お前なんか好きじゃない。
吉村くんは、ここが何処かわかってない様子で、きょとんとしていた。
「えーと……俺はなんで寝て? てか、イノリなんで泣いてんの?」
わあわあ泣いている桜沢くんに戸惑い顔をしながらも、なんとか腕を上げようとしている。
「ふぬぬぐぐ」
「む、無理しないで。病み上がりなんだから」
おれは鼻を啜り、布団をはぐって腕を出してあげる。
「わ、すんません。……やみあがり?」
吉村くんは、不思議そうに首を傾げる。まだ目が覚めたばかりで、記憶が混濁しているのかもしれない。本当にひどいケガだったんだから、無理もない。
「トキちゃん……! ごめんね、ごめんね……!」
「わー、どうしたどうした? イノリ、大丈夫だぞー」
泣き続ける桜沢くんの頭を、吉村くんがおろおろと撫でてあげている。
吉村くんの目が覚めたら、謝りたいって思ってたんだ。でも――二人の様子を見ていたら、胸が詰まって言葉が上手く出てこない。
「吉村!」
そうしてるうちに、葛城先生が勢いよく(でも、静かに)飛び込んできた。数瞬遅れて、佐賀に負ぶわれた田野先生が入ってくる。
桜沢くんの向こう岸に立って、葛城先生が吉村くんの顔を覗き込んだ。
「目が覚めたんだな。大丈夫か?」
「うす!」
「馬鹿者、解らんうちから頷くな」
「ええっ」
「じゃ、何で聞いたの?」って顔で、吉村くんが目をむく。
治療の揺り戻しがないか田野先生が診察し、吉村くんは「大丈夫」と判断が下された。今日は、大事を取って様子を見るそうだけど、明日には退院できるそうだ。
本当に、良かった……!
「良かったな。吉村」
「ありがとうございますっ。佐賀先輩、西浦先輩、イノリ。ご心配おかけしました!」
佐賀の言葉に、吉村くんは嬉しそうにニコニコしている。
今は、みんなでベッドを囲んで、ゼリーを食べていた。葛城先生が、「お見舞いだ」と持ってきてくれたのを、「沢山あるからどうぞ」と勧められ、おれ達まで頂いている。
「このゼリー、すげーうまい! イノリも食ってみ」
「うん。おいしいね」
桜沢くんが頷くと、吉村くんはホッとしたように笑う。
吉村くんが、動いて話しているだけで、空気が和やかだ。
嬉しい気分に水を差したくなくて、おれは事件のことは口に出さなかった。――みんなも何も言わなかったから、同じ気持ちだったと思う。
「トキちゃん、あーんして?」
「あー」
「……おいしい?」
「うん!」
桜沢くんが、吉村くんにせっせと食事の介助していた。美味しそうに食べる吉村くんを、沁みるような目で見つめている。甘いというよりも、もっと切実な何かを感じて、おれは何となく胸が騒いだ。
ゼリーを食べ終わると、吉村くんはもう一度寝てしまった。病み上がりにたくさん話したから、疲れてしまったんだろう。
休息の邪魔をしないように、おれ達も外に出る。
「おい桜沢。それ、吉村の荷物だろ」
「はい」
「貸せ。持って帰っとく」
佐賀が、桜沢くんの肩にかかった鞄を目ざとく見つけ、手を差しだした。桜沢くんは、考えるそぶりを見せた後――ゆっくりと鞄を佐賀に渡した。
「ありがとうございます。お願いします」
「おう」
「――あの。トキちゃん、図書館に本を借りてたみたいなんです。すみませんけど……」
「任せて。大丈夫だよ」
胸を叩いて請け負うと、桜沢くんは口元を引き結んだ。泣くのを堪える子供みたいな顔に、おれは息を飲む。
桜沢くんは、勢いよく頭を下げた。――深く、長い間。
