お前なんか好きじゃない。
その日の夜――
おれは、寮の部屋に白井くんを呼び出していた。
昨日のように、ローテーブルを挟んで白井くんと向かい合う。佐賀もまた、学習椅子に腰かけて、話し合いに参加している。
「話は、吉村くんのことだよな? 何だろう」
穏やかに問いかけられ、おれは意を決し口を開いた。
「白井くんに、お願いがある。吉村くんの部屋のことなんだけど――変えないで欲しい。吉村くんにはこのまま、この部屋にいて欲しいんだ」
白井くんは、真っすぐな目をして頷く。
「もちろん、強制じゃないからそれは構わない。でも、吉村くんにも一度話を聞かせてもらって、確認をとってから……」
「それなんだけど。吉村くんには、部屋替えのことも、警備のことも言わないで欲しいんだ」
「……え?」
白井くんは、流石に瞠目した。
おれは、説明する。
吉村くんが、事件に関連する記憶を失っていること。彼に事情を話したら、辛い記憶を取り戻してしまうかもしれないこと――
「まだ転入してきたばかりなのに、記憶を失って。どれだけ不安かと思うんだ。親友の桜沢くんも側を離れてしまうし、せめて少しでも知った顔が、側にいた方がいいと思って」
「なるほど……」
必死に訴えると、白井くんは腕を組んで考え込んだ。――しばらくして、口を開く。
「西浦くんの気持ちは分かった。でも、警備のことも、話したら駄目なのはどうして? 事件のことに触れず、説明することも出来るよ」
「……ごめん。それは、おれのエゴなんだ。吉村くんには、監視されてるなんて思わずに、普通に過ごして欲しい」
誰かに四六時中見られていると思うのは、人が考えてるよりずっと、ストレスの掛かることだから。
難しい顔をする白井くんに、おれは頭を下げる。
「勿論、「黒」っていう序列がどれだけ危険だとか。この学園での安全な過ごし方は、きちんと説明する。その上で、お願いします。監視されてることを伝えないなんて、吉村くんだって、望んでないかもしれない。……けど、知ってしまったら、もう戻れないから」
性懲りもなく、伝えないのはどうかと考えないじゃなかった。
それでも、おれは思う。
選択肢ってのは、出された時点で答えが決まってしまう物ばかりだって。
なら、最初から伝えない。そういう守り方だって、あるはずだ。
「……」
白井くんは、黙り込んでいる。風紀の立場として、うんと言いかねるのかもしれない。
頭を下げ続けていると、隣に誰か座る気配がした。
「俺も頼む」
「!」
低い声が、後押しする。思わず隣を振り返ると、佐賀が頭を下げていた。
おれは、驚いた。
――あくまで、吉村には言わねえってんだな?
昼間、おれの決意を話したときには、そう確認しただけだったのに。
まさか、後押しするなんて思わなかった。
「吉村は、見た目より矜持が高い奴だ。「守られてる」って事実が、精神的な負担になりかねねェ。弱いくせに、そういうのが図々しいってンなら、あいつのことは俺らに任せてくれていい」
「佐賀……」
顔を上げた佐賀は、気迫のこもった目で白井くんを睨んだ。それは言いすぎだろ、と思ったけど――気持ちはおれも同じだ。
「白井くん、お願いします」
「……参ったな」
もう一度頭を下げると、本当に困った声が落ちてきた。
「そこまでの気持ちがあるなら、俺に何も言うことは出来ないよ」
目を上げると、白井くんは苦笑していた。
「俺は、風紀として、吉村くんを警護しないという選択肢はない。けれど――警備のことは伝えない。出来る限り、姿も見せない。チームのみんなにも、この件は共有する。彼が、一般生徒と同じように過ごせるよう配慮するよ」
「……ありがとう!」
おれは、ぱっと目の前が明るくなった心地がした。もう一度、頭を下げようとして、白井くんに押し止められる。
「いいんだ。俺も、吉村くんには……いやな思いをさせた分、楽しく過ごして欲しいと思っているから」
「へえ。お人よしだな、てめえ」
「そんなんじゃないよ」
白井くんは、佐賀の言葉に苦笑していた。
それから――おれ達は、今後のことについて少し話して、解散した。
「……はあ」
ドアがパタンと閉まったとき、おれはようやく肩の力をぬいた。
つ、疲れた。
自分の考えを押し通すのって、こんなにくたびれるんだっけ……。
「お疲れだな、西浦クン」
