お前なんか好きじゃない。
――翌朝。
カーテンを透かす朝日に、目が覚めた。枕元のアラームを確認すると、まだ鳴っていない。
もともと寝起きは良い方で、アラームはそうそう鳴らさないけれど。今日は、いつもよりさらに早い。
「……」
無言でベッドのカーテンをそろそろと開ける。対面にある二段ベッド――その上段のカーテンが未だ締まっているのを確認し、おれは息を吐いた。
一夜明け、おれは気持ちを切り替えた。
泣いても笑っても、あいつが同室なのは変わらないんだ。なら、どれだけマシな同居生活にするか、考えたほうが良い。
「……出来る限り、あいつには関わらない。これで行こう」
昨日の不機嫌な態度からいって、佐賀だってそれを望んでるに違いない。
とりあえず、ベッドの主――佐賀が起きる前に、朝食に行こう。
それで、転入生が来る昼までは、図書館にでも行って時間を潰せばいい。転入生が来たら、その子の手助けをする。いかにも面倒見悪そうな佐賀は、関わってこないだろうし、大丈夫。
「よし……!」
おれは、極めて静かに身支度を整えて、部屋を出た。
しかし。
昼前、部屋に戻ってきたおれは辟易としていた。
原因は言わずもがな、佐賀のせい。
なんか、おれが部屋に戻るなり、不機嫌な佐賀に出迎えられたんだよね。
「おまえ、どこ行ってたンだよ」
ドアを開けたら、いきなり佐賀で。動転してるところに、喧嘩腰に言われてさ。
ちょっと言葉に詰まってたら、佐賀のやつ。
「今日、転入生来るだろうが。フラフラしてんな」
とか、言うんだよ。
そんなこと、お前に言われなくてもわかってるし。そもそも、だからこうして帰って来てるのに。
一瞬、カッとなりかけたけど、ここでもめ事起こしちゃ、今朝の誓いの意味がない。深呼吸して、ニコッと笑っておれは言った。
「そうだね、ゴメン」
「……チッ」
うん。
今、思い返しても、舌打ちしたいのは、おれの方だよね。
トレーニングなのか、無心にダンベルを振っている佐賀を見て、おれは密かにため息を吐いた。
本当に、気が合わない。
……と、枕に広げた雑誌に目を落としたときだった。
コンコン、コン。
高い音を立てて、ドアがノックされる。
「ごめんくださーい!」
続いて、元気のいい声が、ドアの向こうから聞こえてきて、おれは慌てて駆けつける。
「お待たせして……」
ドアを開けて、おれは目を丸くした。
あれ、誰もいない。きょろきょろしていると、もう一度「こんにちは!」と元気のいい声がする。
どうやら、声の大きさから予想してたより、ずっと低いところに頭があったみたい。
転入生は、小さい顔一杯に笑顔を浮かべて言った。
「初めまして! 俺、今日からお世話になる、吉村時生です!」
「あ、どうも。おれは西浦です」
ペコリ、と頭を下げた転入生――吉村くんにつられて頭を下げる。
立ち話もなんなので、さっそく部屋に入ってもらうことにした。
吉村くんは、「よいしょ、よいしょ」と巨大なリュックに担がれるように、歩いてて。思わず「大丈夫?」って手を貸したら、ニッコリ笑いかけられる。
「うっす! 西浦先輩、ありがとうございます!」
半日ぶりに見た他人の笑顔は、なんだか胸に染みた。
転入生・吉村くんの第一印象は、小さいけれど、すごく元気な子って感じ。
「いやー、この学校ってマジ広いっすね! しかも、すっげえ綺麗だし。やべー、花男みてえじゃねえ? って一緒に来たダチと言ってたんすよ。あっ、これつまんねえ物ですが、よかったら!」
「わあ、ありがとうね。気遣ってもらっちゃって」
「いえいえ!」
「引っ越しソバです」と渡された、マルちゃん詰め合わせをテーブルに置く。
自己紹介を軽く済ませたら、さっそく荷解きに取りかかった。
「すんません。先輩達に手伝ってもらうなんて」
「気にしないで。同室なんだし、当然だよ」
恐縮する吉村くんに笑いかけ、荷物を仕分けする。
「おい、お前こっちの棚使えよ」
「うすっ、わかりました!」
意外にも、佐賀もちゃんと手伝っていた。転入生を気にしていたのは、嘘じゃないらしい。
その分、おれは作業と吉村くんとの会話に集中することにして、やつとの距離をとる。
吉村くんの荷物は、当人の個性が満載で。片づけの過程で、人物像が知れてきた。
