お前なんか好きじゃない。

 荷造りを終えたのは、転入生が来る前日だった。
 荷物は多い方じゃないけど、一人だったら間に合わなかったと思う。田中と真北には、今度何かおごらなくちゃな。
 
「西浦、ひとりで大丈夫か?」
「うん。同室のやつも来てると思うから」
 
 最初から内輪でつるんでたら、相手も良い気しないかもしれないし。心配してくれる二人に手を振って、おれは新しい部屋へ向かった。
 キャスターを引きながら、エレベーターに乗って下の階へ。
 今度の部屋は、同じ棟の一つ下の階にある、四人部屋。使うのは三人だから、今までよりも広くなるだろう。そういう意味でも楽しみで、おれはちょっとうきうきしていた。
 
「こんにちは」
 
 部屋について、ドアをノックした。中で、人が動いてる気配がしたから、同室者が来てるってわかった。
 さて、どんなやつかな。
 近づいてくる足音に、短く息を吐く。
 やっぱり、第一印象は大事だな。
 ガチャ、という音で開いたドアに、顔を上げて――作った笑顔は固まった。
 
「……」
 
 出てきたのは、不機嫌そうな男だった。
 格闘家ばりの体格に、短く刈った固そうな髪。
 男性的な鋭角の骨格に、ハッキリした顔立ちは男前と言えなくもない。ただ、眼光が鋭すぎる。路地裏だったら、確実に会いたくないタイプ――
 いや、違う。
 今だって、まったく会いたくなかった。
 
「佐賀……」
 
 男――佐賀は、怪訝そうに片眉を跳ね上げる。
 おれは、急速にしぼんだ心に発破をかけて、たずねた。
 
「もう一人の同室って……お前?」
「そうだけど。なんか文句あンのかよ?」
 
 ぶっきらぼうに言い放たれて、胸がずしんと重くなる。
 嘘だろ、こいつが同室なんて。
 佐賀稔邦。
 おれとは、犬猿の仲じゃないか。
 
 
 

 
 やっぱり、大人なんて当てにならない。
 おれは、内心憤慨しながら、部屋に荷物を運びこんだ。
 
「俺も今来たとこだから」
「あ、そうなんだ。わかった」
 
 ほとんど反射で頷いて、部屋を見渡す。佐賀の荷物と思しきあれこれが、部屋の一角に広げられていた。
 ……本当に、今日からここに住むんだな、こいつ。
 気は重いけど、転入生が来るのは、明日の昼。泣いても笑っても、今日中に荷ほどきを終えないといけない。
 荷物を出して、寝具を用意して。
 無心になって手を動かしていたら、急に声をかけられた。
 
「おい、西浦」
「――っ何?」
 
 ぎくり、と荷物を解いていた手を止める。
 佐賀はギュッと眉根を寄せたまま、備え付けの収納棚をパンと叩く。
 
「この棚。おまえ、どっちにすンだよ?」
 
 それって、そんな不機嫌そうに聞かなきゃいけないかな。
 
「別に、どっちでも。余った方でいいよ」
 
 それでも一応、相手を尊重したつもりで答えたら、「チッ」と鋭く舌打ちされる。
 なんなんだよ。
 さらに、柳原先生への心象がぐっと下がる。なにが、「お前もよく知ってるから、大丈夫」なんだ。
 こんなことなら、ゴリラと同室の方が、どれだけマシか知れないよ。
 相手が動物なら、分かり合えなくて当然だもの。
 お互いに、そっぽを向いて作業に集中する。
 四人部屋に、佐賀と二人きりで。今までよりも、よっぽど広々してるはずなのに。
 
「……」
 
 佐賀の発するイライラした存在感が、ひたすらに胸を塞がせた。
 こいつ――佐賀は、おれと同じ時期に転入したやつで、クラスメイトだったこともある。
 たしかに、こいつと見知って七年は経つ。中等部からの田中よりも、長いかもしれない。
 だけど――親しかったことは、一度もない。
 理由はわからないけど、最初から嫌われていた気がする。
 とにかく常に絡まれて、目が合えば不機嫌に睨まれた。
 それでも、何とか仲良くしようと思ったときも、あったけど――
 
『だっせえ奴。見損なった――』
 
 めしゃり、と手の中でカンペンが歪む。
 ――ああ、しまった。人生で二番目に悪い記憶が思い起こされて、つい。
 戻せないか格闘していたら、佐賀が勉強机に本を置いたのが目に入る。
 あ、おれも窓際が良かった。
 けど、わざわざ言うのも波風が立つか――と、息をついたところで、佐賀が振り向いた。
 
「なんだよ」
「……いや、別に」
「――チッ」
 
 だから、なんなんだよ!
 
 おれは、これからの生活に暗雲が垂れ込めたのを感じずにいられなかった。
 
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