お前なんか好きじゃない。

 どんな気分であっても、朝は来る。
 田中の部屋に泊まりたいくらいだったけど、吉村くんのことを思うと不用心な気がしてさ。
 おれは、もそもそとベッドから這い出した。カーテンを開けると、ちょうどベッドから出るところの佐賀と、目が合ってしまう。
 
「……」
「……」
 
 お互いに無言で睨み合って、さっと目を逸らした。
 
 ――すっごい気まずい。
 
 昨夜、田中の部屋から戻ったのは、遅い時間だったから。こいつとは顔合わせなかったんだよな……
 ていうか、何でいるんだろう。いつもなら、とっくにロードに行ってる時間だろうに。
 居心地の悪い気持ちで身支度をしていると、背後に気配を感じた。ハッとして振り向くと、佐賀がすぐ後ろに立っている。
 
「――なに?」
 
 警戒もあらわに尋ねると、佐賀は不機嫌そうに口を引き結ぶ。まさか、朝から何か言うつもりなのか。身構えていると、佐賀が口を開きかけた。
 その瞬間、シャーッと滑るようにベッドのカーテンが開いた。
 
「……あ、西浦先輩、佐賀先輩。おはようございますっ」
 
 起き出してきた吉村くんが、はきはきと挨拶をする。佐賀は、気勢が削がれたのか、「おう」とぶっきらぼうに頷いて、身支度に戻った。
 おれは、幾分ほっとして吉村くんに挨拶をかえした。
 
「おはよう、吉村くん」
「うっす。西浦先輩、体調どうですか? もう寝てなくていいんです?」
「へ?」
 
 体調って? 
 首を傾げていると、吉村くんが眉をへなりとさせて、言葉を続けた。――曰はく、昨日の夕方、田中が部屋に訪ねてきたんだって。田中は、吉村くんに「西浦は具合が悪いから、俺の部屋で寝かせてるぞ」って、断ってくれていたらしい。そんなこと知らなくて、おれは驚いてしまう。
 あいつ、おれには「佐賀が部屋にいたから、吉村は大丈夫。とりあえずメシでも食えば?」としか言わなかったのに。ちょっと、気が利きすぎてるんじゃないか。今度、なにか奢らないと。
 友人の気遣いに感謝しつつ、心配そうな吉村くんにニコっと笑って見せる。実際、体調はかけらも悪くないから。
 吉村くんは、ホッとしてくれたみたいだ。
 
「へへ。良かったっす」
「ごめんね、心配かけて……」
「お先」
 
 和やかに頷き合っていると、佐賀が大股に部屋を出て行く。吉村くんが、律儀に頭を下げるのを横目に、おれは大きく息を吐いた。ああ、気まずかった……。
 ため息を聞きつけて、不思議そうな吉村くんに、おれは慌てて弁明する。
 
「なんでもないよ。そうだ、吉村くんも、今日はいつもより早いね。何かあるの?」
「あっ! えっと、葛城先生に呼ばれてまして。そう、そんで、今日は早く行かなきゃなんす!」
 
 吉村くんはハッとしたように、慌てて支度を始めた。電光石火のスピードで制服に着替えると、学生鞄を「よいしょっ」と肩に担いでいる。
 
「すみません、西浦先輩。俺、お先に失礼しますっ」
 
 深く頭を下げて、勢いよく部屋を出て行こうとするので、おれは慌てた。
 
「ま、待って。今日は、桜沢くんはいいの?」
「へっ!? あ、その。今日は別で行くんです。毎日、来てもらうのもアレですし」
「え、そうなの?」
「はいっ。行ってきますっ!」
「あ、待っ――」
「すんませんっ」
 
 吉村くんは大焦りの顔で、もう一度頭を下げて出て行った。漫画なら、「ぴゅーん」と効果音が付きそうな見事なダッシュで。
 おれはその勢いにあっけにとられてしまう。よっぽど急いでたんだな……。引き留めて、悪いことしたかもしれない。
……それにしても。
 桜沢くんが迎えに来ないなんて珍しい。このところ、毎日部屋に来ていたのに、どうしたんだろう。
 
「……もしかして、呼び出しとか。来られない事情でも、あるのかな」
 
 何となく引っ掛かりを覚えて、おれは身支度を急いだ。
 今からでも、吉村くんの後を追いかけよう。
 だいぶ落ち着いたとはいえ――吉村くんを一人で行かせたら、危ない。
 鞄を肩にかけ、部屋を出た。急いでロビーに降りると、玄関の外に小さな背中が、豆のように見えている。
 
「吉村くん、待って!」
 
 おれは、その背中を追った。
 
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