お前なんか好きじゃない。

――昼休み。
 食堂へ行く田中と真北といったん別れ、おれは吉村くんの様子を見に行く。
 教室のドアから中を窺うと、すでに桜沢くんが来ていた。吉村くんの席の前を陣取って、漫画を読んでいるみたい。二人は額をくっつけ合う様にして、時どき肩を揺らして笑い合っている。
 
「ほんと、仲よしだなあ」
 
 見てるこっちが、照れそうなくらい。
 邪魔をするのも忍びないし、声をかけるのはやめておこうかな。和やかな気持ちで踵をかえすと、後ろにいた生徒とぶつかってしまった。
 小柄な一年生は、小さく叫んで床に倒れ込む。色白の横顔が、苦悶に歪んだ。
 
「ごめん! 大丈夫?」
「いえ……」
 
 慌てて、手を差し伸べる。すると、彼はおれの手を握って、大儀そうに立ち上がった。その手が氷のように冷たくて、おれは手首にさあっと鳥肌が立つ。
 
「僕の方こそ、ごめんなさい……それじゃ」
「あ……本当にごめんね!」
 
 青ざめた顔にほのかな微笑を浮かべて、生徒は人波に消えていった。
……何と言うか、凄く儚い雰囲気の子だったな。
 吉村くんのクラスを、のぞきこんでいたみたいだったけど。何か、用があったんじゃないんだろうか?
 
 
 



 
 そして、つつがなく放課後になる。
 ホームルームを終えると、勢いよく席を立った真北が、鞄を持って駆け寄ってきた。
 
「西浦、今日はゼミ行くんだろ?」
「ああ、そのつもりだよ」
「やったー! 今日は心強いぞっ。わかんねえとこ、こっそり教えてくれな!」
「あはは。間違ってても、怒んないならいいよ」
 
 真北も、おれと同じ高柳先生のゼミだ。今日提出のレポートについて話していると、田中が帰り支度をしながら、はたと言う。
 
「西浦、今日はあいつ大丈夫なん? 俺で良けりゃ、一緒に帰るぜ?」
「うん。桜沢くんが一緒に帰れるらしいんだ」
「そっかー。なら、大丈夫だなっ」
「……ありがとう、田中」
「ははは、よせよ」
 
 田中は、胸を反らして笑う。本当に、みんなが田中みたいだったら、この学園も平和だろうな。
 
「なあ、西浦。席なくなるから、早く行こうぜ!」
 
 と、真北が焦った声を上げる。
 
「じゃあ、お前ら頑張れよー」
「うん。また寮で」
 
 田中と別れ、真北と連れ立って廊下を歩く。
 窓から西日が差し込んで、白い壁が赤っぽく染まっていた。今日は天気が良かったから、夕焼けが綺麗に出ている。
 手で庇を作り、陰の中でおれは目を細める。
 夕焼けって、綺麗だけど――何か気持ちが急き立てられるみたいで、好きじゃない。「このままでいいのかな」って、わけもなく胸が落ち着かないっていうかさ。
 まあ、若者らしい感傷ってやつなのかな。こっ恥ずかしいから、誰にも言わないけど。
 
「……」
 
 黙っているおれの横顔を、真北がじっと見ている気配がする。
 
「どうかした?」
「……いや。夕日、めっちゃ赤いなって」
「ああ。真北、好きだもんね。赤色」
「うん」
 
 真北は、はにかんだように笑うと、おれに肩をぶつけてきた。
 
「わ、どうしたの?」
「いや? ゼミが楽しみで」
「え、そうなんだ」
 
 珍しいな。いつも、週末になると憂鬱そうなのに。今日のレポート、自信ありなんだろうか。
 談笑しながら歩いていると。
 突如――タン! と床を踏みしめる音が響いた。
 
「西浦先輩!」
 
 忽然と、桜沢くんが目の前に姿を現した。
 白い額に、汗が浮かんでいる。何やらただ事じゃなさそうで、おれは息を飲んだ。
 
「どうしたの? 何かあったの?」
「すみません、お願いしたいことがあって。俺、また呼び出されて、トキちゃん一人になっちゃったんです。っそれで」
 
 言葉の途中で、桜沢くんはハッと振り返った。
 窓に駆け寄って身を乗り出すと、風魔法を放つ。風の唸る音の後、階下で凄まじい破壊音が響いてきた。
 おれの背中で、真北が「ひえっ」と小さく叫ぶ。
 振り返った桜沢くんは、焦りに眉を顰めていた。普段の、ゆったりとした雰囲気はない。
 
「あいつら、教室でてから、ずっと追っかけて来て――なんとかしないと。でも、トキちゃんが」
「わかった。吉村くんは教室?」
 
 みなまで言わせず、おれは強く頷いた。
 
「トキちゃん、先に帰るって言ってました」
「じゃあ、昇降口に向かってるところかな。急ぐよ」
「ありがとうございます……!」
 
 青ざめた桜沢くんに、安心させるように笑いかけると、真北に向き直る。
 
「ごめん、真北。先生に遅れるって言っといて!」
「ぇ、ええ~……!?」
 
 真北の狼狽えた声を背中に受けながら、おれは昇降口に向けて走り出した。
 
 
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