お前なんか好きじゃない。
吉村くん、なんだか変だった気がする。
今朝、追いかけていったときのことを思い出して、おれは独り言ちる。
後ろから肩を叩いたら、吉村くんは「ほぎゃっ!」って叫んで、飛び上がったんだ。目を丸くするおれに、慌てた様子で「びっくりして……!」って腕を振り回していた。
その時点でも、すこし変だなって思ったんだけど。
気を取り直して、「一緒に行かない?」って誘ったら、あからさまにギクッとしてた。吉村くんは、正直だから。顔に「まずい」ってハッキリ書いてあった。
――まずい、とは……?
そのあと、一緒に登校はしたんだけどね。
吉村くんは、終始落ち着かない様子で、辺りをくるくる見回してて。それも、怖い目に遭ったから、周りを警戒してるって言うより――ただ、きまりが悪そうに見えた。
「……」
「……ら!」
なんだろう。
別に、そんな大きな違和感ってわけじゃ、ないんだけど。
何か、隠されているような――なんとなく釈然としない気持ちで、「ふう」とため息を吐いたとき。
「西浦! 倒れてってば!」
「……えっ?」
はた、と意識が現実に立ち返る。
気がつくと、顔を真っ赤にした真北が、おれのジャージにしがみついていた。顔中にびっしりと汗が浮かんで、浅い息を吐いている。
「あっ」
しまった――今は、魔法格闘の授業中だったんだっけ。
今日は、抵抗する相手の魔力の流れを呼んで、投げ飛ばす技の復習をしていて。ペアの真北が、まず投げる役をしていたんだ。
「ごめん、真北! 大丈夫か?」
「うう……なんで倒れてくんねえの。もう嫌だ、トラウマだー」
「ご、ごめんな」
考え事をしていたせいで、体幹に思わぬ力が籠っていたらしい。投げられ役が倒れなかったせいで、真北はぐったりしてしまっていた。
おれは、マットにへたり込んだ真北に手を合わせて謝った。すると真北は、口をとがらせたまま言う。
「まあ、いいけどさー。何かあったわけ?」
「え……どうして?」
「なんか、ため息ばっかついてたし。悩んでるなら、話くらい聞けるけど?」
抱えた膝に顎を乗せて、真北がおれの目を覗き込んだ。
おれは、少し思案する。――聞いてみようかな? 吉村くんのことと言わず、今朝の状況だけ。真北はどう思うのか、先入観のない意見が欲しい。
こほんと咳払いして、おれは真北に向き直る。
「例えばだよ? ずっとニコニコ接してくれてた子が、急に気まずそうな態度になったら、どういうことだと思う……?」
真北は、「ふんふん」とおれの言葉を咀嚼する。それから、生温かい笑みを浮かべ言う。
「ウザくなったんじゃね?」
蛇口を開くと、ドドド……と水が勢いよく噴き出した。
体育館前の水道って、すごく勢いが強いかすごく弱いかの、どっちかな気がするな。手のひらを殴る勢いで出てくる水を掬い、汗まみれの顔を洗う。
「ウザい、か……」
ぽつりと呟くと、気持ちがずしんと落ち込んだ。
いや、吉村くんに言われたわけでもないのに、勝手に勘ぐるのは失礼だ。
でも――今まで、夢中で気づかなかったけど。四六時中、先輩が纏わりついてる状況って、どうなんだろう? おれだったら、ちょっと鬱陶しいかもしれない。
「……」
いや、よそう。
本当に、妙な勘繰りはよくないし。桜沢くんが呼び出しに応じる間は、おれがついてる必要があるんだから。
気持ちを切り替えるために、頬を叩く。「よし」と、側に置いていたタオルを、手に取ろうとした――そのとき。
バシャッ。
「……っ?!」
急に顔面に生ぬるい水が、噴きかけられる。びっくりして目を見開いていると、ぽたぽたとオレンジの滴が前髪から落ちた。
何これ。なにか、甘い匂いがする。
眉を顰めると、笑い声が聞こえてきた。
「みっともな。ずぶ濡れじゃん」
「……斎藤」
斎藤とその仲間が、厭な笑みを浮かべて立っていた。手に持っているペットボトルの、中身が殆どなくなっている。「アレをかけられた」と理解して、生理的な嫌悪が沸き起こる。
「……はあ」
こういう奴は、怒っても喜ぶんだ。おれは息を吐くと、顔を洗うべく蛇口をもう一度捻った。
すると――斎藤は蛇口の上でペットボトルを逆様にした。綺麗な水に、毒々しいオレンジが混ざり、手のひらにまとわりつく。
流石に目を上げると、斎藤が顔面を近づけてきた。
「いい気になるなよ。紫に取り入ったってな、お前の序列が上がるんじゃないんだ!」
「え……」
「そもそも、お前なんか相手にされてないけどな! 桜沢は、あのチビに纏わりついてるんだから!」
神経質に引きつった声が、激しく囁いた。
何を、当たり前のことを――?
