あなたに出逢わなければ〈April.1 Another story〉

**(本文サンプル)



「あの……」

 人生、わからんことってあるもんだぜ。
 サラリーマンだと思ってた親が魔法使いで、俺も魔法使いとかで。魔法学園なんつーとこに来ることになったのも、そのひとつだな。

 ――そのわりに、朝起きたら身長百八十になってるなんつー夢は叶わんわけだが。
 
 まあ、それはいいんだ。問題はな――

「……動かないで」
「どういう状況、これ?!」

 その魔法学園の、校庭をダッシュしてたらな。百八十センチ級の、でけぇイケメンに鯖折り食らってるってことなんだ。

「……」
「ぐおおおっ、痛だだーっす!」

 身じろいだとたん、締付けがキツくなり、俺は悶絶した。生搾りジュースてこんな気分じゃねえか? 俺は、自分抱きかかえてる男の背を、ばんと叩いた。

「痛えって! なによ、さっきから?」
「……わかんねぇ」
「はい?! 人のハラワタを絞ろうとして、お前! そうは問屋が……」

 盛大に文句を言おうとして、俺は黙った。
 ミキサー男が、顔を上げたのよ。そしたら、俺の頭頂部に埋まってた、ギリシャの彫刻みてーなイケメンが露わになってさ。

「うお」

 俺は、思わずビビった。だってそいつは、俺のような転校生でも知っている……超有名な生徒だったからさ。

 ――俺と同じ一年で、生徒会庶務の桜沢祈。

 バケモン低気圧とか呼ばれてて、めちゃくちゃ強いのなんの、って生徒らしいんだが。
 俺がビビってんのには、さらにわけがある。

「おま、なんで泣いてんの?」

 桜沢の白い頬には、涙がツゥー……と伝っていたのだ!
 やつは頬を拭いもせず、俺のブレザーを握りしめる。

「わかんねぇし……でも、あんたの顔見てると……」
 

 ***(サンプル2)


「なあ、桜沢……」
「なに?」

 胡乱な気持で声をかけると、桜沢はぼんやりと呟く。

「なにじゃねーって。お前、なんでいっつも、俺の膝で寝ようとする?!」

 ズビシ、と形のいい頭にチョップしてやると、桜沢は「いて」と声を上げた。

「なんでって……寝たいからー」
「俺様かっ」

 俺に構わず、桜沢はもそもそと、横向きから仰向けに姿勢を変えている。マイペースなやつだ。

「なあ桜沢、俺はなんでここに……」
「……」
「えっ、寝てる? おーい、桜沢!」

 肩を揺すっても、イケメンの目は閉じたまま。すよすよと寝息まで聞こえてくる。

「んだよ~、もう。マジ読めねえ奴だな」

 姿勢変えたから、普通にお喋りすると思っただろうが。俺は、がっくり肩を落とした。
――桜沢の根城とかいう空き教室に、呼ばれるようになって数日。わけのわかんねえまま、枕になっているのが定番になりつつある。

「ダチになりてえと思ってんのは俺だけかね?」

 鞄からノリ弁を取り出して、割り箸を割る。今日も、結局一人でメシか。まあいい。
 一人で食っても美味いのがノリ弁だぜ。

「いっただきまーす」

 身動き出来ねえで食うメシも、慣れたもんだ。白身フライにかじりつこうと、大口を開けた。

「ねえ」
「うおおお!?」

 突如、カッと目を開けた桜沢と目が合って、心臓がバウンドした。

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