お前なんか好きじゃない。
――わが身に宿る、風よ。
頭の中で念じると、からだが軽くなる。
一歩、足で強く地面を蹴った。――景色がぐんぐん変わり、あっという間に昇降口へ着く。
「――吉村くん!」
大声で、呼ばう。屯していた生徒達が、ぎょっとしたように振り向いた。
一年B組の下駄箱に向かい、吉村くんを探した。
――いない……?!
もう、寮に向かっているのか? いや、いくらなんでも早すぎる。靴がないか確かめる為に、「吉村」とプレートの掛かった箱を、覗き込んだ。一瞬、違和感を覚えたけれど――とりあえず見るべきものを見る。
上履きが、ない。
ということは――吉村くんは、まだ校舎にいる。
「先に帰ってるんじゃ、なかったの……?」
はやく見つけないと。
校舎にいたら、あの騒ぎに巻き込まれるかもしれない。
吉村くん、いったい何処へいったんだろう。でも、桜沢くんに嘘をつくとは思えないし――なにか、忘れ物でもしたとか。
ふと、授業中に遭遇した吉村くんの様子が、脳裏を過ぎった。
昼休みに、桜沢くんと『カムイ伝』を読んでいたから、納得しかけていたけど……。
やっぱり、おかしい。
まだ知り合って間もないけど、吉村くんは真面目な子だ。
「勉強は得意じゃないから」って言って、毎日、予復習をしてるんだ。
そんな子が、漫画のために授業をサボるか……?
そのとき、吉村くんの下足箱の違和感の正体に気づいた。
「……!」
――いやな予感に、背筋が震える。なにか、とんでもない見落としをしているような。
「急いで見つけなきゃ!」
おれは、再び駆け出した。
「吉村くん!」
一年B組の教室へ、駆け込んだ。
中を覗き込んで、すぐに期待は外れたことが分かる。室内にはまばらに生徒が残っているだけで、吉村くんの姿は無い。
これで、「忘れ物をして戻った」って可能性も、なくなった。図書館も校庭も、心当たりは全部、道すがら見てきたのに……!
「吉村なら、帰りましたよ」
教室に残っていた生徒の一人が、親切に教えてくれる。見れば、高柳先生の研究室で何度か見たことのある子だった。
「一人で帰って行った?」
「はい。鞄持ってましたし、間違いないと思います」
「そっか……ありがとう!」
お礼を言い、素早く踵を返す。
教室を出て、廊下を走る。角を曲がったところで、ドン! と誰かと真正面からぶつかった。
「痛っ!」
たたらを踏んだおれの腕を、強い力で掴まれる。足を踏みしめて、顔を上げると――不機嫌な顔がおれを見下ろしていた。
「……佐賀」
「よお」
ぶつかったのは、こいつだったらしい。道理で岩みたいだったはずだ。
やつの手から腕を引き抜いて、おれは目を逸らす。
「ぶつかってごめん。――それじゃ」
「は? 待てよ」
背を向けたおれの肩を、佐賀が掴んだ。この、急いでるのに……!
睨みつけると、佐賀は怪訝そうな顔で言う。
「吉村を迎えにきたんじゃねェのか」
「そうだよ! だから、早く探しに行かなくちゃ」
「は? 何だそりゃ」
しつこい佐賀に、苛々が募る。おれは、肩に置かれた手を乱暴に振り払った。
「だから……っ! 上履きがないのに、何処にもいないんだ! 桜沢くんには「先に帰ってる」って言ってたらしいのに」
「!」
「それに、ヘンなんだよ。吉村くんの下駄箱、洗ったみたいに綺麗なんだ。それに、運動靴が変わってた。入学祝にお父さんに貰った「お気に入り」だって言ってたのに、購買の安い奴になってて……!」
おれの言葉に、佐賀が目を見開く。
「どうしよう。吉村くん、誰かに攫われたのかもしれない……!」
吉村くんは、もしかして――まだ嫌がらせにあってたんじゃないか?
