お前なんか好きじゃない。
おれは、一心不乱に走った。
とにかく、蓮条から離れたくて。ざわつく人垣を抜け、脇目もふらず、逃げ続ける。
そのせいか、前方への注意がおろそかになっていた。
――ドンッ!
曲がり角で、人が来ているのに気づかず、正面からぶつかってしまう。
「ごめ……」
たたらを踏んだおれは、謝ろうと顔を上げ――固まった。
「……西浦?」
「……佐賀」
最悪だ。
ぶつかったのは、佐賀だったらしい。不機嫌そうな顔に怪訝の色を乗せて、おれを眺めている。
「なんだよ、血相変えて」
「……なんでもない」
おれは、ふいと顔を背ける。
きっと、動揺で酷い顔をしているはずだ。よりにもよって、こいつに見られるなんて……
佐賀が、不機嫌に一歩踏み出してきた――そのとき。
――瑛君……!
おれを探す蓮条の声と、慌ただしい足音が近づいて来て、我に返る。
「……ごめん!」
「はあ? お前――」
佐賀の横をすり抜けて、おれは逃げた。
念のため、校舎とは逆方向に進行方向を取って。グラウンドをすり抜けて、温室よりももっと遠く、大講堂の裏に来るまで、一度も足をゆるめずに。
「はぁ……はぁ……」
石の壁に手をついて、荒い息を吐く。
辺りは、しんと静まり返って、人の気配はない。秋風が、さらさらと葉擦れをおこす音だけが、かすかに聞こえる。
どうやら、ちゃんと巻けたらしい。おれは、ほっと安堵の息を吐いて……
「……はは」
ばからしくて、自嘲の笑いが漏れた。
一体、おれは何やってるんだろう。
必死になって、友達も置き去りにして。こんなところまで、逃げてくるなんてさ。
「もう、あいつとおれは、関係ないって思ってたのに」
それが――こんなに動揺している。
なんで、決闘なんて見に行ったんだろう。
とことん、自分が惨めになるってわかってたじゃないか……。
「……蓮条」
必死に追いかけて来た、蓮条の声を思い出す。
でも、お前は――魔法を使えば、おれなんかすぐに捕まえられるだろうに。
――私は、出来る限り魔法を使いたくないのです。力ではなく、心で人に向き合いたいですから……
そうだな。
きっとお前は、まっすぐで――誠実なんだよな。
おれは、お前のそういうところが好きで――大嫌いだった。
落ち着くのに、時間が必要だった。
ようやく冷静になって、教室に戻った頃には昼になっていた。
すぐに気づいた真北が、駆け寄ってくる。
「どーしたんだよ、西浦! 急に走り出したから、心配したんだぜぇ?!」
「ごめん、真北。ちょっと疲れちゃって……」
「疲れて、あの猛ダッシュかよ?!」
謝りながら、席に戻ると、田中がノートとプリントを渡してくれる。
「葛城先生が、今日の分の課題だってよ。先生たちには、腹の具合悪くなったつっといたからな」
「田中……悪い」
「いいってことよ!」
田中はウインクすると、くるんと前を向いた。引き出しからポテチを取り出して、のんびりと食べ始める。
まるい背中に、おれは無言で感謝を告げる。
蓮条が近づいてきたとき――田中はおれを振り返った。わかってるのに、何も聞かないでいてくれることが、有難かった。
真北が、机のヘリに掴まって見上げてくる。
「西浦、マジで大丈夫なん?」
「うん、ごめん」
「……まあ、西浦がいいならいいんだけどさ」
そう言って、真北はにまっと笑った。けっこう心配をかけていたらしい。
「ありがとう、真北」
「えへへ……なー西浦、数学の課題一緒にやってくんね? 葛城の奴、俺だけ倍出しやがったんだよ」
「お前が宿題忘れるからだろーがー」
「田中に言ってないってのっ」
目の前でわいわい言い合う二人を見ていたら、気持ちがリカバリーされてくる。
蓮条が遠くなって、日常が戻ってくる感覚。
――やっぱり、おれの居場所はここだ。
二人とお揃いの白いネクタイを抑えて、静かに息を吐いた。
「まあまあ……じゃあまた、一緒にやろうよ」
「やった! 助かったー」
「なら、メシ食ったらさっそくやるかあ?」
真北がいそいそと弁当を取りに行く。
肩を竦めた田中が、「やれやれ」って感じで笑いかけてくる。
おれも、笑い返した。
とにかく、蓮条から離れたくて。ざわつく人垣を抜け、脇目もふらず、逃げ続ける。
そのせいか、前方への注意がおろそかになっていた。
――ドンッ!