サッカーが好きで、ずっと部活を頑張ってたこと。ちょっと古びた漫画の殆どは、友達からの餞別らしいこと。
「急に転校になったんすけど、みんな門出を祝ってくれて。だから、頑張らんとなーって」
「そっか、いい仲間なんだね」
思わず言ったら、部活少年らしく日に焼けた顔が、笑顔で一杯になった。
「へへ。ありがとうございます」
いい子だな。
素朴に、そう思う。
「問題あり」なんて言うから、素行不良の生徒かもって思ってたのに。
柳原先生の心象をさらに下げていると、吉村くんがニコニコ顔で、佐賀を振り向いた。
「佐賀先輩も、筋肉やべえっすね。なんかやってられるんすか?」
おれは、ぎょっとする。
佐賀は片眉を跳ね上げて、吉村くんをじろっと見た。
「空手やってる」
「へーっ、強えー!」
「は。何がだよ」
ハラハラしながら見ていたのに、佐賀が普通に喋ったので驚いた。こいつ、舌打ちが相槌になると思ってるわけじゃないんだ……。
それにしても、悪人面の佐賀に話しかけるとは、物怖じしない子だなぁ。
で、一時間くらい経ったころ。
みんなでテキパキやったからか、全部の片づけが終わった。
時計を見れば、昼食にちょうどいい時間。
「せっかくだから、一緒に食堂に行かない? 寮内の施設の案内も兼ねて」
「行きたいっす! あ、ダチも一緒に良いっすか? 通りかかったとき、いい匂いして、行ってみたいねって話してて」
「うん、もちろん。食堂のご飯、割とうまいから楽しみにしてて」
「うおー、やった! 先輩たちのおススメ、教えてくださいね!」
ん? 今、先輩たちって言った?
不穏な言葉に固まっていると、佐賀が勝手に「いいぜ」とか答えてる。
いいわけないだろうが……!
「どうせだから、制服着ていこうかなあ」
楽しそうな吉村くんの手前、そう言うわけにもいかなくて。おれは、曖昧に笑うほかなかった。
くそ、佐賀め涼しい顔をして。おまえだって、嫌なくせに――。
「西浦先輩、どうっすか?」
「あ、うん……!?」
明るい声に振り向いて、おれは小さく息を飲む。
着替え終わった吉村くんの、胸元。――正確に言うと、ネクタイの色を見て。
「黒」色。
それは、この学園のカースト最下位を表す色だった。
カーテンを透かす朝日に、目が覚めた。枕元のアラームを確認すると、まだ鳴っていない。
もともと寝起きは良い方で、アラームはそうそう鳴らさないけれど。今日は、いつもよりさらに早い。
「……」
無言でベッドのカーテンをそろそろと開ける。対面にある二段ベッド――その上段のカーテンが未だ締まっているのを確認し、おれは息を吐いた。
一夜明け、おれは気持ちを切り替えた。
泣いても笑っても、あいつが同室なのは変わらないんだ。なら、どれだけマシな同居生活にするか、考えたほうが良い。
「……出来る限り、あいつには関わらない。これで行こう」
昨日の不機嫌な態度からいって、佐賀だってそれを望んでるに違いない。
とりあえず、ベッドの主――佐賀が起きる前に、朝食に行こう。
それで、転入生が来る昼までは、図書館にでも行って時間を潰せばいい。転入生が来たら、その子の手助けをする。いかにも面倒見悪そうな佐賀は、関わってこないだろうし、大丈夫。
「よし……!」
おれは、極めて静かに身支度を整えて、部屋を出た。
しかし。
昼前、部屋に戻ってきたおれは辟易としていた。
原因は言わずもがな、佐賀のせい。
なんか、おれが部屋に戻るなり、不機嫌な佐賀に出迎えられたんだよね。
「おまえ、どこ行ってたンだよ」
ドアを開けたら、いきなり佐賀で。動転してるところに、喧嘩腰に言われてさ。
ちょっと言葉に詰まってたら、佐賀のやつ。
「今日、転入生来るだろうが。フラフラしてんな」
とか、言うんだよ。
そんなこと、お前に言われなくてもわかってるし。そもそも、だからこうして帰って来てるのに。
一瞬、カッとなりかけたけど、ここでもめ事起こしちゃ、今朝の誓いの意味がない。深呼吸して、ニコッと笑っておれは言った。
「そうだね、ゴメン」
「……チッ」
うん。
今、思い返しても、舌打ちしたいのは、おれの方だよね。
トレーニングなのか、無心にダンベルを振っている佐賀を見て、おれは密かにため息を吐いた。
本当に、気が合わない。
……と、枕に広げた雑誌に目を落としたときだった。
コンコン、コン。
高い音を立てて、ドアがノックされる。
