お前なんか好きじゃない。
放課後、おれは風紀室に呼び出されていた。
吉村くんが未だ目を覚まさず、聴取が出来ないため、同室のおれに話を聞きたいという事らしかった。
一応、担任の柳原先生が同伴した状態で、聴取が始まる。
第三風紀室の室長・紫野さんに尋ねられるまま、吉村くんの最近の様子を答えていった。
「なるほど。では、彼に「いじめに遭っている」等の、相談は受けていなかったんですね」
「……はい」
「そして、西浦くんと桜沢くんで、彼を守っていたということですか。道理で、黒の生徒にしては身辺が静かだと……」
紫野さんからも、情報がもたらされる。吉村くんは、授業中に何度か風紀室を訪れていたそうだ。相談内容は、主に「私物の紛失」であり、そのどれも無事に戻って来たという報告はない。
最初の相談は、四日前だった。そんな時から、彼は一人で抱え込んでいたのか……。
「西浦、なんで風紀に話さなかったんだ? 知らせていれば、彼らも動いてくれたろう」
柳原先生が、少し憤りの混じった声を上げた。
風紀に相談しても、仕方ないと思ったから……などと言えるはずもない。おれの手落ちで、吉村くんを危機に合わせた今なら、尚更だ。
項垂れていると、紫野さんが神妙な声で切り出す。
「柳原先生。我々の落ち度ですから」
「しかしねぇ……」
納得のいかなそうな柳原先生が、腕を組んで深い息を吐く。紫野さんの潔い声が、耳に痛かった。
紫野さんは、それから二、三の質問をしておれを開放した。終始ていねいで、親切な対応だった。
「本当に、とんだことになっちまって」
風紀室を出て、二三歩も歩くなり、柳原先生は悪態を吐いた。
ガシガシと額の毛をかきむしり、壁にもたれる。荒々しく胸ポケットを探り、たばこを取り出して――ここが喫煙所でないと気付き、鋭く舌打ちをした。
「……」
同伴してもらった手前、先生を置いて行くわけにはいかない。おれも足を止め、所在なく立ち尽くしていた。
すると、柳原先生は三白眼でおれをきつく睨みつける。
「っとに、なんで自分らだけで何とかしようとしたかね?」
「……すみません」
「生徒ってやつは、どうして自分を過大評価して、他人を軽んじるもんなのかね。何かあったとき、責任なんぞとりゃしないくせに。一人でイキって、結局は大事になるんじゃねえか」
「……っ」
「紫とつるんだって、自分が大きくなるわけじゃねえだろうに。お前に何ができるんだ? どうなんだ、西浦?」
「すみません……」
柳原先生の叱責が、重く胸に圧し掛かる。
――結局、おれは、驕っていたんだろうか。
風紀は信用できないから、大人は信用できないからって。
おれの勝手な考えを押し付けて、二人に周りを頼らせなかった。……吉村くんの力になりたいなんて言いながら。おれは、自分にどれほどのことが、出来るつもりだったんだろう。
結局、吉村くんと桜沢くんを追い詰めてしまったのは、おれだったんじゃないか――
拳を握り、柳原先生の前に頭を垂れた。
先生はさんざんに言葉を吐きつくし、長く息を吐く。
「……全く。西浦は、もっとちゃんとしてると思ってたんだがなぁ。我ながら、とんだ人選ミスだよ」
「……っ」
やっぱり、おれじゃなければ……
胸が切り裂かれたように痛い。また「すみません」と口にした。
そのときだった。
――ガッ!
固いものが割れる音がして、顔を上げる。
目の前に、突然――黒いジャケットの背中が聳えていた。刈り上げた赤茶色の短髪と、おれより高い上背。
「佐賀……」
佐賀は振り返らずに、前に拳を突き出したままの格好で立っている。その腕の延長線を視線で追って、おれは息を飲んだ。
佐賀の拳は、壁に突き立っていた。拳を囲むように、蜘蛛の巣状にひびが入っている。
「な……な……」
顔のすれすれを殴られた柳原先生は、目をむいて口をパクパクさせている。
佐賀は拳を引き抜くと、どすのきいた声で凄んだ。
「じゃあてめぇは何をしたってンだ。腐れ教師が」
「ば……おま……」
「行くぞ、西浦」
「えっ……」
佐賀は勝手に話しを終えると、へたり込む柳原先生を置きざりに――おれの腕を掴んで歩き出した。
なんで、佐賀が。
狼狽えて、おれは声を上げる。
「ちょっと佐賀、なにして……!?」
「お前はアホか」
「はあっ?」
唐突な悪口に、目を見開いた。佐賀は足を止めず、呆れかえった声で言う。
「柳原得意の、逆切れだろうが。なに言われっぱなしになってんだよ」
「だっ……て。でも、本当のことだし……」
「あ?」
柳原先生が、逆切れしていたとして。おれの過ちは無くならないし、真摯に受け止めるべきだと思う。
そう言うと、佐賀は振り返った。米神に、それとわかるほど青筋が浮いている。
「本当のことだ? 掠りもしてねぇだろ、馬鹿」
「ば……?!」
「『てめえらが信用できねえから、おれと桜沢がやるしかなかった』くらい、言えねえのかよ。かっこつけて、謝ってンじゃねーよ」
佐賀は、真正面から睨みつけてくる。どう受け取っていいのか分からず、目を揺らしていると――佐賀は息を吐く。
再び前を向くと、おれの手を引いて歩み出した。
よどみない足取りだ。つられるままに歩いていると――なんだか息が苦しくなってきた。
なんなんだよ、お前……。
唇を噛み締めて、俯く。
「……お前みたいになんて、おれはできないよ」
「は。ムカつく奴」
佐賀は、いつものように悪態を吐いた。
