あなたに出逢わなければ〈April.1 Another story〉

**(本文サンプル)
 
 
「今井は、やってないですよ」
「え……」

 おれは、息を飲んだ。前の席で、急に立ち上がった有村の学生服が、壁のように広がってて。

「なんだ、有村」

 ゴリラ先生が、どすの利いた声で言う。おれは、酷くしゃくりあげそうになって、必死に口を押さえた。

 ――さっき、泣いて済む思うなて怒られたばっかで……でかい声だしたら殺されそうやもん。

 ほしたら、ゴリラ先生の視線を遮るよう、有村が体の向きを変えた。

「言葉の通りです。俺は、今井と一緒に裏庭の掃除しとったんで。こいつが教室の窓割れるわけないて、証言できます」
「……」

 有村は、過剰にいきがるでもなく、ただただ凛としてた。ゴリラ先生は顔を真っ赤にし、おれを睨みつける。けど、優等生の有村が証言してくれたおかげで、教室のあちこちで、「そういえば……」て声が上がり始めてた。

「……じゃあ、この件はまた調べ直しだ。今日は全員、居残りだからな!」

 クラスの風向きが変わったことを察し、ゴリラ先生は早口に怒鳴ると、教室を出て行った。

「あ……」

 ざわざわする教室のなか――おれは、信じられへん思いで、椅子にへたりこんどった。

「なんや、ゴリ先。謝らんのかいな」

 有村が、ぷんぷん怒った様子で拳を握った。正義感に満ちた、真っ黒い目が振り返って、どきっとした。

「大丈夫か、今井? しんどかったやろ」
「……ううん! ありがとう、有村。おれ、なんて言ったらええか……」

 安心したら、ぽろぽろ涙が溢れてきた。

「おれ、信じてもらえたん、初めてや。ほんまにありがとう……!」

 鼻を啜って笑う。きちゃない笑顔に驚いたんか、有村も笑う。

「なんや、大げさなやっちゃな。こんなん当たり前や」

 夏の空のように爽快な笑みに、おれは胸がズキン! て痛くなった。


 ***(サンプル2)


「どないしたんや」

 有村が、不思議そうにおれの顔を覗き込む。おれは、泣き腫らした顔を見られたなくて、ふいと顔を背けた。

「な、なんもない。大丈夫やから」
「大丈夫やったら、こっち見い。ほれ」
「あっ!」

 呆れ声で言われ、強引に振り向かされてまう。しかも、両手でほっぺをつぶされて、不細工なってるやん!

「うわ、やめぇや!」
「ほな、なんで泣いてるんか言うか?」
「それは……」

 そんなん言えるわけない。有村が、可愛い先輩と一緒にいて、嫉妬したやなんて。

――おれ、恋人でもなんでもないし。なんやったら、友達でも端っこのほうやし……

 あかん。自分で考えて、気分どん底になってきた。また、しくしくと泣き出してしまう。

「おいおい……ほんまにどしたんや? 泣いてばっかじゃわからへんて」

 困り果ててる有村に、胸がガタピシなる。だって、好きなんて言えへんもん。
 自分でも、面倒くさいのわかるけど。好きやから、止まらへんのやもん。

「うう、ほっといてやー!」

 離してほしくて、腕をぶんぶん振り回す。有村は、「うおっ」と声を上げた。

「ちょっ! こら、危ないやろ?」
「離して~!」

 腕をぶん回すおれと、離さへん有村で取っ組み合いになる。

「痛だだ!……うおっ?!」
「わあっ!」

 バランスを崩したおれらは、床に倒れ込んだ。

「……!!」

 息を飲んだのは、どっちやったか。
……唇に、やわらかい感触。ぼやけるほど間近に、有村の黒い瞳があった。

――うそ。事故チューしてしもた……!

 全身が火柱になったかと思った瞬間、

「うおっ!」

 溶岩みたいに赤くなった有村が、飛びのいた。

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