お前なんか好きじゃない。
校庭がにわかに騒がしくなって、おれはそっちを振り向いた。
すると――桜沢くんが、歩いてくるところだった。
亜麻色の髪が風に揺れるたび、あちこちで押し殺すような悲鳴が上がる。
「わあ、桜沢くんだ!」
「相変わらず、「寄らば斬る」って感じだなー」
周囲の生徒が、ひそひそと囁き合う。
桜沢くんを見る目は、「憧憬」と「畏怖」が半々だった。
桜沢くんは――あれから、生徒会の藤川さんを打ち負かし、生徒会入りを果たした。
そして、群れ居る挑戦者たちを、ばたばたとなぎ倒している。次第に、桜沢くんの強さは「本物」だと周知され、最近は挑むものも減っているらしい。
情け容赦のない強さと――生徒会の生徒以外とつるまないことで、彼は孤高の存在になり始めている。
……と。
桜沢くんが、おれの横を通り過ぎる。
「……」
勿論、視線も合わない。
それでいいと思う。
あれほど興味がなさそうだった「権力」を手に入れ、彼が何をしたいのか――少しずつ、わかってきたから。
「――イノリ!」
そのとき、澄んだ大きい声が、あたりに響き渡る。
吉村くんが、どよつく生徒達の間をかき分けて、こっちに走ってきた。
「待ってくれ、イノリ! 話をきいてくれよ!」
必死な顔で、吉村くんが追いすがる。
けれど、桜沢くんは足を止めない。一度も振り返ることもせず、生徒の波のなかに姿を消してしまった。
一連の流れを見ていた周りの生徒達が、低く笑い声を漏らす。
「なんだ、あの黒。まだ、桜沢につきまとってんの?」
「とっくに飽きられてんのにな。馬鹿だから、わかんないんじゃね」
嫌なことをいう奴らだよ。
聞いていられなくて、おれは肩で息をする吉村くんに駆け寄った。
「大丈夫? 吉村くん」
「うすっ、西浦先輩。……はー、また逃げられたっ」
吉村くんは勢いよく顔を上げると、シュシュシュ、と空中にパンチを打つ。
「でも、つぎこそは、ちゃんと話して見せるっす!」
「うん。応援してる」
「ありがとうございますっ」
そう言って、小さい顔一杯に笑顔を浮かべた。
あの後――退院した吉村くんは、おれ達の部屋に戻ってきて、学園生活を再開した。
記憶の失った分の学習の遅れを、本人に気づかせないよう、葛城先生が組んだ補習に参加したり。忙しい日々を過ごしている。
桜沢くんのことは、どうなったかと言うと……さっきの通り、諦めないことにしたみたい。
「赤ん坊からのダチっすもん! 絶交されたからって、簡単に諦めたりなんかできません。それに――あいつ、なんか隠してる気がするから。何が何でも追っかけて、話させてやるんす!」
あれだけ泣いていたのが嘘みたいに、力強い声で宣言してくれた。
吉村くんは、思っていたよりずっと強い子だ。そして――桜沢くん、きみのことが好きみたい。
だから、桜沢くんが「目的」を完遂するのを、おれはのんびり待つことにしてる。
「吉村くんは、今から帰るの?」
「はい! そのつもりっす」
話題を変えると、吉村くんはニッコリして肩にかけた鞄を見せた。
「西浦先輩も、帰りっすか?」
「おれも、そのつもり。なんなら、一緒に帰ろうか」
「喜んでっ」
おれ達は、隣に並んで歩き出す。
すっかり秋も深まって、風が冷たくなり始めてる。
今日の晩飯は、食堂でなにか温かいものを食べたい気分だな。
すると、進行方向にガタイのいい背中を見つける。「げっ」と思った瞬間、隣で吉村くんが、伸びあがって手を振った。
「佐賀せんぱーい!」
大きな声に、不機嫌な顔が振り返る。
いつもながら、何がそんなに面白くないのだか。
進む先にいる佐賀が足を止めたので、自然と近づくことになった。
「なんだ、てめえら」
「ちはっす。さっき、西浦先輩といっしょになったんす。佐賀先輩も、今から帰りっすか?」
「おう」
ぶっきらぼうな言葉に、吉村くんがニコッとする。次に、彼の言う言葉が予想出来て――おれは冷や汗が垂れた。
「じゃ、一緒に帰りませんか?」
「ああ」
やっぱりね。
てか、やっぱ佐賀のやつも、何気に断わらないよね。まあ確かに、同じ部屋に帰るんだから、断る理由もないけどさ。
「んだよ」
「別に」
じろっと睨まれて、はぐらかすと、舌打ちに追っかけられた。なんなんだよ。
……あれから、おれと佐賀も相変わらずの関係だ。
まあ、同室になったからって、仲が良くなるというわけではないものな。
でも――何だかんだ、こんな感じでやってくんだろうな、とお互い思ってる気がする。
腹が立つことはあっても、同室だからさ。
「西浦先輩、佐賀先輩。行きましょう!」
「うん、帰ろう」
「後輩が仕切んなっつーの」
嬉しそうな吉村くんを真ん中に、おれ達は連れ立って歩き出した。
お前なんか好きじゃない……(完)
