なないろ小学校

「おはようございます」
「おはよう。今日もがんばってね」
 
 いつもの通学路を、宏章を先頭に歩いていく。道ゆくご近所さんには、礼儀正しく挨拶。いつでも班は、模範的な班として地域で名を馳せていた。
 
(本、読みてぇな〜)
 
 宏章は、さわやかな笑顔の下で、本の続きを気にしていた。小六にして、立派な活字中毒である。今朝は女子しかおらず、話す相手もいないので、尚更だ。
 
「ほら! Aくん、いつも一番早くにレッスン来てるじゃん? 朝、クソ弱い設定なのにさ。で、Bくんも早く来てて、特技は早起きでしょ? これ絶対、Bくんが起こしてあげてると思わないっ?」
「絶対それだよ! えっえっ、朝から会ってるのに、知らんぷりしてストレッチしてるってこと?! やっば〜」
「やばいよねー!」
 
 後ろからは、女子ふたりの楽しそうな会話が聞こえてくる。ふたりは、ある少年漫画が好きで、毎朝楽しそうに話している。
 その漫画は、宏章も友人に借りて読んでいるので、話題に入れないことはないのだが。
 
(はて……AとBってめちゃくちゃ仲悪かったような……?)
 
 少しばかり特殊な楽しみ方をしているらしいふたりに割り込むのは、野暮である。
 宏章は、頬を撫でる春の風や、住宅の花々に意識をうつした。
 
 
 学校が近づいてくると、他の通学班の姿も見えてきた。
 小柄だが、闊達な足取りの少年が「おーい」と手を振っている。
 
「おはよーさん、野江」
「おはよう、須々木すすき
 
 おれまほ班、班長の須々木である。校則違反の真っ青な髪が、春風にそよいでいる。小四のときのクラスメイトだが、班長のよしみで会えば話す仲である。
 近づくと、よく日焼けした小柄な少年と、その子の倍ほどありそうな大柄な少年が、「おはようございます!」と挨拶してくれる。それを皮切りに、小鳥の巣をつついたように賑やかな挨拶がさざめいた。
 おれまほ班は、とても明るい班として地域で名を馳せていた。
 宏章も、ほっこりしつつ挨拶を返す。
 
「今朝もお互い、ご苦労さんやなあ。って、あれ。お前んとこ、なんか少なない?」
「ああ、シゲルくんが体調不良らしくてなぁ……そっちは、ずい分多いな」
 
 もともと大所帯のおれまほ班だが、今朝はさらに列が長い。宏章がなにげなく指摘すると、須々木のアイドルのような顔が、羅刹のように変じた。
 
「そうやねん! 聞いてくれや、あけはな班の滝本たきもとが、ぼくにまくってきよってんで。今朝、ラインで「急用できたから俺の班頼むわ」てなあ。せめて、前日に言えっちゅーねん!」
「マジか……すまん」
 
 あけはな班の滝本と言うと、宏章の親友である。
 友人の不始末に、宏章は恐縮した。須々木は目を丸くし、からりと笑う。
 
「いやいや、野江に怒ってるんちゃうから」
「おう。けど、あいつには怒っとくわ」
「助かる〜!」
 
 けらけら笑う須々木に約束し、宏章は先を行くことにした。たくさんの班が固まって歩くと、一般人の通行の迷惑になってしまうのだ。
 日に焼けた子とでかい子が、「お疲れ様でーす」と声をかけてくれるのに、宏章も笑って手を振った。
 
「なあ、イノリ! 学校ついたら、サッカーしようぜ。ガッチャンたちも誘ってさ!」
「やろやろー。俺ぇ、トキちゃんと一緒のチームがいー」
「あったぼうよ! そういや俺、必殺シュートの開発したんだ! 今日、見せちゃるっ」
「すげー、楽しみー!」
 
 楽しそうな会話を背に、いつでも班は歩いた。
 
(しかし柳二りゅうじのやつ……いったい、何してんだぁ?)
 
