君にあげたかったもの。
バスが山道を登っていく。
車窓に頭をもたせかけて、僕は景色を眺めていた。
ずうっと同じ景色。ガードレールの欠けた急斜面。緑の葉を揺らす木々が、代わりのように道路を囲ってるのが見える。
とっても狭い道だ。
その上、くねっていて、カーブのたびに木にぶつかっていきそうだ。
「……うえっぷ」
僕は、口をおさえてえづく。
酔っちゃった。
実家から電車で二時間。それから麓の町でバスに乗り換えて、もう四十分揺られている。緊張と不安で、僕の頭は限界にくらくらしていた。
――こんな山奥に、どうして学校をぉ……?!
僕は、目的地に思いを馳せる。
『私立比良坂 学園』
明後日から、僕が通う学校の名前。
全寮制の男子校で、大学も付属してる、ちょっとお得な学校で。制服だってかっこいいし、部活も頑張ってるらしい。
なのに、進学先として人気がないのは、きっとこの立地のせいにちがいない。
見渡すかぎりの、緑みどりみどり。あぁ。
山に食べられちゃいそう、なんて思っていると――
「青葉 」
とつぜん、目の前が暗くなった。
後ろから伸びてきた手が、両目を覆っている。パチパチと目を瞬くと、くすりと笑い声が聞こえた。
「そんなに外ばっかり見てたら、酔うで?」
低く、やわらかい声が頭頂部に触れた。僕は、ホッと息を吐き、手の主に呼びかけた。
「桜志 」
僕の幼なじみだ。隣の席に座っている。安心したら、ますます気持ち悪くなって、血の気が引いた。
「もう、酔っぢゃった……吐きそう」
「は!?」
桜志の声が、驚いたように跳ねる。
「もう、言わんこっちゃない。動かさん方がええの?」
「うーん。でも、首が動いたら……うっぷ」
「ああ、ちょっと待ち。――よいしょ」
太い腕に抱きかかえられ、シートにゆったりと着陸する。僕の面倒を見慣れている桜志の、見事な手腕だ。ぐるぐるする胃を擦りつつ、僕はそろそろと目を開けた。
「大丈夫かぁ?」
桜志が、僕を覗き込んでいる。
日に焼けた肌に、弓型のはっきりした眉。大きなたれ気味の目は、長い睫毛がけぶるみたい。高い鼻に、厚めの唇。
それら全部が綺麗に収まった輪郭に、ウェーブのかかった黒髪が落ちかかっている。
僕の幼なじみの、見飽きない顔だった。
「ありがと……」
緑以外を見て、ちょっと嬉しくなる。唇を綻ばせると、桜志も少し笑う。
「まったく、アホやなあ。あとちょっとで着くから、もうちょっと寝とり」
呆れているようで、やわらかい口ぶりで言う。ぼくは、「はあい」と頷く。いつもの習慣で、ほんのちょっと桜志の肩に凭れて、目を閉じた。
桜志は苦笑する。
「ほんまに、世話が焼けるなあ。青葉は」
「……」
優しい声を聴きながら、僕も「まったくそう」と思った。
僕は世話が焼ける。
こんなところまで、桜志を巻き添えにしてしまったほどに。
*
僕は弱い。
腕っぷしが、とかそういう問題でなくて、いわゆるキョジャクなのだ。
太陽を浴びれば、目がまわる。
食べれば胸やけし、ちょっと動いたら寝込んでしまう。
お父さんいわく、貧血で、神経質だから、よく熱が出るんだって。
『青ちゃんは、病気ってわけでもないのに、なんでこうも弱いのかねえ?』
と不思議そうに言われるたび、僕はちょっと恥ずかしくて、ばつが悪くなる。サボってるみたいだなあって、自分でも思うんだもの。
小学校の頃なんか、風が吹いても寝込む有様で、休みがちだった。
そんな僕と友だちでいてくれたのは、幼なじみの桜志だけだった。親同士が仲良しで隣に住んでいる縁か、昔からよく気にかけてくれたのだ。
『青葉、調子どうや?』
桜志は、ランドセルを背負ったまま僕の家にやってきて、枕元で色々お話してくれた。少し調子がいい日は勉強を見てくれたり、一緒にゲームもしてくれた。とろくて、熱でウトウトしてるだけの僕といても、たいして楽しいと思えないのに。
『青葉、明日も来るからな』
つまり、桜志は本当に優しい人なのだ。
だから僕は、当たり前みたいに桜志が大好きになったし、一緒にいたかった。
一緒に学校に行きたくて、嫌いなレバーも食べたし、お父さんと河川敷を走ったりもした。