すると――桜沢くんが、歩いてくるところだった。
亜麻色の髪が風に揺れるたび、あちこちで押し殺すような悲鳴が上がる。
「わあ、桜沢くんだ!」
「相変わらず、「寄らば斬る」って感じだなー」
周囲の生徒が、ひそひそと囁き合う。
桜沢くんを見る目は、「憧憬」と「畏怖」が半々だった。
桜沢くんは――あれから、生徒会の藤川さんを打ち負かし、生徒会入りを果たした。
そして、群れ居る挑戦者たちを、ばたばたとなぎ倒している。次第に、桜沢くんの強さは「本物」だと周知され、最近は挑むものも減っているらしい。
情け容赦のない強さと――生徒会の生徒以外とつるまないことで、彼は孤高の存在になり始めている。
……と。
桜沢くんが、おれの横を通り過ぎる。
「……」
勿論、視線も合わない。
それでいいと思う。
あれほど興味がなさそうだった「権力」を手に入れ、彼が何をしたいのか――少しずつ、わかってきたから。
「――イノリ!」
そのとき、澄んだ大きい声が、あたりに響き渡る。
吉村くんが、どよつく生徒達の間をかき分けて、こっちに走ってきた。
「待ってくれ、イノリ! 話をきいてくれよ!」
必死な顔で、吉村くんが追いすがる。
けれど、桜沢くんは足を止めない。一度も振り返ることもせず、生徒の波のなかに姿を消してしまった。
一連の流れを見ていた周りの生徒達が、低く笑い声を漏らす。
「なんだ、あの黒。まだ、桜沢につきまとってんの?」
「とっくに飽きられてんのにな。馬鹿だから、わかんないんじゃね」
嫌なことをいう奴らだよ。
聞いていられなくて、おれは肩で息をする吉村くんに駆け寄った。
「大丈夫? 吉村くん」
「うすっ、西浦先輩。……はー、また逃げられたっ」
吉村くんは勢いよく顔を上げると、シュシュシュ、と空中にパンチを打つ。
「でも、つぎこそは、ちゃんと話して見せるっす!」
「うん。応援してる」
「ありがとうございますっ」
そう言って、小さい顔一杯に笑顔を浮かべた。
あの後――退院した吉村くんは、おれ達の部屋に戻ってきて、学園生活を再開した。
記憶の失った分の学習の遅れを、本人に気づかせないよう、葛城先生が組んだ補習に参加したり。忙しい日々を過ごしている。
桜沢くんのことは、どうなったかと言うと……さっきの通り、諦めないことにしたみたい。
「赤ん坊からのダチっすもん! 絶交されたからって、簡単に諦めたりなんかできません。それに――あいつ、なんか隠してる気がするから。何が何でも追っかけて、話させてやるんす!」
あれだけ泣いていたのが嘘みたいに、力強い声で宣言してくれた。
吉村くんは、思っていたよりずっと強い子だ。そして――桜沢くん、きみのことが好きみたい。
だから、桜沢くんが「目的」を完遂するのを、おれはのんびり待つことにしてる。
「吉村くんは、今から帰るの?」
「はい! そのつもりっす」
話題を変えると、吉村くんはニッコリして肩にかけた鞄を見せた。
「西浦先輩も、帰りっすか?」
「おれも、そのつもり。なんなら、一緒に帰ろうか」
「喜んでっ」
おれ達は、隣に並んで歩き出す。
すっかり秋も深まって、風が冷たくなり始めてる。
今日の晩飯は、食堂でなにか温かいものを食べたい気分だな。
すると、進行方向にガタイのいい背中を見つける。「げっ」と思った瞬間、隣で吉村くんが、伸びあがって手を振った。
「佐賀せんぱーい!」
大きな声に、不機嫌な顔が振り返る。
いつもながら、何がそんなに面白くないのだか。
進む先にいる佐賀が足を止めたので、自然と近づくことになった。
「なんだ、てめえら」
「ちはっす。さっき、西浦先輩といっしょになったんす。佐賀先輩も、今から帰りっすか?」
「おう」
ぶっきらぼうな言葉に、吉村くんがニコッとする。次に、彼の言う言葉が予想出来て――おれは冷や汗が垂れた。
「じゃ、一緒に帰りませんか?」
「ああ」
やっぱりね。
てか、やっぱ佐賀のやつも、何気に断わらないよね。まあ確かに、同じ部屋に帰るんだから、断る理由もないけどさ。
「んだよ」
「別に」
じろっと睨まれて、はぐらかすと、舌打ちに追っかけられた。なんなんだよ。
……あれから、おれと佐賀も相変わらずの関係だ。
まあ、同室になったからって、仲が良くなるというわけではないものな。
でも――何だかんだ、こんな感じでやってくんだろうな、とお互い思ってる気がする。
腹が立つことはあっても、同室だからさ。
「西浦先輩、佐賀先輩。行きましょう!」
「うん、帰ろう」
「後輩が仕切んなっつーの」
嬉しそうな吉村くんを真ん中に、おれ達は連れ立って歩き出した。
お前なんか好きじゃない……(完)
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