お前なんか好きじゃない。

 何? 「紫」に取り入るって。
 人と人が一緒にいるのを、なんでもそんな風に結びつけるのって、どうかと思う。
 上位の生徒と仲良くなって、甘い蜜を吸おうとする奴も、いないとは言わない。だけど、みんながそんなんじゃないって、なんでわからないんだろう。
 第一、桜沢くんが吉村くんに夢中なんて一目瞭然のこと……いちいち言わなくていいし。
 
「……はぁ」
 
 頑張って洗ったけど、ジュースの匂いってしぶとい。制服に着替えてからも、まだ甘い匂いが追っかけてきているみたいだ。
 げんなりした気持ちで、人気のない校庭を歩く。すでにチャイムは鳴り終わり、次の時間が始まっていた。
 普通に遅刻だけど、もう今さらな気がして、ゆっくり歩いていたりして。
 風が濡れた髪をさらって、思わず身震いする。そのとき――目の前の建物から、小柄な人影が飛び出してきた。
 
「吉村くん!」
「えっ、先輩!?」
 
 おれは、びっくりして大声で呼んでしまった。
 すると、向こうでもこっちに気づいたみたい。肩に学生鞄を下げて、おどかされた猫みたいに固まっている。
 おれは、慌てて駆け寄った。
 
「吉村くん。こんなとこで、どうしたの?」
「え、ええと」
 
 吉村くんは、おろおろと視線をさ迷わせている。彼の出てきた建物を見れば、図書館だった。
 おれの視線の先を追って、何を思ってるか気づいたらしい。吉村くんが、意を決したように口を開いた。
 
「あのっ、急にカムイ伝が読みたくなって。そんで、居ても立ってもいられず!」
「授業中に、借りに来たの?」
「あっ。そ、そうなんす。へへ……」
  
 吉村くんは、おれの顎ばっかり見ている。いつも、ちゃんと目を合わせて話す子なのに。
 怪しい。
 怪しすぎる。
 と言うより、漫画が読みたくても、普通、授業中に借りになんていかないよね?
 じっと見つめていると、圧に耐えかねたのか――吉村くんは、勢いよく頭を下げた。
 
「授業さぼって、すんません!」
「えっ、いいんだよ。おれだって、遅刻だし……」
 
 しまった。謝らせるつもりじゃなかったのに。
 真北の言葉が脳裏によぎって、冷や汗をかく。
 
「何かあったのかなって、心配だっただけなんだ。ごめんね」
「先輩……」
 
 励ますように肩を叩くと、小さな頭がおずおずと持ち上がった。大きな目に、きらきらと光が差し込んでいくのが見える。
 
「うう、ありがとうございますっ」
 
 明るい笑顔に、おれもホッとして笑った。




 
 恐縮する吉村くんを、強引にクラスまで送り届け――おれは少し思案する。
 鬱陶しがられるの覚悟で、強引についていったものの。
 
「これ、大丈夫なのかな……」
 
 まさか、吉村くんが授業中に単独行動しているなんて。今日は、偶然おれが通りがかったから、知れたけど。
 道すがら、吉村くんがぽろっと言っていたんだ。「前も、ばれなかったので」って。
 つまり、抜け出したのは今回が初めてじゃない……?
 それは、危ない。
 授業中なら、妙な奴らもウロウロしてないかもしれないけど……
 
「うーん……」
 
 吉村くんに、普通に過ごして欲しい。
 だから――あまり「危険だ」とか、「一人で動かないで」とは言いたくない。
 でも、吉村くんの安全が何より大事だ。
 ふたつの両立って、難しい……。おれは、改めてそのことが身に沁みた。

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