お前なんか好きじゃない。

 その日の、桜沢くんの奮闘は凄まじいものがあった。
 校舎の窓四枚と教室のドアに始まり、校庭のあずまや二つ、噴水のオブジェ、裏庭の樫木、旧校舎のトイレ等等が彼の聖戦のために、ぶち壊された報せが、幾度も人づてに届いてきた。
 この容赦のなさには、「紫」の生徒ならではの破天荒さを感じて、少し圧倒されるものがある。
 でも、ここに桜沢くんから手を出した事例はない。
 つまり、これだけ吉村くんが危険な目にあったという事で。破壊の凄まじさは、桜沢くんの友情の厚さと取れなくもない――
 とはいえ。
 これほどの騒動を起こした彼を、周りが放っておくかと言うと、そういうことは無く。
 昼休みには、吉村くんとごはんを食べていた桜沢くんのもとに、八千草会長が直々に話しに来たらしい。
 内容はもちろん、生徒会役員にならないかって言う――勧誘だそうだ。
 
「たしかに、生徒会に入らないかとは言われましたけどー。俺、そんなん興味ないし、断ったっす」
「そうなの?」
「それより、トキちゃんの側にいたいんで」
 
 放課後、吉村くんと一緒に部屋にきた桜沢くんに、それとなく尋ねてみるとこんな反応だった。廊下の壁にもたれて、眠たげな目が床の影を追っている。
 本当に、興味なさそうだ。
 生徒会と言えば――この学園の誰もが憧れ、目指す地位なんだけど。
 強さが全ての魔法学園に置いて、選挙なんて民主主義的な活動はない。
 だから、生徒会役員は、決闘で席を奪い合って決められるんだ。強い順に決まるから、現職の生徒会役員は当然のように、全員が「紫」。
 役員になると、様々な特権が認められて、学園の畏怖と羨望の対象になる。
 それを、こんなにあっさり断っちゃうなんて、桜沢くんには驚かされる。
 ……でも、なんとなく、予想はついていた気もするかな。まだ知り合ったばかりだけど、彼は本当に、吉村くんにしか興味がないってかんじだし。
 
「ええと、今日は色々あったけど。風紀に何か言われなかった?」
 
 納得したところで、おれは話を変える。桜沢くんは「んー」と首を傾げた。
 
「正当防衛にも、ほどがあるとは言われましたけどー。まあ、正当防衛なんで大丈夫らしいっす」
「そっか、良かった」
「でも、なんか紫野とか言う人がー、話があるとかで。今から、行かなきゃらしくって。晩御飯の時には、戻ってくるつもりなんすけど……」
 
 桜沢くんが、心配そうにドアを見た。部屋の中にいる吉村くんを案じているのがありありとわかって、おれは真剣に頷く。
 
「わかった。おれが部屋にいるから大丈夫だよ」
「ありがとうございますー」
 
 ホッとしたように笑って、桜沢くんは行儀よく頭を下げた。
 
「トキちゃんには、お部屋で洗濯してくるって言っといてください」
「うん。頑張ってね」
 
 おれが了解すると、桜沢くんはすぐに踵を返し――パッとかき消えた。
 おそらく、風系統の高速移動魔法だろう。予備動作もなく、一瞬で姿を消すなんて……とんでもない練度だ。吉村くんと同時転入なのに、この練度の高さはいったいどういう事だろう。
 

 
 
 部屋に入ると、吉村くんがパッと目を上げる。学習机に向かい、数学の教材を広げていた。
 
「お帰りなさいっす。消しゴムありました?」
「うん、あったよ」
「良かったっす!」
 
 吉村くんがニコニコ笑う。桜沢くんと部屋を出る言い訳に、「田中の部屋に消しゴムを忘れた」って言ってたんだよね。
 ……と、吉村くんは、きょろきょろと辺りを見回している。
  
「桜沢くんは、お部屋で洗濯してくるって」
「あっ、そうなんすね。はあ、洗濯かあ。俺もしないと」
「また、一緒に行こうか」
「はいっ」
 
 カモフラージュの消しゴムを筆箱にしまって、おれは部屋着に着替える。
 佐賀は、まだ帰ってきていない。部活には出ないって言ってたのに、どうしたのやら。
 まあ、いない方が気楽でいいんだけどさ。
 
「うーん、うーん」
 
 吉村くんは、シャーペンを握りしめて唸っている。近づいて行って、おれはひょいと尋ねた。
 
「課題してるんだ。おれでよかったら、教えようか?」
「ホントっすか! マジ助かりますっ! もー全然わからんくて!」
 
 自慢じゃないけど、勉強は苦手じゃない方だ。
 今日あんまり役に立たなかった分、こういう所でサポートしよう。
 教えやすいように、ローテーブルに拠点を移すことにした。吉村くんは、いそいそと教科書とノートを広げて言う。
 
「これなんすけど。なんか見たことない記号があって」
「えっ、どれ?」
 
 どうも、吉村くんのいた学校と、ここは進みが違うらしい。
 一生懸命に話してくれるのを聞きながら、おれも教科書を覗き込んだ。
 
 
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