お前なんか好きじゃない。
つつがなく授業をこなし、放課後になる。
「じゃ、また寮でなー」
「うん。お疲れ」
「頑張れよー」
部活に行く田中に手を振って、おれは学級日誌を仕上げた。前の席に座っていた真北が、「なあ」と口を開く。
「ん?」
「今日さ、本当ありがとな。薬学のとき……」
「なんだよ、改まって」
思わず笑うと、真北は口をとがらせる。
「本当だって。俺、高柳に褒められたの初めてだったんだぜ。斉藤達よりも、良い薬だって言われたし」
「それは、真北が頑張ったからだよ」
「えー……そう?」
「そうそう」
笑顔で頷けば、真北が照れたように笑う。窓から差し込む夕日が、真北の顔を赤く染めていた。
「……あの、さ」
何か言いあぐねるように、口をもぐもぐさせて――真北はおれを見た。
「……西浦ってさ、凄いよな。実は、すげえ出来るのに、威張んないしさ。なんで俺なんかと友達なんだって、たまに思ったりする……」
「な、何言ってるんだよ、真北は」
しっとりとしたトーンに、面食らってしまう。
真北は、普段明るい奴なんだけど、ウェットで繊細なところがあって。二人になったときとか、時々すごく湿っぽいことを言う。
「マジで。だってさ、噂で聞いたけど。西浦って、もともとの序列は「赤」なんだろ?」
「……!」
息を飲んだおれに気づかず、真北は話し続けてる。
「すげえよなぁ。俺なんかさ、最初から「白」だし、なんもないけどさ。お前は違うなーって、俺でもわかったっつーか」
「……や、そんなことないよ。おれなんて、全然――」
「いや、マジだって! てか、西浦で全然なら、俺も田中もどうなんだって話だろっ」
きっ、と睨まれて、たじろいだ。
でも、そういう言い方は困ってしまう。おれは、自分のことを知っているだけだから、皆のことをどうこう言うわけじゃない。
「ごめん、そういうつもりじゃないんだけど……」
「――まあ、西浦は大人しいもんな。でも、悪い意味じゃなくて……ガツガツしてなくてさ、「序列、序列」言わないとこが、格好いいてーかさ! 斉藤みたいな奴と全然、違うよな」
「真北……」
絶句してしまう。
真北が、熱を込めて話しているのは、おれのことじゃないみたい。
現実との乖離に、胸が塞がっていく。
頼むから、そんなに買い被らないでほしい。おれは、大した奴じゃないんだから……
真北と別れ、学級日誌を提出しに行く。
……途中から、何を話したか覚えてない。ちゃんと、笑ってただろうか。真北が変に思わないように、答えられただろうか?
「西浦くん」
呼び止められて、足を止める。振り返ると、魔法薬学の高柳先生が歩み寄ってくるところだった。
「……先生」
「西浦くん、今帰りですか」
「はい。日直で……」
「感心ですね」
高柳先生は、端正な顔に微笑を浮かべる。
おれは、先生が次にいう言葉がわかった気がして、居心地が悪くなった。
「今日の解毒薬、素晴らしい出来でした。君らしい仕事です」
「……いえ。真北と二人で作ったんです」
「相変わらず、西浦くんは謙虚ですね。そこが君の美点ではありますが……」
高柳先生は、困ったように眉を下げる。
高柳先生は――葛城先生と並んで厳しいと言われる先生だ。でも、葛城先生との違いは――特定の生徒にはとても優しいところだった。
「最近は、どうですか? 何か変わったことは」
「いえ。大丈夫です」
「そうですか。……困ったことがあったら、いつでも相談に来て下さいね」
「……はい。ありがとうございます」
心のこもった言葉が、胸に重くのしかかる。
こんなに心配してもらえてるのに、早くここを立ち去りたい――そんな気持ちでいっぱいで。
それが顔に出ていないか、失礼な態度になっていないか、下らないことばかり気になってしまう。
高柳先生は、嘆息した。
「西浦くん、今週のゼミには出席できそうですか」
「……はい」
「レポート、楽しみにしています」
高柳先生は、慈しみに満ちた目でおれを見て――職員室と逆に歩いていった。
もしかしたら、おれを見つけてわざわざ話に来てくれたのかもしれない。
「……はあ」
いつも、そうだ。
高柳先生は、中学二年の頃の担任で……自惚れじゃなく、おれを気に掛けてくれていた。
高等部に上がって、手が離れてからもそれは変わらない。
――西浦くん、何か困ってはいませんか……?
