夢はでっかくだぜ。

 聴取って言ってたから、風紀室に行くのかなと思ったんだけど。二見は、今回は「声かけ」で終わったから調書は要らないって言ってさ。

「てゆーか、聴取ってのも嘘。一回話して見たかっただけだよ」

 と、ぺろっと悪戯っぽく舌を出して、二見は去っていった。
 本当に食えないって言うか、マイペースだなあ。良い奴っぽいけど。




 六限の授業が終わった後、代田先生に片づけを頼まれた。
 例によって、鳶尾とふたりだ。
 すっげえ、気まずい。
 でも、こないだ断って帰ったら上級生に絡まれたし、ここは徳を積んでおくほかないぜ。
 ささっと終わらして帰ろう。
 で、プロジェクタをしまって、黒板を拭いて、花瓶の水を換えて。あとはモップをかけて終わり、って振り返ったら。

「あれ?」

 鳶尾が、箒を持ったままボウッと立っている。足の周りには、掃き集めたっぽい塵がわだかまってた。
 いつもテキパキしてる奴なのに、珍しい。
 ちょっと迷ったけど、結局ちりとり持って、近づいてみる。

「なあ。俺ちりとりやるから、掃いてくれよ」
「……」
「鳶尾?」

 顔の前でブンブン手を振ってみる。……こんなんして、嫌みの一つも飛んでこないとか、いよいよおかしいぞ。
 すると、ふいにグラッと鳶尾の体が傾いだ。

「うお!?」

 咄嗟に広げた腕の中に、鳶尾が倒れ込んでくる。けど、かなしいかな体格差のせいで、受け止めきれずにもろとも倒れ込んだ。

「いっだ!」

 思いっきりケツを打って、じんじんする。その上、思いっきり鳶尾が乗っかってて、身じろぎもできない。

「おーい、鳶尾! どうしたよ?」

 返事がない。
 マジ、なんなんだ? 肩をゆすぶると、頭がぐらんと傾ぐ。鳶尾の頬が、俺の米神にぶつかってきた。
 ヒヤッとする。……っていうか、やたら冷たい。

「え、大丈夫なん。おい、意識あるか? ちょっと!」

 なんとか鳶尾の下から這い出して、体を仰向けに横たえてやる。
 やっべえ。顔が真っ青を通り過ぎて、真っ白になってるじゃん。どうなってんの?
 冷たい頬をぺちぺち叩いてみても、反応ないし。

「だ、だれかー!」

 廊下に向かって、大声で呼ばってみたものの。誰か通りそうな気配もない。
 田野先生呼ぶにも、こいつ放置していけないし……。
 俺は、医務室までの距離を思い浮かべると。覚悟を決めて、鳶尾を背中に担いだ。




「いやぁ吉村くん、ご苦労様だったねえ。意識のない子って重いでしょ。でしょう? そこで座って休んでなさいね」
「あ、ありがとう、ございます……」

 俺は、ゼイゼイしながら丸椅子に座り込んだ。
 つ、疲れた。元運動部でも、自分よりデカい奴負ぶってくるのはきついわ。医務室が近くって、まだ良かったぜ。
 腰をトントンしながら、ベッドに目をやる。
 鳶尾が、シーツの上にぐったり横たわってた。その周りを、田野先生が忙しく動いて、面倒を見てる。

「先生。鳶尾、どうしたんすか?」
「んん? ――おそらく貧血だねえ。あと、過労気味かな。この子、ずいぶん無理してたんじゃないかな」
「はあ」

 貧血と過労。そういえば、鳶尾の奴、このところ大人しかった気がする。具合が悪かったのか。

「最近ね、すっごく多いんだよ。貧血ぽくなって、医務室くる子。今年は、決闘制限があるから、患者が減ると思ってたんだけどねぇ。いや、不摂生はいけないよ。どんなに忙しくても、よく食べてよく寝なくちゃね。ね?」
「そうっすね」

 せかせかと心配されて、神妙に頷いた。
 俺はともかく、イノリのことが心配になってくる。あいつ、忙しそうだけどメシ食ってるかなあ。

「吉村くん、この子と同じクラスなんだよね。葛城先生に言ってきてあげてくれる?」
「あ、わかりました」

 田野先生に言われて、立ち上がろうとした。けど、ツンと後ろに引っ張られて、怪訝に思って振り返って――目が真ん丸になった。
 鳶尾の布団からはみ出した手が、俺の服の裾を掴んでる。ちょ、なんで?

「おやおや」

 田野先生が俺の背をのぞき込んで、微笑ましそうな声を上げた。それから、えびす顔をますます和らげて、立ち上がる。

「やっぱり、僕が内線しときますよ。君は病人についててあげなさい」
「えっ、ちょ」

 俺の困惑をよそに、先生は得々と去って行く。遠ざかる丸い背中と、鳶尾の手を見比べて、仕方なく座りなおした。
 まじまじと、鳶尾の寝顔を眺める。
 ……険しい寝顔だな、おい。
 でもさ。偉そうにしてる奴でも、悩んだり疲れたりすんのかって思うと、ちょっと親しみがわくような。
 うっかり俺のシャツ掴むくらい、弱ってるみたいだし。
 ここはひとつ、人助けと思ってじっとしてるかぁ。
 そんな博愛の精神を発揮して、十数分後。

「はあ? お前何してんの。人の寝顔をのぞき込むなよ、気色悪い」

 目を覚ました鳶尾に、理不尽な罵倒をかまされるっていうね。
 この野郎、言いがかりにもほどがあるわ!
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