そう思って、呆気に取られているうちに、斎藤達は身を翻し去って行った。
今朝、追いかけていったときのことを思い出して、おれは独り言ちる。
後ろから肩を叩いたら、吉村くんは「ほぎゃっ!」って叫んで、飛び上がったんだ。目を丸くするおれに、慌てた様子で「びっくりして……!」って腕を振り回していた。
その時点でも、すこし変だなって思ったんだけど。
気を取り直して、「一緒に行かない?」って誘ったら、あからさまにギクッとしてた。吉村くんは、正直だから。顔に「まずい」ってハッキリ書いてあった。
――まずい、とは……?
そのあと、一緒に登校はしたんだけどね。
吉村くんは、終始落ち着かない様子で、辺りをくるくる見回してて。それも、怖い目に遭ったから、周りを警戒してるって言うより――ただ、きまりが悪そうに見えた。
「……」
「……ら!」
なんだろう。
別に、そんな大きな違和感ってわけじゃ、ないんだけど。
何か、隠されているような――なんとなく釈然としない気持ちで、「ふう」とため息を吐いたとき。
「西浦! 倒れてってば!」
「……えっ?」
はた、と意識が現実に立ち返る。
気がつくと、顔を真っ赤にした真北が、おれのジャージにしがみついていた。顔中にびっしりと汗が浮かんで、浅い息を吐いている。
「あっ」
しまった――今は、魔法格闘の授業中だったんだっけ。
今日は、抵抗する相手の魔力の流れを呼んで、投げ飛ばす技の復習をしていて。ペアの真北が、まず投げる役をしていたんだ。
「ごめん、真北! 大丈夫か?」
「うう……なんで倒れてくんねえの。もう嫌だ、トラウマだー」
「ご、ごめんな」
考え事をしていたせいで、体幹に思わぬ力が籠っていたらしい。投げられ役が倒れなかったせいで、真北はぐったりしてしまっていた。
おれは、マットにへたり込んだ真北に手を合わせて謝った。すると真北は、口をとがらせたまま言う。
「まあ、いいけどさー。何かあったわけ?」
「え……どうして?」
「なんか、ため息ばっかついてたし。悩んでるなら、話くらい聞けるけど?」
抱えた膝に顎を乗せて、真北がおれの目を覗き込んだ。
おれは、少し思案する。――聞いてみようかな? 吉村くんのことと言わず、今朝の状況だけ。真北はどう思うのか、先入観のない意見が欲しい。
こほんと咳払いして、おれは真北に向き直る。
「例えばだよ? ずっとニコニコ接してくれてた子が、急に気まずそうな態度になったら、どういうことだと思う……?」
真北は、「ふんふん」とおれの言葉を咀嚼する。それから、生温かい笑みを浮かべ言う。
「ウザくなったんじゃね?」
蛇口を開くと、ドドド……と水が勢いよく噴き出した。
体育館前の水道って、すごく勢いが強いかすごく弱いかの、どっちかな気がするな。手のひらを殴る勢いで出てくる水を掬い、汗まみれの顔を洗う。
「ウザい、か……」
ぽつりと呟くと、気持ちがずしんと落ち込んだ。
いや、吉村くんに言われたわけでもないのに、勝手に勘ぐるのは失礼だ。
でも――今まで、夢中で気づかなかったけど。四六時中、先輩が纏わりついてる状況って、どうなんだろう? おれだったら、ちょっと鬱陶しいかもしれない。
「……」
いや、よそう。
本当に、妙な勘繰りはよくないし。桜沢くんが呼び出しに応じる間は、おれがついてる必要があるんだから。
気持ちを切り替えるために、頬を叩く。「よし」と、側に置いていたタオルを、手に取ろうとした――そのとき。
バシャッ。
「……っ?!」
急に顔面に生ぬるい水が、噴きかけられる。びっくりして目を見開いていると、ぽたぽたとオレンジの滴が前髪から落ちた。
何これ。なにか、甘い匂いがする。
眉を顰めると、笑い声が聞こえてきた。
「みっともな。ずぶ濡れじゃん」
「……斎藤」
斎藤とその仲間が、厭な笑みを浮かべて立っていた。手に持っているペットボトルの、中身が殆どなくなっている。「アレをかけられた」と理解して、生理的な嫌悪が沸き起こる。
「……はあ」
こういう奴は、怒っても喜ぶんだ。おれは息を吐くと、顔を洗うべく蛇口をもう一度捻った。
すると――斎藤は蛇口の上でペットボトルを逆様にした。綺麗な水に、毒々しいオレンジが混ざり、手のひらにまとわりつく。
流石に目を上げると、斎藤が顔面を近づけてきた。
「いい気になるなよ。紫に取り入ったってな、お前の序列が上がるんじゃないんだ!」
「え……」
「そもそも、お前なんか相手にされてないけどな! 桜沢は、あのチビに纏わりついてるんだから!」
神経質に引きつった声が、激しく囁いた。
何を、当たり前のことを――?
そう思って、呆気に取られているうちに、斎藤達は身を翻し去って行った。