「……ああ」
からかうように言われても、腹が立つ元気もないや。
ぐったりと机に凭れて、おれは物思いに耽る。
――吉村くんが、いつか知ったとき。隠されてたこと知ったら、怒るかな。
おれの判断で、ぜんぶ決めてしまった。
よかれと思ってやったことなら、相手が喜んでくれるなんて、子供みたいなことは思わないから。
こうやって、決めたこと自体、どう転ぶのか。選択の正しさは、何か起こったときにしかわからないし。
「おれが、しっかりしなきゃ……」
ぐっと両手を握りしめたとき――いきなり乱暴に頭をかき回された。
「――ちょ、何だよ!?」
飛び起きると、いつの間にか隣にいた佐賀が、半眼になっておれを見る。
「言っとくがな。俺は、てめえの追従野郎じゃねえぞ」
「はあ……?」
訳が分からず、首を捻ると佐賀は眉根を寄せる。
「俺が決めたことだ。てめえに気を使って、乗っかったわけじゃねえ」
「はあ……?」
「鈍い奴だな……一人で抱え込むなってンだよ!」
ぶっきらぼうに言い捨てると、佐賀はおれの額を、パシンと叩いた。
全然痛くなかったけど、おれは驚いて肩を竦める。
そして、まじまじと不機嫌な男の顔を見た。
もしかして――こいつなりに、励ましてくれてるんだろうか。
「……信じらんない」
「あん?」
「なんか、急に親切だよね。どうしたの?」
弁明すると、気を張ること続きで、疲れていたんだよね。それで、普段なら言わないことが、つい口から出ちゃったというか。
佐賀は、おれの言葉を聞きつけて、悪鬼みたいな顔になった。
それから――すごく大きいため息を吐いて。ガシガシと頭を掻きむしったかと思うと、呆れた声で言った。
「……同室のよしみだろ」
おれは、寮の部屋に白井くんを呼び出していた。
昨日のように、ローテーブルを挟んで白井くんと向かい合う。佐賀もまた、学習椅子に腰かけて、話し合いに参加している。
「話は、吉村くんのことだよな? 何だろう」
穏やかに問いかけられ、おれは意を決し口を開いた。
「白井くんに、お願いがある。吉村くんの部屋のことなんだけど――変えないで欲しい。吉村くんにはこのまま、この部屋にいて欲しいんだ」
白井くんは、真っすぐな目をして頷く。
「もちろん、強制じゃないからそれは構わない。でも、吉村くんにも一度話を聞かせてもらって、確認をとってから……」
「それなんだけど。吉村くんには、部屋替えのことも、警備のことも言わないで欲しいんだ」
「……え?」
白井くんは、流石に瞠目した。
おれは、説明する。
吉村くんが、事件に関連する記憶を失っていること。彼に事情を話したら、辛い記憶を取り戻してしまうかもしれないこと――
「まだ転入してきたばかりなのに、記憶を失って。どれだけ不安かと思うんだ。親友の桜沢くんも側を離れてしまうし、せめて少しでも知った顔が、側にいた方がいいと思って」
「なるほど……」
必死に訴えると、白井くんは腕を組んで考え込んだ。――しばらくして、口を開く。
「西浦くんの気持ちは分かった。でも、警備のことも、話したら駄目なのはどうして? 事件のことに触れず、説明することも出来るよ」
「……ごめん。それは、おれのエゴなんだ。吉村くんには、監視されてるなんて思わずに、普通に過ごして欲しい」
誰かに四六時中見られていると思うのは、人が考えてるよりずっと、ストレスの掛かることだから。
難しい顔をする白井くんに、おれは頭を下げる。
「勿論、「黒」っていう序列がどれだけ危険だとか。この学園での安全な過ごし方は、きちんと説明する。その上で、お願いします。監視されてることを伝えないなんて、吉村くんだって、望んでないかもしれない。……けど、知ってしまったら、もう戻れないから」
性懲りもなく、伝えないのはどうかと考えないじゃなかった。
それでも、おれは思う。
選択肢ってのは、出された時点で答えが決まってしまう物ばかりだって。
なら、最初から伝えない。そういう守り方だって、あるはずだ。
「……」
白井くんは、黙り込んでいる。風紀の立場として、うんと言いかねるのかもしれない。
頭を下げ続けていると、隣に誰か座る気配がした。
「俺も頼む」
「!」
低い声が、後押しする。思わず隣を振り返ると、佐賀が頭を下げていた。
おれは、驚いた。
――あくまで、吉村には言わねえってんだな?