「桜沢くん……!?」
「お願いばっかで、あれすけど――トキちゃんのこと、よろしくお願いします」
重い決心の籠った声だった。軽々しく頷くのを躊躇うような。
「おう」
佐賀が、間髪入れずに頷く。おれも、慌てて頷いた。声が出辛くて、何度も首を縦に振る。
「……ありがとうございます」
桜沢くんはそう言って、もう一度深く頭を下げる。
次に顔を上げたと思ったら、勢いよく踵を返し――走り去って行ってしまった。
「……どうしたんだろう」
なんだか、様子がおかしい。いや、友人があんなことになって、いつも通りの人のが珍しいのはわかるよ。でも、桜沢くんの様子は、思いつめているというより――
「さあな。あいつも、決めたんだろ」
「……え? 何を」
「は。俺が知るか」
「……なにそれ」
思わせぶりな言葉に、眉を顰める。当の佐賀は、言うだけ言って、さっさと歩き出した。ついて行くわけじゃないけど、おれも歩き出す。
「図書館に寄らないの?」
「他にも借りてるかも知れねえだろ。部屋も探してから、出直したほうが良い」
「ああ、なるほど……」
こいつ、意外ときちんとしてるんだな。見た感じ、いかにもガサツな感じなのにね。
密かに感心していると、考えが分かったのか、佐賀がじろりと睨んでくる。ちょっとばつが悪くなって、目を逸らした。
それっきり、行きと同じく会話が消えた。
もくもくと歩いて、あっという間に寮に戻る。
「――あれ?」
自室の前に、誰か立っていた。休みの日なのに、制服をきっちりと着込んだ、ぴんと伸びた背中。その腕には、風紀委員の証であるあかがね色の腕章がある。
気配を感じたのか、彼は振り返った。
「こんにちは。吉村時生くんの同室者の方ですよね?」
爽やかな声音でそう尋ねられ、頷いた。一目で真面目さが伝わる綺麗な礼をして、彼は名乗った。
「俺は、風紀二年の白井早瀬です。吉村くんのことで、お話したいことがあって来ました」
「えーと……俺はなんで寝て? てか、イノリなんで泣いてんの?」
わあわあ泣いている桜沢くんに戸惑い顔をしながらも、なんとか腕を上げようとしている。
「ふぬぬぐぐ」
「む、無理しないで。病み上がりなんだから」
おれは鼻を啜り、布団をはぐって腕を出してあげる。
「わ、すんません。……やみあがり?」
吉村くんは、不思議そうに首を傾げる。まだ目が覚めたばかりで、記憶が混濁しているのかもしれない。本当にひどいケガだったんだから、無理もない。
「トキちゃん……! ごめんね、ごめんね……!」
「わー、どうしたどうした? イノリ、大丈夫だぞー」
泣き続ける桜沢くんの頭を、吉村くんがおろおろと撫でてあげている。
吉村くんの目が覚めたら、謝りたいって思ってたんだ。でも――二人の様子を見ていたら、胸が詰まって言葉が上手く出てこない。
「吉村!」
そうしてるうちに、葛城先生が勢いよく(でも、静かに)飛び込んできた。数瞬遅れて、佐賀に負ぶわれた田野先生が入ってくる。
桜沢くんの向こう岸に立って、葛城先生が吉村くんの顔を覗き込んだ。
「目が覚めたんだな。大丈夫か?」
「うす!」
「馬鹿者、解らんうちから頷くな」
「ええっ」
「じゃ、何で聞いたの?」って顔で、吉村くんが目をむく。
治療の揺り戻しがないか田野先生が診察し、吉村くんは「大丈夫」と判断が下された。今日は、大事を取って様子を見るそうだけど、明日には退院できるそうだ。
本当に、良かった……!
