俺、知らなかったぜ。

「あんたのこと知ってる。桜沢のダチだろ?」
「あっ、はい」

 頷くと、会長は面白そうに目を細めた。

「桜沢から、あんたの話は聞いてるぜ」
「え、まじっすか」

 イノリのやつ、須々木先輩のみならず会長にまで何話してんの? もう、恥ずかしいな~。
 照れてれと頭を掻いていると、ふいに目の前に影が差す。
 気がつくと、思いのほか近くに会長が立っていた。

「うお」
「だから、あんたには興味があったんだ」

 会長はにやっと笑って、一歩近づいてきた。
 なんとなく、二歩後じさると、喉の奥でククッと笑われる。


「ビビんなよ。別に、とって食いやしねえから」
「いや、はは……」

 って、言いつつ近いんだよなぁ! なんか、南米のサッカー選手なみに、プレッシャーやべえんだけど!
 あっという間に、背中が壁に当たる。
 人差し指で、顎をついと持ち上げられた。

「ひえっ!?」
「し。黙ってな――」

 会長はおろつく俺に構わず、じっと目を覗きこんできた。
 真顔になると、イケメンがますます冴えかえり、怖いくらいだ。
 会長は、いったん目を伏せる。――もう一度開いたときには、真黒い目の奥が、きらきらと光り始めていた。
 黒色を、グアッと押しのけるみたいな、眩しい七色の光。

「……!」

 息を飲んだ。
 赤、青、金、褐色――そのほかの、いろんな色もぐるぐる混ざって、黒の中にちらちらと明滅してる。
 なんだこれ。色んな元素がめちゃめちゃに動いてる……?
 オーロラみてえ。不思議で、目を奪われる。
 じっと見てると、意識が吸い込まれそうだ……。
 
――いい子だ。そのまま、俺に心を開いてみな。

 ふいに、頭の中に直接声が響いてきた。
 ぐわん、と脳ミソが揺れる。
 頭がぼんやりして、「なんでもいいや」って感じになって。
 体の内側から、なにかが外に引っぱられていく。
 胸の奥がぬくい。まるで、魔力が動いてるみたいな。魔力ね、へえ……。

「はっ!?」

 一気に、我に返った。
 とっさに、頬の内側をぎゅっと噛む。痛え。――でも、目が覚めた。
 なんかよくわかんねえけど、負けちゃだめだ。
 イノリに悪い。――そんな気がする!
 ふんぬ、と意気込むと、頭ん中でキンッと音がした。目の奥で、パッと何か熱いものがはじける。 

「!」

 会長が、目を軽く見開くのが見えた。
 俺は、会長をきっと睨み返す。
 負けない。負けないぞ……! 頬の内側を噛みながら、睨み続けた。


「――なるほど。面白えじゃん」
「……っ!」

 しばらくして、会長の目の光がふっと消えた。もとの黒に戻る。
 俺は、「ぶはぁ」と息を吐いた。
 知らないうちに、息止めちゃってたらしい。ゲホゲホ噎せていると、ポンと背中を叩かれた。
 見上げると、会長がからっとした笑顔で立っている。

「悪かった。美味そうな奴がいると、ちょっかいかけずにいられねぇんだわ」
「ごほっ。う、うま?」

 何言ってんの、この人。もしや、けっこうヤバい人なんじゃ……。イケメンだとしても、駄目なもんは駄目なんだぜ!
 会長はにやにやしている。

「いやー惜しい。後輩の大事な奴じゃなきゃ、味見しちまうんだが」
「はぁ……」

 もうわからん。死んだ魚みたいにぼんやりしてたら、爆弾を落とされた。

「あの桜沢の溺愛する幼馴染、どんな奴かって気になってたが――」
「いや、溺愛て!」

 親友同士で、ハーレクインロマンスじゃあるまいし! ぎょっとして言い返すと、会長はきょとんと首を傾げた。

「違うか? あいつはあんたのことばっかりだ。だいたい、さっき大層な布団を積み上げたのもな、「黒」の生徒が襲われかけていたからだぜ」
「――えっ」

 思わず、目を見開く。

「あいつは、なんでも卒ない。その分、執心するものがわかりやすいよな。「黒」の生徒の危機に敏感なのは、あんたのことを気にしてるから。だろ?」
「そんな、イノリ……」

 会長は、俺の黒のネクタイを目で示した。
 あの温厚なイノリが、布団タワーを……。にわかに信じがたい話だ。
 けど、あいつがどれだけ優しい奴か知ってる。
 胸がぎゅっと苦しくなって、ネクタイをくしゃくしゃに握りしめる。
 俯く俺に、会長は言う。

「知っといてやれよ。あいつは、よっぽどあんたが好きなんだ。――あんたも、同じ気持ちだろう?」
「……!」

 ぼわ、と頬が熱くなる。

「そ、そりゃーー」

 好きにきまってる。
 そう言おうとして、「あれ」ってなる。
 なんでか胸が詰まって、「好き」って言葉が、喉につっかえる。かわりに、どんどん体が熱って、汗が出てくる。

「な、あれっ?」
 
 謎の現象に悪戦苦闘していると、会長はぶはっと噴き出した。

「あははは! こりゃ、桜沢も苦労するなぁ!」
「はぁ……?!」

 意味の解らん俺をよそに、会長は朗らかな笑い声をあげている。
 いやいや、「ハハハ」て! こっちは意味わかんないよ!
 しばらくして、会長は笑いを治めるとケロッとして言った。

「ああ、笑った。……そういや、もう昼休みか。引き留めて悪かったな」
「……いや、はい。失礼します」

 悪びれない笑顔を向けられて、脱力してしまう。
 もう、よくわかんねえし、なんか色々言いたい気がするけど。
 この人なんか怖いし、さっさと行こう。
 そそくさと教室を出る俺の背に、会長が言う。

「そうだ。――吸血鬼には気をつけろ。美味そうなやつには、俺以上に見境がねえ」

 「えっ」と思って、立ち止まる。
 なに、そのファンタジーなかんじ。

「それって、どういう――」

 俺は、振りかえる。
 すると、すでに会長はいなくなっていて。開け放された窓に、カーテンだけがはためいていたのだった。

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