お前なんか好きじゃない。
くそ、佐賀のやつめ。
おれは悶々としながら、すりこぎでゴリゴリと木の根を擂る。
一晩経って、今は魔法薬の授業に出てるんだけど。いまだに、昨日の失態を引きずっていたりする。
偏食はそりゃ、良くないよ。でも、人が繕ってることを、わざわざ言うのってどうなんだろうか。しかも、後輩の前で――
「西浦、できたー?」
「うん、出来た」
どん、と乳鉢を机に置くと、真北がびくりと肩をはねさせた。
隣の机で作業していた田中が、苦笑する。
「どうしたぁ、西浦。荒れてんな」
「あ……ごめん」
苛立ってたせいで、知らず態度が尖ってたらしい。ばつが悪くなって頬をかくと、真北が口をとがらせる。
「いーけどさ。どうしたわけ? やっぱ佐賀? それとも黒?」
「吉村くんはいい子だよ」
「じゃ、佐賀か! 何があったんだ?」
身を乗り出してくる真北に、曖昧に笑って誤魔化す。さすがに理由が子供っぽ過ぎて、二人には言えないよ。
「お前らってさ、なんか合わないよなあ。付き合い長いのにー」
と、田中が笑いながら、背中に腕をもたせかけてくる。ずっしりと体重が伝わって、おれは大きく前に傾いた。
「おれが聞きたいよ。あっちが、いつも怒ってるんだから……」
「ははは。確かに! お前も、実はけっこう怒りっぽいから、喧嘩になるよな」
「……うっ」
さりげなく取りなされて、ぐっと詰まった。
「田中、佐賀の肩持つのかよー! そこは百パー、西浦の味方しろっての!」
真北が不満そうに、田中に木杓子を突きつけた。田中はどこ吹く風で、鍋をかき混ぜている。
「いや俺、あいつともダチだもんよ」
「嘘じゃん! ブタとゴリラに、何の接点があるっての?」
「お前、そりゃただの悪口!」
やいやいと言い合う二人を見ながら、おれは少し思案に暮れた。
あっちがおれを嫌ってるせいで、関係が良くならないんだって、思ってたけど。
田中は、佐賀とも友達だから。公平な目で見ると、おれもまた原因を作っているんだろうか?
「……」
悩みながら、薬をすり潰した。
「なあ、西浦! 薬の色変わんねえんだけどっ」
真北が悲しい顔で、鍋をかき混ぜ続けている。
おれは、ひょいと鍋を覗く。その中身は、全ての材料を煮出したときの黄土色から、ちっとも変化していなかった。
「どうしよう、俺なんか間違ったかもしれん。手順通りやったつもりなんだけど……」
「うーん……おれの調合のせいかな」
「んなことないよ。キレイに出来てたもん。あ~駄目だもう……また、怒られる」
真北は半べそで、お玉を握りしめた。丸まった背には、いつもの元気は少しもない。
おれは慌てて、真北の背をさする。
「大丈夫だって、真北。手順通りやったんだろ?」
田中が隣の机から、励ました。
「そうだけど……西浦、どうしよう」
「ええと……」
縋るような目で見られて、おれは考え込む。
今日の薬は、火の魔法の解毒薬だ。作り方はシンプルに、火傷の薬にまじないをかけて、体内で残留する火の魔力を打ち消す効果を与える。
完成すると、黄土色から薄い縹色に変わるから――成功はわかりやすい。
この薬の色と、真北の性格からすると、たぶん原因は……。
「何それ、ただの火傷の薬じゃん」
「二年にもなって、こんなもんも作れねえの? ウケんだけど」
「真北、ほんとはヒト族なんじゃない?」
薬の提出に行くらしい斎藤達が、わざとらしくおれたちの鍋に難癖をつけていった。……かわいそうに、真北は真っ赤な顔で震えている。
田中は、斎藤達に食ってかかった。
「おい、お前ら! なんだよそれっ」
「はあ? 事実だし。劣等生同士、庇い合ってんじゃねえっての」
斎藤は、曲がった性根の窺える笑顔を見せた。おれは、その顔から目を逸らし――奴らに背を向け、お玉を握った。ブツブツと呪いを唱えながら水を足し、鍋をかき混ぜる。
突然のおれの行動に、赤い目をまるく見開いて、真北が問う。
「に、にしうら……?」
「――出来た」
「えっ!」
真北と田中が、驚愕の声を上げる。
鍋の中には、鮮やかな縹色の薬で満ちていた。