「正直な子だから、何かあったら言ってくれる」って、おれが勝手に安心していただけで。桜沢くんに仕返しされないように、巧妙なやり口になっていたんだとしたら。
いま、桜沢くんは妙な連中に追われていて、助けに行かれない。――そもそも、それが仕組まれたことだったら。
……なんで、おれは安心していたんだろう。
こっそりと、授業中に図書館に言っていた吉村くんを思いうかべる。
吉村くんは、嘘をつかない子だ。でも、誰にだって「言わない事」くらいあるはずなのに。
「……っ」
後悔に飲まれそうになったとき、腕が思い切り引かれる。顔を上げると、佐賀が決然と言った。
「――行くぞ!」
「えっ」
言うが早いか、佐賀は走り出す。おれの腕を、引いたまま。縺れそうな足をなんとか前に出しながら、おれは佐賀の背に問いかける。
「どこ向かってんの?!」
「知るか!」
「はあっ?」
目をむくと、佐賀は前を向いたまま怒鳴る。
「とにかく、探すんだよ! 探さねえと、見つかんねえだろ!」
「!」
「まだ、そんな時間は経ってねえ。リンチに向いてそうな場所なら、いくらか知ってる。とにかく、走れ!」
「……わかった!」
佐賀の足取りは、力強い。
おれは、ハッとする。――そうだ、後悔してる場合じゃない。今できることをしなければ。
「佐賀、おれも心当たりがいくつかある! 二手に別れよう」
「わかった!」
佐賀が頷いて、腕を放す。
走りながら情報を交換した。かなりの場所があって、全て当たるなら急がなければならない。
おれ達は方針を決め、校舎を飛び出した。
「じゃあ、――?」
二手に別れようとして――ぎくりとして足が止まった。
なにか、空気がヘンだ。
ざわついている。放課後なのに、みんなが異様に興奮しているっていうか……。胡乱に思って見回していると、近くの生徒達の会話が聞こえてきた。
「――なあ、やばいって!」
「へ、何がよ」
「いや、落ちたんだって! 「黒」が、四階から!」
「マジで!?」
……え?
頭の中で念じると、からだが軽くなる。
一歩、足で強く地面を蹴った。――景色がぐんぐん変わり、あっという間に昇降口へ着く。
「――吉村くん!」
大声で、呼ばう。屯していた生徒達が、ぎょっとしたように振り向いた。
一年B組の下駄箱に向かい、吉村くんを探した。
――いない……?!
もう、寮に向かっているのか? いや、いくらなんでも早すぎる。靴がないか確かめる為に、「吉村」とプレートの掛かった箱を、覗き込んだ。一瞬、違和感を覚えたけれど――とりあえず見るべきものを見る。
上履きが、ない。
ということは――吉村くんは、まだ校舎にいる。
「先に帰ってるんじゃ、なかったの……?」
はやく見つけないと。
校舎にいたら、あの騒ぎに巻き込まれるかもしれない。
吉村くん、いったい何処へいったんだろう。でも、桜沢くんに嘘をつくとは思えないし――なにか、忘れ物でもしたとか。
ふと、授業中に遭遇した吉村くんの様子が、脳裏を過ぎった。
昼休みに、桜沢くんと『カムイ伝』を読んでいたから、納得しかけていたけど……。
やっぱり、おかしい。
まだ知り合って間もないけど、吉村くんは真面目な子だ。
「勉強は得意じゃないから」って言って、毎日、予復習をしてるんだ。
そんな子が、漫画のために授業をサボるか……?
そのとき、吉村くんの下足箱の違和感の正体に気づいた。
「……!」
――いやな予感に、背筋が震える。なにか、とんでもない見落としをしているような。
「急いで見つけなきゃ!」
おれは、再び駆け出した。
「吉村くん!」
一年B組の教室へ、駆け込んだ。
中を覗き込んで、すぐに期待は外れたことが分かる。室内にはまばらに生徒が残っているだけで、吉村くんの姿は無い。
これで、「忘れ物をして戻った」って可能性も、なくなった。図書館も校庭も、心当たりは全部、道すがら見てきたのに……!