おれの序列が下がったのは――中二の頃からだった。それで先生は、何か責任を感じてくれているのかもしれない。
「べつに、先生のせいじゃないのに……」
手のひらを開く。じっとりと汗が浮かんでいた。
――西浦くん、本当に凄いね。流石クラストップ……
――西浦くん、今度の試合、ついにアイツとだね。頑張ってね……
――西浦くん……
――西浦くんでも、『赤のジンクス』は破れないんだね。
おれは色々言われるのに、疲れただけなんだから。
「じゃ、また寮でなー」
「うん。お疲れ」
「頑張れよー」
部活に行く田中に手を振って、おれは学級日誌を仕上げた。前の席に座っていた真北が、「なあ」と口を開く。
「ん?」
「今日さ、本当ありがとな。薬学のとき……」
「なんだよ、改まって」
思わず笑うと、真北は口をとがらせる。
「本当だって。俺、高柳に褒められたの初めてだったんだぜ。斉藤達よりも、良い薬だって言われたし」
「それは、真北が頑張ったからだよ」
「えー……そう?」
「そうそう」
笑顔で頷けば、真北が照れたように笑う。窓から差し込む夕日が、真北の顔を赤く染めていた。
「……あの、さ」
何か言いあぐねるように、口をもぐもぐさせて――真北はおれを見た。
「……西浦ってさ、凄いよな。実は、すげえ出来るのに、威張んないしさ。なんで俺なんかと友達なんだって、たまに思ったりする……」
「な、何言ってるんだよ、真北は」
しっとりとしたトーンに、面食らってしまう。
真北は、普段明るい奴なんだけど、ウェットで繊細なところがあって。二人になったときとか、時々すごく湿っぽいことを言う。
「マジで。だってさ、噂で聞いたけど。西浦って、もともとの序列は「赤」なんだろ?」
「……!」
息を飲んだおれに気づかず、真北は話し続けてる。
「すげえよなぁ。俺なんかさ、最初から「白」だし、なんもないけどさ。お前は違うなーって、俺でもわかったっつーか」
「……や、そんなことないよ。おれなんて、全然――」
「いや、マジだって! てか、西浦で全然なら、俺も田中もどうなんだって話だろっ」
きっ、と睨まれて、たじろいだ。
でも、そういう言い方は困ってしまう。おれは、自分のことを知っているだけだから、皆のことをどうこう言うわけじゃない。
「ごめん、そういうつもりじゃないんだけど……」
「――まあ、西浦は大人しいもんな。でも、悪い意味じゃなくて……ガツガツしてなくてさ、「序列、序列」言わないとこが、格好いいてーかさ! 斉藤みたいな奴と全然、違うよな」
「真北……」
絶句してしまう。
真北が、熱を込めて話しているのは、おれのことじゃないみたい。
現実との乖離に、胸が塞がっていく。
頼むから、そんなに買い被らないでほしい。おれは、大した奴じゃないんだから……
真北と別れ、学級日誌を提出しに行く。
……途中から、何を話したか覚えてない。ちゃんと、笑ってただろうか。真北が変に思わないように、答えられただろうか?
「西浦くん」
呼び止められて、足を止める。振り返ると、魔法薬学の高柳先生が歩み寄ってくるところだった。
「……先生」
「西浦くん、今帰りですか」
「はい。日直で……」
「感心ですね」
高柳先生は、端正な顔に微笑を浮かべる。
おれは、先生が次にいう言葉がわかった気がして、居心地が悪くなった。
「今日の解毒薬、素晴らしい出来でした。君らしい仕事です」
「……いえ。真北と二人で作ったんです」
「相変わらず、西浦くんは謙虚ですね。そこが君の美点ではありますが……」
高柳先生は、困ったように眉を下げる。
高柳先生は――葛城先生と並んで厳しいと言われる先生だ。でも、葛城先生との違いは――特定の生徒にはとても優しいところだった。
「最近は、どうですか? 何か変わったことは」
「いえ。大丈夫です」
「そうですか。……困ったことがあったら、いつでも相談に来て下さいね」
「……はい。ありがとうございます」
心のこもった言葉が、胸に重くのしかかる。
こんなに心配してもらえてるのに、早くここを立ち去りたい――そんな気持ちでいっぱいで。
それが顔に出ていないか、失礼な態度になっていないか、下らないことばかり気になってしまう。
高柳先生は、嘆息した。
「西浦くん、今週のゼミには出席できそうですか」
「……はい」
「レポート、楽しみにしています」
高柳先生は、慈しみに満ちた目でおれを見て――職員室と逆に歩いていった。
もしかしたら、おれを見つけてわざわざ話に来てくれたのかもしれない。
「……はあ」
いつも、そうだ。
高柳先生は、中学二年の頃の担任で……自惚れじゃなく、おれを気に掛けてくれていた。
高等部に上がって、手が離れてからもそれは変わらない。
――西浦くん、何か困ってはいませんか……?
おれの序列が下がったのは――中二の頃からだった。それで先生は、何か責任を感じてくれているのかもしれない。
「べつに、先生のせいじゃないのに……」
手のひらを開く。じっとりと汗が浮かんでいた。
――西浦くん、本当に凄いね。流石クラストップ……
――西浦くん、今度の試合、ついにアイツとだね。頑張ってね……
――西浦くん……
――西浦くんでも、『赤のジンクス』は破れないんだね。
おれは色々言われるのに、疲れただけなんだから。