学校
「春日くん、ありがとうね。綺麗になったよ」
「いいえ。おやくに立ててうれしいですっ」
成己がにっこり笑うと、用務のおじいちゃん先生は目じりを下げた。
「いい子だね。授業に遅刻しないようにね」
「はいっ」
ぴかぴかに洗った水槽を台車に乗せて、先生が去っていく。成己はぺこりとお辞儀をして、うんと伸びをした。
「きんぎょさんのお家、きれいになって良かったぁ。いつもどってくるんやろうねえ」
きれいにした水槽は、金魚と一緒に教室に戻ってくるのだそうだ。
成己は、かわいい生き物が好きだ。すでに金魚の当番に立候補しようと心に決めているので、先んじて水槽の洗い方も学んだのだ。
(よおし。これで、りっこうほのときプレゼンできるで!)
かわいい顔して、堅実な性質である。
校舎の壁時計を見れば、八時ニ十分前。もうじき、一度目のチャイムが鳴るので、成己は早足になった。
「――ん?」
廊下のすみっこで、うろうろしている生徒を見つけ、成己は急ブレーキをかける。
その生徒は、おろおろと色んな教室を覗いては、出たり入ったりを繰り返している。成己は不思議に思い、近づいた。
「どうしたん?」
「……っ!」
肩をつつくと、はじかれたように振り返る。紅茶色の目が、ぎょっと見ひらかれていた。
成己は驚いた。クラスメイトで、格好いいと女子の間で評判になっていた生徒だったからだ。――たしか、名前は城山くん。
「だれかさがしてるん? ここ、二年のきょうしつやけど……」
「な……べ、べつに!」
成己が尋ねると、城山はぷいっと目を逸らす。
白い頬が真っ赤に染まっていたので、成己はびっくりした。……彼は知らないことだが、城山少年は絶賛迷子だった。幼馴染の蓑崎にあまりにからかわれ、「ついてこなくていい」と意地を張った結果、一年の教室がわからなくなったのだ。
(まさか、教室さえわからないなんて……城山のおんぞうしが言えるわけがない!)
新入生にはよくあることだが、人一倍羞恥心と自尊心の高い城山くんには、ひどい恥辱であった。それで、右往左往していたところ、成己が声をかけたわけなのだ。
そして成己は、真っ赤な顔で俯くクラスメイトに「迷子かな?」と見当をつけていた。
「ほな、一緒にきょうしつもどらへん?」
「……! なんで俺が」
「ぼく、ひとりできょうしつ入るの、さみしいし」
嘘である。成己はそんなことを気にしたことは無いので、これは城山くんへの大人の気づかいだった。
(えへへ。ひろにいちゃんのうけうり)
いつも優しい幼なじみを見習って、成己は得意である。
城山くんはまんまと術中にはまり、「仕方ねえな」と頷いた。
***
成己と城山少年が友誼を深めているころ――一方では。
「くそっ、遅かったか!」
無人の洗い場で、宏章は悔しげに膝を打つ。
一年の校舎を出たところで、彼は担任の百井先生に捕まってしまったのだ。教材を運ぶ手伝いを任じられ、粛々とそれを終えれば、次は委員会の先生に声をかけられてしまった。気が優しく力持ちの宏章は、こうして雑用を頼まれることが多い。
「じゃあ、もっかい教室に……」
執念で呟いた瞬間、ちょうど予鈴が鳴り響いた。
あと五分で朝の会である。宏章はがくりと肩を落とし、とぼとぼと教室に向かった。
(あー、ついてねえ……せめて、休み時間に会いに行けりゃいいけど……友達と遊んでるかもしんないしなぁ)
宏章は、休み時間などに成己を訪ねないようにしている。心配はしているが、成己の交友関係を狭めることはしたくないからだ。せっかく同じ校舎に居るのに切ないな、と肩を竦めた。
「うわぁ~! どないしょ晴海ぃ、門閉じてしもてるようっ」
「だ、大丈夫や! ランドセルぶんなげて、フェンスよじ登ったらええ!」
「無理やぁ! おれ、フェンス三十センチしか登れへんもん~!」
校門の前を行きがかると、賑やかな悲鳴が聞こえてきた。
見れば、同じ通学班のシゲルくんと晴海くんである。校門がすでに閉められていて、立ち往生しているようだ。
「よじ登るのは、やめとけー。先生呼んできてやるから!」
宏章は苦笑しつつ、近づいた。シゲルくんの顔を、手拭いで拭ってやっていた晴海くんが、ホッとした顔で振りかえる。
「おおっ、おおきに、宏章くん! よろしゅう頼んますわ。ほら、シゲルも」
「ありがとう、宏章くん!」
ずびっと鼻を啜り、シゲルくんも言う。
「いえいえ。体調は大丈夫か?」
「うん! もうへっちゃらやで」
さっき泣いたカラスがもう笑う。ニコニコしているシゲルくんを、晴海くんが優しい目で見つめていた。微笑ましい気持ちで宏章が駆け出すと、背後できゃっきゃとさわぐ声がする。
「晴海~! 宏章くん来てくれて良かったぁ!」
「良かったなシゲル~!」
ひし、と抱き合う二人が、視界の隅に映る。
(同級生っていいな……)
宏章は羨ましく思った。
「いいえ。おやくに立ててうれしいですっ」
成己がにっこり笑うと、用務のおじいちゃん先生は目じりを下げた。
「いい子だね。授業に遅刻しないようにね」
「はいっ」
ぴかぴかに洗った水槽を台車に乗せて、先生が去っていく。成己はぺこりとお辞儀をして、うんと伸びをした。
「きんぎょさんのお家、きれいになって良かったぁ。いつもどってくるんやろうねえ」
きれいにした水槽は、金魚と一緒に教室に戻ってくるのだそうだ。
成己は、かわいい生き物が好きだ。すでに金魚の当番に立候補しようと心に決めているので、先んじて水槽の洗い方も学んだのだ。
(よおし。これで、りっこうほのときプレゼンできるで!)