「なんで!? 生まれ変わった!?」
「ううん、違うよ」
おれは、苦笑して説明した。
薬は、そもそも失敗してなかったんだ。呪いのかけ方が不十分で、未完成だっただけ。
「真北。火の元素の解毒作用を与えるために――排出を促す水の魔力を六割、損傷部を再構成する土が三割、残り一割が浄化の火の魔力。この魔力の割合になるように、呪いをかけるよね?」
「うん。俺も一応、その通りにしたんだけど……」
「わかるよ。ただ、真北はゆっくり長く煮込んでたから、火の元素を多く含んじゃったんだ。それで、水の魔力とのバランスが崩れてたんだよ」
「ああ!」
案の定――少し減っていた水を足して、水の呪いをかけ直せば、すぐに完成した。
「そっか、煮込みすぎが原因だったのか……」
「真北は、仕事が丁寧だから。でも、おかげで、すっごく綺麗な薬だよ」
教科書には煮込みすぎるなって書いてあるけど……それは、火の元素を含まない方が「イージー」ってだけで、絶対ダメってわけじゃない。必要な魔力を込められるなら、丁寧にやった方がいい薬が出来上がると思う。
「そ、そうかな……?」
肩を叩くと、真北はホッとしたように笑った。
と、鋭い舌打ちが聞こえてくる。
「――あほくさ。白のくせに、講釈垂れちゃってんだけど」
「スッゴクキレイナクスリダヨーだって。ばーか」
斎藤達が、悪態をついて去って行く。田中が、ぶはっと噴き出した。
「あいつら、ガキ見てえなこと言ってら!」
「わああ、ありがとう西浦……! すげえよ、なんでこんなん出来んの? 習ったことねえよ!」
嬉しそうな真北に、両手をぶんぶん振られて、おれも曖昧に笑う。
脳裏によぎるのは、蓮条の笑顔だった。
――瑛君、見てください。ここをこうすると、万能薬が劇薬になってしまいましたよ。
――何それ! 本当に蓮条は、何でもあべこべにするのが好きだよね。
あいつは、魔法しか興味が無くて。遊ぶとなると、いつも魔法になった。
だから、さっきのも、蓮条の手を借りたようなもので。
「……大したことじゃないよ」
本当に。
おれは悶々としながら、すりこぎでゴリゴリと木の根を擂る。
一晩経って、今は魔法薬の授業に出てるんだけど。いまだに、昨日の失態を引きずっていたりする。
偏食はそりゃ、良くないよ。でも、人が繕ってることを、わざわざ言うのってどうなんだろうか。しかも、後輩の前で――
「西浦、できたー?」
「うん、出来た」
どん、と乳鉢を机に置くと、真北がびくりと肩をはねさせた。
隣の机で作業していた田中が、苦笑する。
「どうしたぁ、西浦。荒れてんな」
「あ……ごめん」
苛立ってたせいで、知らず態度が尖ってたらしい。ばつが悪くなって頬をかくと、真北が口をとがらせる。
「いーけどさ。どうしたわけ? やっぱ佐賀? それとも黒?」
「吉村くんはいい子だよ」
「じゃ、佐賀か! 何があったんだ?」
身を乗り出してくる真北に、曖昧に笑って誤魔化す。さすがに理由が子供っぽ過ぎて、二人には言えないよ。
「お前らってさ、なんか合わないよなあ。付き合い長いのにー」
と、田中が笑いながら、背中に腕をもたせかけてくる。ずっしりと体重が伝わって、おれは大きく前に傾いた。
「おれが聞きたいよ。あっちが、いつも怒ってるんだから……」
「ははは。確かに! お前も、実はけっこう怒りっぽいから、喧嘩になるよな」
「……うっ」
さりげなく取りなされて、ぐっと詰まった。
「田中、佐賀の肩持つのかよー! そこは百パー、西浦の味方しろっての!」
真北が不満そうに、田中に木杓子を突きつけた。田中はどこ吹く風で、鍋をかき混ぜている。
「いや俺、あいつともダチだもんよ」
「嘘じゃん! ブタとゴリラに、何の接点があるっての?」
「お前、そりゃただの悪口!」
やいやいと言い合う二人を見ながら、おれは少し思案に暮れた。
あっちがおれを嫌ってるせいで、関係が良くならないんだって、思ってたけど。
田中は、佐賀とも友達だから。公平な目で見ると、おれもまた原因を作っているんだろうか?