でも、その声に険はなかった。
吉村くんが未だ目を覚まさず、聴取が出来ないため、同室のおれに話を聞きたいという事らしかった。
一応、担任の柳原先生が同伴した状態で、聴取が始まる。
第三風紀室の室長・紫野さんに尋ねられるまま、吉村くんの最近の様子を答えていった。
「なるほど。では、彼に「いじめに遭っている」等の、相談は受けていなかったんですね」
「……はい」
「そして、西浦くんと桜沢くんで、彼を守っていたということですか。道理で、黒の生徒にしては身辺が静かだと……」
紫野さんからも、情報がもたらされる。吉村くんは、授業中に何度か風紀室を訪れていたそうだ。相談内容は、主に「私物の紛失」であり、そのどれも無事に戻って来たという報告はない。
最初の相談は、四日前だった。そんな時から、彼は一人で抱え込んでいたのか……。
「西浦、なんで風紀に話さなかったんだ? 知らせていれば、彼らも動いてくれたろう」
柳原先生が、少し憤りの混じった声を上げた。
風紀に相談しても、仕方ないと思ったから……などと言えるはずもない。おれの手落ちで、吉村くんを危機に合わせた今なら、尚更だ。
項垂れていると、紫野さんが神妙な声で切り出す。
「柳原先生。我々の落ち度ですから」
「しかしねぇ……」
納得のいかなそうな柳原先生が、腕を組んで深い息を吐く。紫野さんの潔い声が、耳に痛かった。
紫野さんは、それから二、三の質問をしておれを開放した。終始ていねいで、親切な対応だった。
「本当に、とんだことになっちまって」
風紀室を出て、二三歩も歩くなり、柳原先生は悪態を吐いた。
ガシガシと額の毛をかきむしり、壁にもたれる。荒々しく胸ポケットを探り、たばこを取り出して――ここが喫煙所でないと気付き、鋭く舌打ちをした。
「……」
同伴してもらった手前、先生を置いて行くわけにはいかない。おれも足を止め、所在なく立ち尽くしていた。
すると、柳原先生は三白眼でおれをきつく睨みつける。
「っとに、なんで自分らだけで何とかしようとしたかね?」
「……すみません」
「生徒ってやつは、どうして自分を過大評価して、他人を軽んじるもんなのかね。何かあったとき、責任なんぞとりゃしないくせに。一人でイキって、結局は大事になるんじゃねえか」
「……っ」
「紫とつるんだって、自分が大きくなるわけじゃねえだろうに。お前に何ができるんだ? どうなんだ、西浦?」
「すみません……」
柳原先生の叱責が、重く胸に圧し掛かる。
――結局、おれは、驕っていたんだろうか。
風紀は信用できないから、大人は信用できないからって。
おれの勝手な考えを押し付けて、二人に周りを頼らせなかった。……吉村くんの力になりたいなんて言いながら。おれは、自分にどれほどのことが、出来るつもりだったんだろう。
結局、吉村くんと桜沢くんを追い詰めてしまったのは、おれだったんじゃないか――
拳を握り、柳原先生の前に頭を垂れた。
先生はさんざんに言葉を吐きつくし、長く息を吐く。
「……全く。西浦は、もっとちゃんとしてると思ってたんだがなぁ。我ながら、とんだ人選ミスだよ」
「……っ」
やっぱり、おれじゃなければ……
胸が切り裂かれたように痛い。また「すみません」と口にした。
そのときだった。
――ガッ!
固いものが割れる音がして、顔を上げる。
目の前に、突然――黒いジャケットの背中が聳えていた。刈り上げた赤茶色の短髪と、おれより高い上背。
「佐賀……」
佐賀は振り返らずに、前に拳を突き出したままの格好で立っている。その腕の延長線を視線で追って、おれは息を飲んだ。
佐賀の拳は、壁に突き立っていた。拳を囲むように、蜘蛛の巣状にひびが入っている。
「な……な……」
顔のすれすれを殴られた柳原先生は、目をむいて口をパクパクさせている。
佐賀は拳を引き抜くと、どすのきいた声で凄んだ。
「じゃあてめぇは何をしたってンだ。腐れ教師が」
「ば……おま……」
「行くぞ、西浦」
「えっ……」
佐賀は勝手に話しを終えると、へたり込む柳原先生を置きざりに――おれの腕を掴んで歩き出した。
なんで、佐賀が。
狼狽えて、おれは声を上げる。
「ちょっと佐賀、なにして……!?」
「お前はアホか」
「はあっ?」
唐突な悪口に、目を見開いた。佐賀は足を止めず、呆れかえった声で言う。
「柳原得意の、逆切れだろうが。なに言われっぱなしになってんだよ」
「だっ……て。でも、本当のことだし……」
「あ?」
柳原先生が、逆切れしていたとして。おれの過ちは無くならないし、真摯に受け止めるべきだと思う。
そう言うと、佐賀は振り返った。米神に、それとわかるほど青筋が浮いている。
「本当のことだ? 掠りもしてねぇだろ、馬鹿」
「ば……?!」
「『てめえらが信用できねえから、おれと桜沢がやるしかなかった』くらい、言えねえのかよ。かっこつけて、謝ってンじゃねーよ」
佐賀は、真正面から睨みつけてくる。どう受け取っていいのか分からず、目を揺らしていると――佐賀は息を吐く。
再び前を向くと、おれの手を引いて歩み出した。
よどみない足取りだ。つられるままに歩いていると――なんだか息が苦しくなってきた。
なんなんだよ、お前……。
唇を噛み締めて、俯く。
「……お前みたいになんて、おれはできないよ」
「は。ムカつく奴」
佐賀は、いつものように悪態を吐いた。
でも、その声に険はなかった。