お前なんか好きじゃない。

 そういうわけで。
 休み時間にこっそりと、吉村くんのクラスに訪ねていくことにしたのだけど。
 全くってほど、おれの出番はなかった。
 と言うのも、吉村くんの席の前には、常に桜沢くんがいたからなんだ。おれの知る限り、朝から休み時間ごとに来てたと思う。「離れない」と言った通りの、すごい有言実行だ。
 
「すげえな、そいつ。幼馴染なんだっけ」
 
 田中が感心したように目を丸くする。今は、四限目を終えて教室に戻るところ。校庭を歩いていると、同じように移動している生徒達でごった返していた。
 
「うん。仲良しなんだって。今回のことも、凄く心配してて」
「へええ。友情っすな」 
「……じゃあもう、そいつに任せときゃいいんじゃね?」
「えっ」
 
 少し先を歩いていた真北が、くるりと振り返る。
 
「西浦がさ、わざわざ行かなくてもそいつ平気なんだって。だって、白より紫の方が、こけおどしにも最適じゃん!」
 
 ビシッと鼻先に指を突きつけられて、おれは言葉を失った。
 た、たしかに、おれは役に立ってないかもしれないよ。桜沢くんがいるなら、かえって気を遣わせるかなって思って、そのまま帰ってきちゃってるし。
 でも、そんな言い方しなくてもいいのに。
 そりゃ、桜沢くんのほうが気心も知れてるだろうし。おれの出る幕なんて、ないかもしれないけど……
 すると、田中が真北の肩に、がっしりと腕を巻き付けた。
 
「でもさあ、味方は多い方がいいよ。なっ、西浦」
「あ、うん。そうかな?」
「なんで疑問形なのよ! てか真北、お前はアレだ、西浦がいないと寂しいんだろ? 暇そうにしてたもんな」
「はあ? 違うし!」
 
 田中の指摘に、真北は顔を真っ赤にした。
 
「そういう事じゃねえよ。俺は、黒を庇って西浦まで目を付けられないか、心配なだけ!」
「真北……」
 
 びっくりして真北の顔を見た。決意を話したときから、浮かない様子だったけど――そんな風に思ってくれてたのか。
 おれは、ニコっと微笑む。
 
「ありがとう。大丈夫だよ」
「……うぐ」
 
 真北は口をへの字にして、そっぽを向いた。おれを振り返った田中が、大げさに肩を竦めて笑う。
 和やかな空気が流れたとき、明るい声に呼び止められた。
 
「あっ、西浦先輩!」
 
 振り返ると、吉村くんが腕を振りながら、こっちに駆けてくるところだった。その後ろには、もちろん桜沢くんがついている。吉村くんは、田中と真北に会釈すると、ニコニコと話し出した。
 
「先輩、偶然っすね! 移動ですか?」
「うん。吉村くん達も?」
「へへ、おれは、ちょうど移動で。遠目にね、先輩っぽいなーって思ったら、やっぱり西浦先輩だった!」
 
 小さい顔一杯に、大きな笑顔が浮かんでいる。つられて微笑むと、背後の桜沢くんと目が合った。
 教科書を抱えている吉村くんと違い、彼は手ぶらだ。おれの視線に気づいたのか、吉村くんが笑いながら言う。
 
「こいつ、チャイム終わる前に理科室んとこ迎えに来てたんすよ。「お腹へったから、はやくいこー」って。戻ってくるまでも待てねえとか、どんだけ腹ペコなんだって」
「だって、待てなかったんだもん」
「あはは……そうなんだ」
 
 桜沢くん、本当に片時も離れたくないんだな。
 彼の徹底っぷりに内心で舌を巻いていると、田中が「あっ」と声を上げた。――大きい手ぶりで、校舎を指さしている。
「なんだろう」と思って指の先を目で追って――おれは息を飲んだ。
 校舎の二階の窓。
 そこに、複数の生徒が溜まっていて。射的で狙う様にこっちに腕を突き出して、魔法陣を展開している。
 五つの、金色の魔法陣。――「風の魔法だ」と気づいたときには、魔法が放たれていた。
 
「!」
 
 風の渦は、真っすぐに突き進み――校舎に背を向けている吉村くんに突進する。
 しまった、出遅れた……!
 風魔法で打ち返すのは、間に合わない。拳の中に土の元素を溜めて、直接弾くしか――
 
「吉村くん!」
 
 そのとき。
 
 ――パシン。
 
「えっ」
 
 吉村くんと同じく校舎に背を向けていた桜沢くんが、風をはらい落とした。あっけない、蚊を払うような手つきで。
 思わず動きを止めたおれの眼前で、桜沢くんが吉村くんにがばりと抱き着いた。
 
「わーい、トキちゃーん」
「うわっ!」
 
 桜沢くんの腕に抱え込まれ、吉村くんがジタバタもがいた。すると、大きな手で小さな頭を抑え込みながら――桜沢くんは校舎を振り返る。
 人間離れした美貌の――不思議な色合いの瞳が一瞬、金色に輝く。
 ひょい、と空いた方の腕で、彼は校舎を指した。
 
 ――ゴッ……!
 
 桜沢くんの指先から、竜巻が起こる。低い唸りを上げて、吉村くんを狙った生徒達に殺到した。
 
 ガシャン!
 
 竜巻は、窓四枚をもろともに生徒達を吹き飛ばした。ドガッ、ガシャン! と破壊音が続き、窓から煙が噴きあがる。
 大きな悲鳴が、轟音に包まれるように響いてきた。
 桜沢くんは、その一部始終を冷静な眼差しで見届けると、吉村くんをぱっと開放する。
 
「うわー! なんだ?! 何かすげえ音したぞ?!」
 
 押さえ込まれていたせいか、額を赤くした吉村くんが驚愕に飛び上がった。
 校舎を振り返って、その惨状にも「ひええ」と悲鳴を上げている。
 
「どうなってんだ、これ!」
「んー、わかんないー。なんか怖いから、移動しよー?」
 
 桜沢くんが、吉村くんの肩口に甘えている。視界の隅で、真北が「いや、あいつあいつ……!」と両手を振り回し、田中が顎を外しそうになっているのが見えた。
 吉村くんは、肩口に懐く桜沢くんを励ますように、頷いた。
 
「わかった! なんかよくわかんねえけど、逃げようぜ!」
「うん、トキちゃんっ」
「西浦先輩たちも、行きましょう! なんか危ないっす!」
「あ、うん」
 
 反射的に頷きながら、おれは桜沢くんを横目で見る。
 吉村くんの死角で、彼は長い指を唇に当ててみせた。
19/33ページ
スキ