「……」
悩みながら、薬をすり潰した。
「なあ、西浦! 薬の色変わんねえんだけどっ」
真北が悲しい顔で、鍋をかき混ぜ続けている。
おれは、ひょいと鍋を覗く。その中身は、全ての材料を煮出したときの黄土色から、ちっとも変化していなかった。
「どうしよう、俺なんか間違ったかもしれん。手順通りやったつもりなんだけど……」
「うーん……おれの調合のせいかな」
「んなことないよ。キレイに出来てたもん。あ~駄目だもう……また、怒られる」
真北は半べそで、お玉を握りしめた。丸まった背には、いつもの元気は少しもない。
おれは慌てて、真北の背をさする。
「大丈夫だって、真北。手順通りやったんだろ?」
田中が隣の机から、励ました。
「そうだけど……西浦、どうしよう」
「ええと……」
縋るような目で見られて、おれは考え込む。
今日の薬は、火の魔法の解毒薬だ。作り方はシンプルに、火傷の薬にまじないをかけて、体内で残留する火の魔力を打ち消す効果を与える。
完成すると、黄土色から薄い縹色に変わるから――成功はわかりやすい。
この薬の色と、真北の性格からすると、たぶん原因は……。
「何それ、ただの火傷の薬じゃん」
「二年にもなって、こんなもんも作れねえの? ウケんだけど」
「真北、ほんとはヒト族なんじゃない?」
薬の提出に行くらしい斎藤達が、わざとらしくおれたちの鍋に難癖をつけていった。……かわいそうに、真北は真っ赤な顔で震えている。
田中は、斎藤達に食ってかかった。
「おい、お前ら! なんだよそれっ」
「はあ? 事実だし。劣等生同士、庇い合ってんじゃねえっての」
斎藤は、曲がった性根の窺える笑顔を見せた。おれは、その顔から目を逸らし――奴らに背を向け、お玉を握った。ブツブツと呪いを唱えながら水を足し、鍋をかき混ぜる。
突然のおれの行動に、赤い目をまるく見開いて、真北が問う。
「に、にしうら……?」
「――出来た」
「えっ!」
真北と田中が、驚愕の声を上げる。
鍋の中には、鮮やかな縹色の薬で満ちていた。
「なんで!? 生まれ変わった!?」
「ううん、違うよ」
おれは、苦笑して説明した。
薬は、そもそも失敗してなかったんだ。呪いのかけ方が不十分で、未完成だっただけ。
「真北。火の元素の解毒作用を与えるために――排出を促す水の魔力を六割、損傷部を再構成する土が三割、残り一割が浄化の火の魔力。この魔力の割合になるように、呪いをかけるよね?」
「うん。俺も一応、その通りにしたんだけど……」
「わかるよ。ただ、真北はゆっくり長く煮込んでたから、火の元素を多く含んじゃったんだ。それで、水の魔力とのバランスが崩れてたんだよ」
「ああ!」
案の定――少し減っていた水を足して、水の呪いをかけ直せば、すぐに完成した。
「そっか、煮込みすぎが原因だったのか……」
「真北は、仕事が丁寧だから。でも、おかげで、すっごく綺麗な薬だよ」
教科書には煮込みすぎるなって書いてあるけど……それは、火の元素を含まない方が「イージー」ってだけで、絶対ダメってわけじゃない。必要な魔力を込められるなら、丁寧にやった方がいい薬が出来上がると思う。
「そ、そうかな……?」
肩を叩くと、真北はホッとしたように笑った。
と、鋭い舌打ちが聞こえてくる。
「――あほくさ。白のくせに、講釈垂れちゃってんだけど」
「スッゴクキレイナクスリダヨーだって。ばーか」
斎藤達が、悪態をついて去って行く。田中が、ぶはっと噴き出した。
「あいつら、ガキ見てえなこと言ってら!」
「わああ、ありがとう西浦……! すげえよ、なんでこんなん出来んの? 習ったことねえよ!」
嬉しそうな真北に、両手をぶんぶん振られて、おれも曖昧に笑う。
脳裏によぎるのは、蓮条の笑顔だった。
――瑛君、見てください。ここをこうすると、万能薬が劇薬になってしまいましたよ。
――何それ! 本当に蓮条は、何でもあべこべにするのが好きだよね。
あいつは、魔法しか興味が無くて。遊ぶとなると、いつも魔法になった。
だから、さっきのも、蓮条の手を借りたようなもので。
「……大したことじゃないよ」
本当に。