かわいい顔して、堅実な性質である。
校舎の壁時計を見れば、八時ニ十分前。もうじき、一度目のチャイムが鳴るので、成己は早足になった。
「――ん?」
廊下のすみっこで、うろうろしている生徒を見つけ、成己は急ブレーキをかける。
その生徒は、おろおろと色んな教室を覗いては、出たり入ったりを繰り返している。成己は不思議に思い、近づいた。
「どうしたん?」
「……っ!」
肩をつつくと、はじかれたように振り返る。紅茶色の目が、ぎょっと見ひらかれていた。
成己は驚いた。クラスメイトで、格好いいと女子の間で評判になっていた生徒だったからだ。――たしか、名前は城山くん。
「だれかさがしてるん? ここ、二年のきょうしつやけど……」
「な……べ、べつに!」
成己が尋ねると、城山はぷいっと目を逸らす。
白い頬が真っ赤に染まっていたので、成己はびっくりした。……彼は知らないことだが、城山少年は絶賛迷子だった。幼馴染の蓑崎にあまりにからかわれ、「ついてこなくていい」と意地を張った結果、一年の教室がわからなくなったのだ。
(まさか、教室さえわからないなんて……城山のおんぞうしが言えるわけがない!)
新入生にはよくあることだが、人一倍羞恥心と自尊心の高い城山くんには、ひどい恥辱であった。それで、右往左往していたところ、成己が声をかけたわけなのだ。
そして成己は、真っ赤な顔で俯くクラスメイトに「迷子かな?」と見当をつけていた。
「ほな、一緒にきょうしつもどらへん?」
「……! なんで俺が」
「ぼく、ひとりできょうしつ入るの、さみしいし」
嘘である。成己はそんなことを気にしたことは無いので、これは城山くんへの大人の気づかいだった。
(えへへ。ひろにいちゃんのうけうり)
いつも優しい幼なじみを見習って、成己は得意である。
城山くんはまんまと術中にはまり、「仕方ねえな」と頷いた。
***
成己と城山少年が友誼を深めているころ――一方では。
「くそっ、遅かったか!」
無人の洗い場で、宏章は悔しげに膝を打つ。
一年の校舎を出たところで、彼は担任の百井先生に捕まってしまったのだ。教材を運ぶ手伝いを任じられ、粛々とそれを終えれば、次は委員会の先生に声をかけられてしまった。気が優しく力持ちの宏章は、こうして雑用を頼まれることが多い。
「じゃあ、もっかい教室に……」
執念で呟いた瞬間、ちょうど予鈴が鳴り響いた。
あと五分で朝の会である。宏章はがくりと肩を落とし、とぼとぼと教室に向かった。
(あー、ついてねえ……せめて、休み時間に会いに行けりゃいいけど……友達と遊んでるかもしんないしなぁ)
宏章は、休み時間などに成己を訪ねないようにしている。心配はしているが、成己の交友関係を狭めることはしたくないからだ。せっかく同じ校舎に居るのに切ないな、と肩を竦めた。
「うわぁ~! どないしょ晴海ぃ、門閉じてしもてるようっ」
「だ、大丈夫や! ランドセルぶんなげて、フェンスよじ登ったらええ!」
「無理やぁ! おれ、フェンス三十センチしか登れへんもん~!」
校門の前を行きがかると、賑やかな悲鳴が聞こえてきた。
見れば、同じ通学班のシゲルくんと晴海くんである。校門がすでに閉められていて、立ち往生しているようだ。
「よじ登るのは、やめとけー。先生呼んできてやるから!」
宏章は苦笑しつつ、近づいた。シゲルくんの顔を、手拭いで拭ってやっていた晴海くんが、ホッとした顔で振りかえる。
「おおっ、おおきに、宏章くん! よろしゅう頼んますわ。ほら、シゲルも」
「ありがとう、宏章くん!」
ずびっと鼻を啜り、シゲルくんも言う。
「いえいえ。体調は大丈夫か?」
「うん! もうへっちゃらやで」
さっき泣いたカラスがもう笑う。ニコニコしているシゲルくんを、晴海くんが優しい目で見つめていた。微笑ましい気持ちで宏章が駆け出すと、背後できゃっきゃとさわぐ声がする。
「晴海~! 宏章くん来てくれて良かったぁ!」
「良かったなシゲル~!」
ひし、と抱き合う二人が、視界の隅に映る。
(同級生っていいな……)
宏章は羨ましく思った。