そのおかげか、ちょっとずつ健康になって、学校にも行けるようになったんだ。
『青葉、良かったなあ』
桜志も喜んでくれてね。僕も、一緒にいられるのが嬉しかった。桜志と一緒に登校して、クラスは違ったけど、一緒にごはん食べて……。寝込めば、かわらず桜志はお見舞いにきてくれた。
『ありがとう、桜志!』
そんな具合に、順風満帆に思われた僕の学校生活なのだけど……桜志のいないところでは、あんまり振るっていなかった。
クラスでのあだなは、「もやし」と「幽霊」だったし、友達はいなかった。というか、ちょっと嫌われていた。
『学校来るな、桜志君のお荷物!』
冴えない僕が、桜志にまとわりついてるのが気に入らないとのことだった。
村八分ならぬ、クラス八分。
参ったなあ、って思ってたんだけど、桜志にバレてからがもっと困ったことになった。
『気づいてやれんくてすまんかった』
そう言って、男泣きに泣いた桜志は、クラスメイト達を徹底糾弾し、それを諫めた彼の友人達とも絶縁してしまった。
お父さんは、「情けないゾ」と僕に活をいれるくらいだったのに。
優しい桜志は、友達が嫌がらせをうけたことに、ひどく傷ついたのかもしれない。
『これからは、俺がお前を守る』
と、ますます過保護になった。
ついには、先生たちが止めるのも聞かず、第一志望の難関校を蹴り、僕の進学先についてきてしまったのだ。
エライことになった――。
その思いは、お父さんが僕の根性を鍛え直すため、と勧めてくれた学校に向かう今も、どんどん大きくなっている。
だって、桜志が。
このカッコいい幼なじみを、こんな山奥に連れてくるほどの価値が、僕にあるのだろうか?
「青葉、ついたで」
ぷに、と頬を突かれて、思考が途切れた。
「……うう」
桜志の肩に凭れたまま、のろのろと目を開ける。桜志が綺麗な顔で笑っていた。黒い瞳が、車内の電灯を反射して、きらきらしてる。
その目に映る、痩せっぽちの男の子の顔をじっと見て、僕は恥ずかしくなった。
車窓に頭をもたせかけて、僕は景色を眺めていた。
ずうっと同じ景色。ガードレールの欠けた急斜面。緑の葉を揺らす木々が、代わりのように道路を囲ってるのが見える。
とっても狭い道だ。
その上、くねっていて、カーブのたびに木にぶつかっていきそうだ。
「……うえっぷ」
僕は、口をおさえてえづく。
酔っちゃった。
実家から電車で二時間。それから麓の町でバスに乗り換えて、もう四十分揺られている。緊張と不安で、僕の頭は限界にくらくらしていた。
――こんな山奥に、どうして学校をぉ……?!
僕は、目的地に思いを馳せる。
『私立
明後日から、僕が通う学校の名前。
全寮制の男子校で、大学も付属してる、ちょっとお得な学校で。制服だってかっこいいし、部活も頑張ってるらしい。
なのに、進学先として人気がないのは、きっとこの立地のせいにちがいない。
見渡すかぎりの、緑みどりみどり。あぁ。
山に食べられちゃいそう、なんて思っていると――
「
とつぜん、目の前が暗くなった。
後ろから伸びてきた手が、両目を覆っている。パチパチと目を瞬くと、くすりと笑い声が聞こえた。
「そんなに外ばっかり見てたら、酔うで?」
低く、やわらかい声が頭頂部に触れた。僕は、ホッと息を吐き、手の主に呼びかけた。
「
僕の幼なじみだ。隣の席に座っている。安心したら、ますます気持ち悪くなって、血の気が引いた。
「もう、酔っぢゃった……吐きそう」
「は!?」
桜志の声が、驚いたように跳ねる。
「もう、言わんこっちゃない。動かさん方がええの?」
「うーん。でも、首が動いたら……うっぷ」
「ああ、ちょっと待ち。――よいしょ」
太い腕に抱きかかえられ、シートにゆったりと着陸する。僕の面倒を見慣れている桜志の、見事な手腕だ。ぐるぐるする胃を擦りつつ、僕はそろそろと目を開けた。
「大丈夫かぁ?」
桜志が、僕を覗き込んでいる。
日に焼けた肌に、弓型のはっきりした眉。大きなたれ気味の目は、長い睫毛がけぶるみたい。高い鼻に、厚めの唇。