「良かったな。吉村」
「ありがとうございますっ。佐賀先輩、西浦先輩、イノリ。ご心配おかけしました!」
佐賀の言葉に、吉村くんは嬉しそうにニコニコしている。
今は、みんなでベッドを囲んで、ゼリーを食べていた。葛城先生が、「お見舞いだ」と持ってきてくれたのを、「沢山あるからどうぞ」と勧められ、おれ達まで頂いている。
「このゼリー、すげーうまい! イノリも食ってみ」
「うん。おいしいね」
桜沢くんが頷くと、吉村くんはホッとしたように笑う。
吉村くんが、動いて話しているだけで、空気が和やかだ。
嬉しい気分に水を差したくなくて、おれは事件のことは口に出さなかった。――みんなも何も言わなかったから、同じ気持ちだったと思う。
「トキちゃん、あーんして?」
「あー」
「……おいしい?」
「うん!」
桜沢くんが、吉村くんにせっせと食事の介助していた。美味しそうに食べる吉村くんを、沁みるような目で見つめている。甘いというよりも、もっと切実な何かを感じて、おれは何となく胸が騒いだ。
ゼリーを食べ終わると、吉村くんはもう一度寝てしまった。病み上がりにたくさん話したから、疲れてしまったんだろう。
休息の邪魔をしないように、おれ達も外に出る。
「おい桜沢。それ、吉村の荷物だろ」
「はい」
「貸せ。持って帰っとく」
佐賀が、桜沢くんの肩にかかった鞄を目ざとく見つけ、手を差しだした。桜沢くんは、考えるそぶりを見せた後――ゆっくりと鞄を佐賀に渡した。
「ありがとうございます。お願いします」
「おう」
「――あの。トキちゃん、図書館に本を借りてたみたいなんです。すみませんけど……」
「任せて。大丈夫だよ」
胸を叩いて請け負うと、桜沢くんは口元を引き結んだ。泣くのを堪える子供みたいな顔に、おれは息を飲む。
桜沢くんは、勢いよく頭を下げた。――深く、長い間。
「桜沢くん……!?」
「お願いばっかで、あれすけど――トキちゃんのこと、よろしくお願いします」
重い決心の籠った声だった。軽々しく頷くのを躊躇うような。
「おう」
佐賀が、間髪入れずに頷く。おれも、慌てて頷いた。声が出辛くて、何度も首を縦に振る。
「……ありがとうございます」
桜沢くんはそう言って、もう一度深く頭を下げる。
次に顔を上げたと思ったら、勢いよく踵を返し――走り去って行ってしまった。
「……どうしたんだろう」
なんだか、様子がおかしい。いや、友人があんなことになって、いつも通りの人のが珍しいのはわかるよ。でも、桜沢くんの様子は、思いつめているというより――
「さあな。あいつも、決めたんだろ」
「……え? 何を」
「は。俺が知るか」
「……なにそれ」
思わせぶりな言葉に、眉を顰める。当の佐賀は、言うだけ言って、さっさと歩き出した。ついて行くわけじゃないけど、おれも歩き出す。
「図書館に寄らないの?」
「他にも借りてるかも知れねえだろ。部屋も探してから、出直したほうが良い」
「ああ、なるほど……」
こいつ、意外ときちんとしてるんだな。見た感じ、いかにもガサツな感じなのにね。
密かに感心していると、考えが分かったのか、佐賀がじろりと睨んでくる。ちょっとばつが悪くなって、目を逸らした。
それっきり、行きと同じく会話が消えた。
もくもくと歩いて、あっという間に寮に戻る。
「――あれ?」
自室の前に、誰か立っていた。休みの日なのに、制服をきっちりと着込んだ、ぴんと伸びた背中。その腕には、風紀委員の証であるあかがね色の腕章がある。
気配を感じたのか、彼は振り返った。
「こんにちは。吉村時生くんの同室者の方ですよね?」
爽やかな声音でそう尋ねられ、頷いた。一目で真面目さが伝わる綺麗な礼をして、彼は名乗った。
「俺は、風紀二年の白井早瀬です。吉村くんのことで、お話したいことがあって来ました」
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