 あけはな班の滝本柳二は、宏章と同じく、兄から譲り渡された班長職に、もんくたらたらではあった。しかし、何だかんだ責任感の強いやつなので、真面目にやっていたはずなのだが……
 宏章は、首を傾げた。
 
 
 ***
 
 
 教室に着くと、とうの柳二はすでに登校していた。机に腰かけ、女子に囲まれてお調子者ぶりを発揮していたので、宏章は頬を引きつらせる。
 リュックサックをロッカーにつっこみ、「おはよう」と声をかけると、女子がきゃあと黄色い声を上げた。
 
「おう、宏章」
「おうじゃねえよ。須々木くんが困ってたぞ」
「あ~」
 
 柳二は若干ばつの悪そうな顔になった。わしわしと長い黒髪をかき回す。
 
「悪かったと思ってるて! どーしても、外せへん用事やったでなぁ……お前んとこが近かったら、お前に頼めてんけど」
「俺だって困るわ! で、なんだったんだよ。トラブルでもあったか?」
「いや、それは……」
 
 柳二が視線を彷徨わせたとき、「柳二!」と鋭い声が教室に響き渡る。
 
「げえっ。歩ちゃんや」
「聞いたぞ、お前。通学班ほうりだしたって、六年生の自覚あるのか?」
 
 生真面目そうな生徒が、柳二に指を突きつける。彼は同級生の倉橋歩くらはし・あゆむだ。幼馴染の柳二のことを気にかけているようで、隣のクラスからよく叱りに来る。
 今朝の顛末を聞きつけ、早速やってきたようだ。
 
(まあ、それを口実に話したいんだろうな)
 
 歩の赤く染まった頬を見て、宏章は内心でごちる。
 しかし、素直じゃない兄姉を持つ宏章は感づいていたが、鈍感な柳二は気づかない。出会い頭に怒鳴られ、不満そうに口を尖らせた。
 
「やっかましいな〜。お前かて、班ほっぽらかして優雅にお車通学やんけ」
「なっ。俺は、ちゃんと学校に許可してもらってるし。それに母さんが心配するから……!」
 
 やいやい言い合う二人は、日常茶飯事なのでまわりも止めなかった。
 宏章もしかり。さっさと話すのを諦め、教室を出る。
 
 
 八時五分――朝の会は、まだ始まらない。
 三階の窓から校庭を見下ろすと、グラウンドにかけていく中学年達が見えた。中には、あの小さい子と大きい子もいる。
 
(成は、どうしてるかな)
 
 宏章は思い立つと、低学年の校舎へと足を向ける。彼の年下の幼なじみはとても良い子だが、おっとりしているので、馴染めているか心配だったのだ。
 校庭に出ると、校門が目に入る。親の送迎で登校する生徒達が、ぞくぞく登校していた。
 目を引く高級車が止まり、中から二人の生徒が下りてくる。
 
「ほら、はやく行くぞ。ママが恋しいからって、グズグズすんなよな?」
「なっ?! してねえし……!」
「どーだか。陽平ようへいちゃんは甘ったれだからなぁ」
 
 すらっとした少年が、一年と思しき子の手を引いて歩いている。共に容姿が秀でているため、注目を集めていた。
 
(あれは、蓑崎みのさきくんと城山しろやまくんか。今日も目立ってるな〜)
 
 ぶすっとした顔の城山くんを蓑崎くんが小突いているのを、見るともなしに眺め、宏章は低学年の校舎に入った。
 しかし、のぞき込んだ幼なじみのクラスには、お目当ての姿がない。顔なじみになった一年達に、成己のことを聞くと、
 
「春日くんなら、先生ときんぎょのおうちを洗いに行きましたっ」
 
 頬を赤らめた女生徒が、教えてくれる。宏章は、さっそく奉仕活動を行うとは成らしい、とときめいた。
 
「あの、これからいっしょにバレー……」
「ありがとう。また今度ね」
 
 宏章はさわやかに笑い、その場を去る。成己を探しに、水場に向かった。
 
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