それら全部が綺麗に収まった輪郭に、ウェーブのかかった黒髪が落ちかかっている。
僕の幼なじみの、見飽きない顔だった。
「ありがと……」
緑以外を見て、ちょっと嬉しくなる。唇を綻ばせると、桜志も少し笑う。
「まったく、アホやなあ。あとちょっとで着くから、もうちょっと寝とり」
呆れているようで、やわらかい口ぶりで言う。ぼくは、「はあい」と頷く。いつもの習慣で、ほんのちょっと桜志の肩に凭れて、目を閉じた。
桜志は苦笑する。
「ほんまに、世話が焼けるなあ。青葉は」
「……」
優しい声を聴きながら、僕も「まったくそう」と思った。
僕は世話が焼ける。
こんなところまで、桜志を巻き添えにしてしまったほどに。
*
僕は弱い。
腕っぷしが、とかそういう問題でなくて、いわゆるキョジャクなのだ。
太陽を浴びれば、目がまわる。
食べれば胸やけし、ちょっと動いたら寝込んでしまう。
お父さんいわく、貧血で、神経質だから、よく熱が出るんだって。
『青ちゃんは、病気ってわけでもないのに、なんでこうも弱いのかねえ?』
と不思議そうに言われるたび、僕はちょっと恥ずかしくて、ばつが悪くなる。サボってるみたいだなあって、自分でも思うんだもの。
小学校の頃なんか、風が吹いても寝込む有様で、休みがちだった。
そんな僕と友だちでいてくれたのは、幼なじみの桜志だけだった。親同士が仲良しで隣に住んでいる縁か、昔からよく気にかけてくれたのだ。
『青葉、調子どうや?』
桜志は、ランドセルを背負ったまま僕の家にやってきて、枕元で色々お話してくれた。少し調子がいい日は勉強を見てくれたり、一緒にゲームもしてくれた。とろくて、熱でウトウトしてるだけの僕といても、たいして楽しいと思えないのに。
『青葉、明日も来るからな』
つまり、桜志は本当に優しい人なのだ。
だから僕は、当たり前みたいに桜志が大好きになったし、一緒にいたかった。
一緒に学校に行きたくて、嫌いなレバーも食べたし、お父さんと河川敷を走ったりもした。
そのおかげか、ちょっとずつ健康になって、学校にも行けるようになったんだ。
『青葉、良かったなあ』
桜志も喜んでくれてね。僕も、一緒にいられるのが嬉しかった。桜志と一緒に登校して、クラスは違ったけど、一緒にごはん食べて……。寝込めば、かわらず桜志はお見舞いにきてくれた。
『ありがとう、桜志!』
そんな具合に、順風満帆に思われた僕の学校生活なのだけど……桜志のいないところでは、あんまり振るっていなかった。
クラスでのあだなは、「もやし」と「幽霊」だったし、友達はいなかった。というか、ちょっと嫌われていた。
『学校来るな、桜志君のお荷物!』
冴えない僕が、桜志にまとわりついてるのが気に入らないとのことだった。
村八分ならぬ、クラス八分。
参ったなあ、って思ってたんだけど、桜志にバレてからがもっと困ったことになった。
『気づいてやれんくてすまんかった』
そう言って、男泣きに泣いた桜志は、クラスメイト達を徹底糾弾し、それを諫めた彼の友人達とも絶縁してしまった。
お父さんは、「情けないゾ」と僕に活をいれるくらいだったのに。
優しい桜志は、友達が嫌がらせをうけたことに、ひどく傷ついたのかもしれない。
『これからは、俺がお前を守る』
と、ますます過保護になった。
ついには、先生たちが止めるのも聞かず、第一志望の難関校を蹴り、僕の進学先についてきてしまったのだ。
エライことになった――。
その思いは、お父さんが僕の根性を鍛え直すため、と勧めてくれた学校に向かう今も、どんどん大きくなっている。
だって、桜志が。
このカッコいい幼なじみを、こんな山奥に連れてくるほどの価値が、僕にあるのだろうか?
「青葉、ついたで」
ぷに、と頬を突かれて、思考が途切れた。
「……うう」
桜志の肩に凭れたまま、のろのろと目を開ける。桜志が綺麗な顔で笑っていた。黒い瞳が、車内の電灯を反射して、きらきらしてる。
その目に映る、痩せっぽちの男の子の顔をじっと見て、僕は恥ずかしくなった。
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