「吉村なら、帰りましたよ」
教室に残っていた生徒の一人が、親切に教えてくれる。見れば、高柳先生の研究室で何度か見たことのある子だった。
「一人で帰って行った?」
「はい。鞄持ってましたし、間違いないと思います」
「そっか……ありがとう!」
お礼を言い、素早く踵を返す。
教室を出て、廊下を走る。角を曲がったところで、ドン! と誰かと真正面からぶつかった。
「痛っ!」
たたらを踏んだおれの腕を、強い力で掴まれる。足を踏みしめて、顔を上げると――不機嫌な顔がおれを見下ろしていた。
「……佐賀」
「よお」
ぶつかったのは、こいつだったらしい。道理で岩みたいだったはずだ。
やつの手から腕を引き抜いて、おれは目を逸らす。
「ぶつかってごめん。――それじゃ」
「は? 待てよ」
背を向けたおれの肩を、佐賀が掴んだ。この、急いでるのに……!
睨みつけると、佐賀は怪訝そうな顔で言う。
「吉村を迎えにきたんじゃねェのか」
「そうだよ! だから、早く探しに行かなくちゃ」
「は? 何だそりゃ」
しつこい佐賀に、苛々が募る。おれは、肩に置かれた手を乱暴に振り払った。
「だから……っ! 上履きがないのに、何処にもいないんだ! 桜沢くんには「先に帰ってる」って言ってたらしいのに」
「!」
「それに、ヘンなんだよ。吉村くんの下駄箱、洗ったみたいに綺麗なんだ。それに、運動靴が変わってた。入学祝にお父さんに貰った「お気に入り」だって言ってたのに、購買の安い奴になってて……!」
おれの言葉に、佐賀が目を見開く。
「どうしよう。吉村くん、誰かに攫われたのかもしれない……!」
吉村くんは、もしかして――まだ嫌がらせにあってたんじゃないか?
「正直な子だから、何かあったら言ってくれる」って、おれが勝手に安心していただけで。桜沢くんに仕返しされないように、巧妙なやり口になっていたんだとしたら。
いま、桜沢くんは妙な連中に追われていて、助けに行かれない。――そもそも、それが仕組まれたことだったら。
……なんで、おれは安心していたんだろう。
こっそりと、授業中に図書館に言っていた吉村くんを思いうかべる。
吉村くんは、嘘をつかない子だ。でも、誰にだって「言わない事」くらいあるはずなのに。
「……っ」
後悔に飲まれそうになったとき、腕が思い切り引かれる。顔を上げると、佐賀が決然と言った。
「――行くぞ!」
「えっ」
言うが早いか、佐賀は走り出す。おれの腕を、引いたまま。縺れそうな足をなんとか前に出しながら、おれは佐賀の背に問いかける。
「どこ向かってんの?!」
「知るか!」
「はあっ?」
目をむくと、佐賀は前を向いたまま怒鳴る。
「とにかく、探すんだよ! 探さねえと、見つかんねえだろ!」
「!」
「まだ、そんな時間は経ってねえ。リンチに向いてそうな場所なら、いくらか知ってる。とにかく、走れ!」
「……わかった!」
佐賀の足取りは、力強い。
おれは、ハッとする。――そうだ、後悔してる場合じゃない。今できることをしなければ。
「佐賀、おれも心当たりがいくつかある! 二手に別れよう」
「わかった!」
佐賀が頷いて、腕を放す。
走りながら情報を交換した。かなりの場所があって、全て当たるなら急がなければならない。
おれ達は方針を決め、校舎を飛び出した。
「じゃあ、――?」
二手に別れようとして――ぎくりとして足が止まった。
なにか、空気がヘンだ。
ざわついている。放課後なのに、みんなが異様に興奮しているっていうか……。胡乱に思って見回していると、近くの生徒達の会話が聞こえてきた。
「――なあ、やばいって!」
「へ、何がよ」
「いや、落ちたんだって! 「黒」が、四階から!」
「マジで!?」
……え?