曲がり角で、人が来ているのに気づかず、正面からぶつかってしまう。
「ごめ……」
たたらを踏んだおれは、謝ろうと顔を上げ――固まった。
「……西浦?」
「……佐賀」
最悪だ。
ぶつかったのは、佐賀だったらしい。不機嫌そうな顔に怪訝の色を乗せて、おれを眺めている。
「なんだよ、血相変えて」
「……なんでもない」
おれは、ふいと顔を背ける。
きっと、動揺で酷い顔をしているはずだ。よりにもよって、こいつに見られるなんて……
佐賀が、不機嫌に一歩踏み出してきた――そのとき。
――瑛君……!
おれを探す蓮条の声と、慌ただしい足音が近づいて来て、我に返る。
「……ごめん!」
「はあ? お前――」
佐賀の横をすり抜けて、おれは逃げた。
念のため、校舎とは逆方向に進行方向を取って。グラウンドをすり抜けて、温室よりももっと遠く、大講堂の裏に来るまで、一度も足をゆるめずに。
「はぁ……はぁ……」
石の壁に手をついて、荒い息を吐く。
辺りは、しんと静まり返って、人の気配はない。秋風が、さらさらと葉擦れをおこす音だけが、かすかに聞こえる。
どうやら、ちゃんと巻けたらしい。おれは、ほっと安堵の息を吐いて……
「……はは」
ばからしくて、自嘲の笑いが漏れた。
一体、おれは何やってるんだろう。
必死になって、友達も置き去りにして。こんなところまで、逃げてくるなんてさ。
「もう、あいつとおれは、関係ないって思ってたのに」
それが――こんなに動揺している。
なんで、決闘なんて見に行ったんだろう。
とことん、自分が惨めになるってわかってたじゃないか……。
「……蓮条」
必死に追いかけて来た、蓮条の声を思い出す。
でも、お前は――魔法を使えば、おれなんかすぐに捕まえられるだろうに。
――私は、出来る限り魔法を使いたくないのです。力ではなく、心で人に向き合いたいですから……
そうだな。
きっとお前は、まっすぐで――誠実なんだよな。
おれは、お前のそういうところが好きで――大嫌いだった。
落ち着くのに、時間が必要だった。
ようやく冷静になって、教室に戻った頃には昼になっていた。
すぐに気づいた真北が、駆け寄ってくる。
「どーしたんだよ、西浦! 急に走り出したから、心配したんだぜぇ?!」
「ごめん、真北。ちょっと疲れちゃって……」
「疲れて、あの猛ダッシュかよ?!」
謝りながら、席に戻ると、田中がノートとプリントを渡してくれる。
「葛城先生が、今日の分の課題だってよ。先生たちには、腹の具合悪くなったつっといたからな」
「田中……悪い」
「いいってことよ!」
田中はウインクすると、くるんと前を向いた。引き出しからポテチを取り出して、のんびりと食べ始める。
まるい背中に、おれは無言で感謝を告げる。
蓮条が近づいてきたとき――田中はおれを振り返った。わかってるのに、何も聞かないでいてくれることが、有難かった。
真北が、机のヘリに掴まって見上げてくる。
「西浦、マジで大丈夫なん?」
「うん、ごめん」
「……まあ、西浦がいいならいいんだけどさ」
そう言って、真北はにまっと笑った。けっこう心配をかけていたらしい。
「ありがとう、真北」
「えへへ……なー西浦、数学の課題一緒にやってくんね? 葛城の奴、俺だけ倍出しやがったんだよ」
「お前が宿題忘れるからだろーがー」
「田中に言ってないってのっ」
目の前でわいわい言い合う二人を見ていたら、気持ちがリカバリーされてくる。
蓮条が遠くなって、日常が戻ってくる感覚。
――やっぱり、おれの居場所はここだ。
二人とお揃いの白いネクタイを抑えて、静かに息を吐いた。
「まあまあ……じゃあまた、一緒にやろうよ」
「やった! 助かったー」
「なら、メシ食ったらさっそくやるかあ?」
真北がいそいそと弁当を取りに行く。
肩を竦めた田中が、「やれやれ」って感じで笑いかけてくる。
おれも、笑い返した。