お前なんか好きじゃない。

「んで、吉村への悪ふざけはどうなん?」
 
 前の席で、田中がポテチを開けながら言う。
 
「桜沢くんのおかげで、ちょっかいかける生徒は減ったみたいだよ。一緒にいることが、抑止力になってるんだと思う」
「おお、良かったな! まあ、あんだけやり返されるって思ったらな~」
「だよね」
 
 田中と二人、うんうんと頷きあう。
 吉村くんが嫌がらせにあった日から、すでに四日たっていた。
 桜沢くんの奮闘のおかげで、吉村くんが不慮の事故にあったという話はきかない。一度、「変わったことは無い?」って探りを入れてみたら、吉村くんは難しい顔をして。
 
「イノリの奴が、ここんとこ甘えたで。あいつ、もしかしてクラスで友達が出来ねぇのかなと……でもそんなん、聞くのも悪いし」
 
 逆に、桜沢くんの心配をしていたので、苦笑してしまった。「吉村くんと居たいんだよ」と励ましたら、吉村くんは「そうすかね? 俺もあいつといるの好きなんで、なら良かったっす」と安心してくれたみたいだけど。
 という具合に、何でも素直に話してくれる子だから。今のところ、何もおかしいことは無いんだと思う。
 そうそう、それと。桜沢くんも、言っていたんだ。
 
「トキちゃんに嫌がらせしてくるやつね? 俺に喧嘩売ってきたやつと、割かし被ってたんすよねー。俺のせいでトキちゃんがひどい目にあうのやだし、思いっきりしばいてます」
 
 あの過激なやりようには、そんな意図もあったらしい。
「桜沢くんに適わないから、吉村くんを苛めてやろう」なんて。そんなさもしい奴らは、あそこまでひどい目に遭うと分かれば、手を引くに違いない。実際、効果は出てきてる。
 この調子で行くと……吉村くんは、近いうちに普通の学生生活を過ごせるようになるかもしれない。
 
「良かったなあ、西浦」
「ありがとう。田中にも、いろいろ心配かけたよな」
「なーに、水くさいこと言ってんだか」
 
 田中の大らかな笑みに、おれも笑い返した。
 ふいに、手元に影が差して振り仰ぐと、クラスメイトが側に立っていた。「何だろう」と思って見返すと、クラスメイトは上ずった声で話し出す。
 
「西浦。む、紫の子が、呼んでるぞ」
「え?」
 
 彼は、緊張の余韻が残る顔で、ドアを指さした。
 そっちを見れば――ドアから体を半分くぐらせるように、桜沢くんが立っていた。
 珍しすぎる来訪に、驚いて駆け寄ると、桜沢くんは大きい背をペコリと屈めた。その拍子に、亜麻色の髪がさらりと揺れて不思議な色合いの目が露わになる。気のせいでなく、周囲の生徒達が息を飲む音が聞こえてきた。
 やっぱり目立つなあ、この子……。けど、周囲の様子などどこ吹く風のていで、桜沢くんは口を開いた。
 
「こんにちはぁ」 
「どうしたの、桜沢くん。吉村くんは?」
「じつは、それで先輩にお願いがあって……」
 
 桜沢くんは、弱ったように話し出した。
 
「なんか、最近よく呼び出しされるんです。一人の時ならスルー出来るんすけど、トキちゃんと一緒にいるときだと「行かなきゃだめだぞ」って叱られちゃうので……それで、先輩の力をかりたくて」
 
 つまり。
 桜沢くんが呼び出しに応じている間、おれに吉村くんを見てて欲しいということらしい。
 
「わかった、まかせて」
 
 お安い御用なので頷くと、桜沢くんはホッとしたように息を吐いた。
 
「今は、吉村くんは一人?」
「いえ。佐賀先輩がぐーぜん通りがかったんで、お願いしました」
「あ……そっか」
 
 思わぬ名前が出て、内心ぎょっとする。
 佐賀が、偶然通りがかって、か……。
 吉村くんを護る計画を伝えたときに、あいつは「へえ」って言ったきりだったから。すっかり、「こいつ、他人事かよ」って思ってたんだけど。
 あいつなりに、気にかけてるのかな……。
 しみじみと考えていると、桜沢くんにさらっと爆弾を落とされる。
 
「でぇ。用事済ませて、西浦先輩んとこ寄って来るって言ったらー。昼メシ食うから、連れて来いって言ってたっすね」
「え――!?」
「あれ。もー予定はいってました?」
「あ、いや、ないけど」
 
 思いきり虚をつかれて、正直に話してしまった。しまった、と思っても後の祭り。
 おれは、驚く生徒達の視線を浴びながら――桜沢くんに連行されてしまった。
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