俺、知らなかったぜ。
俺は、反射的にバッと立ち上がって頭を下げた。
「お邪魔してますっ」
「ああ、どうも。……真帆。来客って、吉村くんのことだったのか?」
白井さんは、手をつきだした「お座りなさい」のポーズで頷くと、二見を見た。二見は、胡坐をかいたままケロッとして言う。
「え、そうですよ?」
「お前……どうしても外せない時間外業務があるから、出てってくれって言わなかったか?」
「あっ」
俺はハッとした。
白井さんが二見の同室者ってことは、俺のために部屋を出てくれてたってことだよな。それ、ヤバいじゃん!
「あの――す」
「いや、遊んでたわけじゃないんですよ。吉村くん、盗難被害にあってまして。教科書もノートも全部なくなっちゃって、マジしんどいって言うんで相談に乗っていたんです。ねえ?」
俺を遮って、二見が理由をでっち上げた。いや、まったく嘘ではねえけど、俺がここに来たのはそのことじゃ――。
けど、強い眼力に押されて、おろおろと頷いた。白井さんは探るような目を俺に向けた後、ふうとため息を吐いた。
「なんだ、そうだったのか。――吉村くん、大丈夫か?」
「あ、はいっ」
慌てて頷くと、申し訳なさそうに言葉が継がれる。
「すまないんだが、風紀委員は十一時から見回りがあってな。俺と真帆は出なきゃならない」
「えっ! そうなんすか」
白井さんは、二見に向き直る。
「真帆、いくら何でもこんな時間に呼び出したら迷惑だろう。吉村くんの同室の先輩も、心配しているんじゃないか」
「いや、俺が二見に頼んだんですっ! それに、先輩たちも泊りに行ったりでいないから、平気っす」
「え。いいなあ、楽そう」
大慌ての俺をよそに、二見はのんびりと頬杖をついた。微妙に発言がスレスレで、俺の方がどぎまぎする。
白井さんは慣れっこなのか、肩をすくめただけだった。
結局、三人連れ立って部屋を出た。
俺の棟も見回りの対象ってことで、送ってもらって、ありがたいやら申し訳ねえやらだぜ。
「うう、さむさむっ」
電気を消して、ベッドにもぐりこんだ。
真っ暗の部屋に、俺の枕灯だけテカテカ光ってる。
さむい! やっぱ、でかい風呂行けばよかったかなー。布団をごそごそと鼻まで引き上げた。
部屋に一人しかいないからか、よけいに寒い気がする。ごろん、と寝返りを打って両足を抱え込んだ。
それにしても、すげぇ話を聞いちゃったなぁ、としみじみ思う。
俺の幼馴染がスゲェ奴だから、学園がてんやわんやして。
なんかよくわかんねえけど、四階から落ちたらしい俺。
そんで、よくしてくれる先輩が、命の恩人で……。
うーむ、スケールのでかい話だぜ。
覚えてねえぶん、「本当にあったことかしら?」って感じではあるよな。
けど、これが本当のことなんだよな。だとすると――。
「俺って、恵まれてんだなぁ……」
だってさ、そんなことがあったのに、俺はかなりハッピーなんだ。
それって、俺が知らない間に、たくさん支えられてたってことだよな。
胸の奥が、じんわりとあったかい。
先生や、先輩たち――誰より、イノリにお礼を言いてえな。
しだいにホカホカしてきた布団の中で、俺はうとうとと目を閉じた。
――昼休みの教室は、ざわざわしていた。
手つかずの菓子パンを手に持って、俺はきょろきょろと辺りを見回した。
「トキちゃん、おまたせー」
のんびりした声が、俺を呼ぶ。顔を上げると、イノリが歩み寄ってくるところだった。
そうだ、イノリは生徒会長に呼ばれてたんだっけ。
「おつかれー。大丈夫だったのか?」
「んー、あのねぇ……」
イノリが、会長に呼ばれた理由を話す。
怖いもん知らずの返答にはらはらしつつ、俺はイノリに菓子パンを手渡して、昼メシを食った。
ふいに、視線を感じて何の気なしに目を上げる。
イノリの肩越しに見える、教室のドア。そこに、じっと立って中を覗いてるやつが居る。
色が白くて、線が細くて、はかない感じの。
そのイメージに合わない、ねばつくような目でこっちを見ていた。
「お邪魔してますっ」
「ああ、どうも。……真帆。来客って、吉村くんのことだったのか?」
白井さんは、手をつきだした「お座りなさい」のポーズで頷くと、二見を見た。二見は、胡坐をかいたままケロッとして言う。
「え、そうですよ?」
「お前……どうしても外せない時間外業務があるから、出てってくれって言わなかったか?」
「あっ」
俺はハッとした。
白井さんが二見の同室者ってことは、俺のために部屋を出てくれてたってことだよな。それ、ヤバいじゃん!