「ごめんくださーい!」
続いて、元気のいい声が、ドアの向こうから聞こえてきて、おれは慌てて駆けつける。
「お待たせして……」
ドアを開けて、おれは目を丸くした。
あれ、誰もいない。きょろきょろしていると、もう一度「こんにちは!」と元気のいい声がする。
どうやら、声の大きさから予想してたより、ずっと低いところに頭があったみたい。
転入生は、小さい顔一杯に笑顔を浮かべて言った。
「初めまして! 俺、今日からお世話になる、吉村時生です!」
「あ、どうも。おれは西浦です」
ペコリ、と頭を下げた転入生――吉村くんにつられて頭を下げる。
立ち話もなんなので、さっそく部屋に入ってもらうことにした。
吉村くんは、「よいしょ、よいしょ」と巨大なリュックに担がれるように、歩いてて。思わず「大丈夫?」って手を貸したら、ニッコリ笑いかけられる。
「うっす! 西浦先輩、ありがとうございます!」
半日ぶりに見た他人の笑顔は、なんだか胸に染みた。
転入生・吉村くんの第一印象は、小さいけれど、すごく元気な子って感じ。
「いやー、この学校ってマジ広いっすね! しかも、すっげえ綺麗だし。やべー、花男みてえじゃねえ? って一緒に来たダチと言ってたんすよ。あっ、これつまんねえ物ですが、よかったら!」
「わあ、ありがとうね。気遣ってもらっちゃって」
「いえいえ!」
「引っ越しソバです」と渡された、マルちゃん詰め合わせをテーブルに置く。
自己紹介を軽く済ませたら、さっそく荷解きに取りかかった。
「すんません。先輩達に手伝ってもらうなんて」
「気にしないで。同室なんだし、当然だよ」
恐縮する吉村くんに笑いかけ、荷物を仕分けする。
「おい、お前こっちの棚使えよ」
「うすっ、わかりました!」
意外にも、佐賀もちゃんと手伝っていた。転入生を気にしていたのは、嘘じゃないらしい。
その分、おれは作業と吉村くんとの会話に集中することにして、やつとの距離をとる。
吉村くんの荷物は、当人の個性が満載で。片づけの過程で、人物像が知れてきた。
サッカーが好きで、ずっと部活を頑張ってたこと。ちょっと古びた漫画の殆どは、友達からの餞別らしいこと。
「急に転校になったんすけど、みんな門出を祝ってくれて。だから、頑張らんとなーって」
「そっか、いい仲間なんだね」
思わず言ったら、部活少年らしく日に焼けた顔が、笑顔で一杯になった。
「へへ。ありがとうございます」
いい子だな。
素朴に、そう思う。
「問題あり」なんて言うから、素行不良の生徒かもって思ってたのに。
柳原先生の心象をさらに下げていると、吉村くんがニコニコ顔で、佐賀を振り向いた。
「佐賀先輩も、筋肉やべえっすね。なんかやってられるんすか?」
おれは、ぎょっとする。
佐賀は片眉を跳ね上げて、吉村くんをじろっと見た。
「空手やってる」
「へーっ、強えー!」
「は。何がだよ」
ハラハラしながら見ていたのに、佐賀が普通に喋ったので驚いた。こいつ、舌打ちが相槌になると思ってるわけじゃないんだ……。
それにしても、悪人面の佐賀に話しかけるとは、物怖じしない子だなぁ。
で、一時間くらい経ったころ。
みんなでテキパキやったからか、全部の片づけが終わった。
時計を見れば、昼食にちょうどいい時間。
「せっかくだから、一緒に食堂に行かない? 寮内の施設の案内も兼ねて」
「行きたいっす! あ、ダチも一緒に良いっすか? 通りかかったとき、いい匂いして、行ってみたいねって話してて」
「うん、もちろん。食堂のご飯、割とうまいから楽しみにしてて」
「うおー、やった! 先輩たちのおススメ、教えてくださいね!」
ん? 今、先輩たちって言った?
不穏な言葉に固まっていると、佐賀が勝手に「いいぜ」とか答えてる。
いいわけないだろうが……!
「どうせだから、制服着ていこうかなあ」
楽しそうな吉村くんの手前、そう言うわけにもいかなくて。おれは、曖昧に笑うほかなかった。
くそ、佐賀め涼しい顔をして。おまえだって、嫌なくせに――。
「西浦先輩、どうっすか?」
「あ、うん……!?」
明るい声に振り向いて、おれは小さく息を飲む。
着替え終わった吉村くんの、胸元。――正確に言うと、ネクタイの色を見て。
「黒」色。
それは、この学園のカースト最下位を表す色だった。