昼間、おれの決意を話したときには、そう確認しただけだったのに。
まさか、後押しするなんて思わなかった。
「吉村は、見た目より矜持が高い奴だ。「守られてる」って事実が、精神的な負担になりかねねェ。弱いくせに、そういうのが図々しいってンなら、あいつのことは俺らに任せてくれていい」
「佐賀……」
顔を上げた佐賀は、気迫のこもった目で白井くんを睨んだ。それは言いすぎだろ、と思ったけど――気持ちはおれも同じだ。
「白井くん、お願いします」
「……参ったな」
もう一度頭を下げると、本当に困った声が落ちてきた。
「そこまでの気持ちがあるなら、俺に何も言うことは出来ないよ」
目を上げると、白井くんは苦笑していた。
「俺は、風紀として、吉村くんを警護しないという選択肢はない。けれど――警備のことは伝えない。出来る限り、姿も見せない。チームのみんなにも、この件は共有する。彼が、一般生徒と同じように過ごせるよう配慮するよ」
「……ありがとう!」
おれは、ぱっと目の前が明るくなった心地がした。もう一度、頭を下げようとして、白井くんに押し止められる。
「いいんだ。俺も、吉村くんには……いやな思いをさせた分、楽しく過ごして欲しいと思っているから」
「へえ。お人よしだな、てめえ」
「そんなんじゃないよ」
白井くんは、佐賀の言葉に苦笑していた。
それから――おれ達は、今後のことについて少し話して、解散した。
「……はあ」
ドアがパタンと閉まったとき、おれはようやく肩の力をぬいた。
つ、疲れた。
自分の考えを押し通すのって、こんなにくたびれるんだっけ……。
「お疲れだな、西浦クン」
「……ああ」
からかうように言われても、腹が立つ元気もないや。
ぐったりと机に凭れて、おれは物思いに耽る。
――吉村くんが、いつか知ったとき。隠されてたこと知ったら、怒るかな。
おれの判断で、ぜんぶ決めてしまった。
よかれと思ってやったことなら、相手が喜んでくれるなんて、子供みたいなことは思わないから。
こうやって、決めたこと自体、どう転ぶのか。選択の正しさは、何か起こったときにしかわからないし。
「おれが、しっかりしなきゃ……」
ぐっと両手を握りしめたとき――いきなり乱暴に頭をかき回された。
「――ちょ、何だよ!?」
飛び起きると、いつの間にか隣にいた佐賀が、半眼になっておれを見る。
「言っとくがな。俺は、てめえの追従野郎じゃねえぞ」
「はあ……?」
訳が分からず、首を捻ると佐賀は眉根を寄せる。
「俺が決めたことだ。てめえに気を使って、乗っかったわけじゃねえ」
「はあ……?」
「鈍い奴だな……一人で抱え込むなってンだよ!」
ぶっきらぼうに言い捨てると、佐賀はおれの額を、パシンと叩いた。
全然痛くなかったけど、おれは驚いて肩を竦める。
そして、まじまじと不機嫌な男の顔を見た。
もしかして――こいつなりに、励ましてくれてるんだろうか。
「……信じらんない」
「あん?」
「なんか、急に親切だよね。どうしたの?」
弁明すると、気を張ること続きで、疲れていたんだよね。それで、普段なら言わないことが、つい口から出ちゃったというか。
佐賀は、おれの言葉を聞きつけて、悪鬼みたいな顔になった。
それから――すごく大きいため息を吐いて。ガシガシと頭を掻きむしったかと思うと、呆れた声で言った。
「……同室のよしみだろ」