「あの――す」
「いや、遊んでたわけじゃないんですよ。吉村くん、盗難被害にあってまして。教科書もノートも全部なくなっちゃって、マジしんどいって言うんで相談に乗っていたんです。ねえ?」
俺を遮って、二見が理由をでっち上げた。いや、まったく嘘ではねえけど、俺がここに来たのはそのことじゃ――。
けど、強い眼力に押されて、おろおろと頷いた。白井さんは探るような目を俺に向けた後、ふうとため息を吐いた。
「なんだ、そうだったのか。――吉村くん、大丈夫か?」
「あ、はいっ」
慌てて頷くと、申し訳なさそうに言葉が継がれる。
「すまないんだが、風紀委員は十一時から見回りがあってな。俺と真帆は出なきゃならない」
「えっ! そうなんすか」
白井さんは、二見に向き直る。
「真帆、いくら何でもこんな時間に呼び出したら迷惑だろう。吉村くんの同室の先輩も、心配しているんじゃないか」
「いや、俺が二見に頼んだんですっ! それに、先輩たちも泊りに行ったりでいないから、平気っす」
「え。いいなあ、楽そう」
大慌ての俺をよそに、二見はのんびりと頬杖をついた。微妙に発言がスレスレで、俺の方がどぎまぎする。
白井さんは慣れっこなのか、肩をすくめただけだった。
結局、三人連れ立って部屋を出た。
俺の棟も見回りの対象ってことで、送ってもらって、ありがたいやら申し訳ねえやらだぜ。
「うう、さむさむっ」
電気を消して、ベッドにもぐりこんだ。
真っ暗の部屋に、俺の枕灯だけテカテカ光ってる。
さむい! やっぱ、でかい風呂行けばよかったかなー。布団をごそごそと鼻まで引き上げた。
部屋に一人しかいないからか、よけいに寒い気がする。ごろん、と寝返りを打って両足を抱え込んだ。
それにしても、すげぇ話を聞いちゃったなぁ、としみじみ思う。
俺の幼馴染がスゲェ奴だから、学園がてんやわんやして。
なんかよくわかんねえけど、四階から落ちたらしい俺。
そんで、よくしてくれる先輩が、命の恩人で……。
うーむ、スケールのでかい話だぜ。
覚えてねえぶん、「本当にあったことかしら?」って感じではあるよな。
けど、これが本当のことなんだよな。だとすると――。
「俺って、恵まれてんだなぁ……」
だってさ、そんなことがあったのに、俺はかなりハッピーなんだ。
それって、俺が知らない間に、たくさん支えられてたってことだよな。
胸の奥が、じんわりとあったかい。
先生や、先輩たち――誰より、イノリにお礼を言いてえな。
しだいにホカホカしてきた布団の中で、俺はうとうとと目を閉じた。
――昼休みの教室は、ざわざわしていた。
手つかずの菓子パンを手に持って、俺はきょろきょろと辺りを見回した。
「トキちゃん、おまたせー」
のんびりした声が、俺を呼ぶ。顔を上げると、イノリが歩み寄ってくるところだった。
そうだ、イノリは生徒会長に呼ばれてたんだっけ。
「おつかれー。大丈夫だったのか?」
「んー、あのねぇ……」
イノリが、会長に呼ばれた理由を話す。
怖いもん知らずの返答にはらはらしつつ、俺はイノリに菓子パンを手渡して、昼メシを食った。
ふいに、視線を感じて何の気なしに目を上げる。
イノリの肩越しに見える、教室のドア。そこに、じっと立って中を覗いてるやつが居る。
色が白くて、線が細くて、はかない感じの。
そのイメージに合わない、ねばつくような目でこっちを見ていた。