お前なんか好きじゃない。

「うわ」
 
 自室のドアを開けて、おれはのけぞった。
 佐賀は、Tシャツに首を通しながら、不機嫌そうに言う。
 
「んだよ、その反応」
「……いや、別に。今日、部活なかったんだね」
「しばらく自主練すっから」
「へえ……」
 
 まだ帰ってないと思って、完全に油断してた。部活なかったのかよ……。
 早鐘を打つ胸を押さえつつ、おれは荷物を置く。
 今日、みっともないとこ見られたから、あんま顔合わせたくなかったんだけど。同室って、不便だな。
 佐賀に背を向ける形で、そそくさと着替えていると、ギッ、と椅子の軋む音がする。
 見れば、勉強椅子にかけた佐賀が、こっちを見ていた。
 
「……なにか?」
「お前よ、あれは何だったわけ」
「は?」
「すげぇ勢いで逃げてったけど」
 
 そっとしとくとか、そういう気づかいはないらしい。
 
「なんでもないよ。気にしないで」
「あ? 誤魔化してんじゃねえよ。人にぶつかっといて」
「それは……悪かったけど」
 
 自分の非をつつかれると、弱い。
 むっと口を引き結んでいると、佐賀が「あー」と頭をガシガシ掻きまわす。
 
「お前が行った後。蓮条のやつが、探しに来た」
「えっ」
「なんで、あいつと話さねぇんだよ。逃げて、なんか解決すンのか?」
「……っ!」
 
 ――そんなこと、お前に言われる筋合いないだろ。
 
 そう、喉の手前まで出かかって、慌てて唇をきつく噛み締めた。
 でも、本当に余計なお世話だ。
 おれが……蓮条から逃げてるんだとしても。「ちゃんとしろ」とか、友達でもない佐賀に言われたくはなかった。
 
「……」
 
 だけど、逃げたのを見られた以上、おれの分が悪いのもわかる。
 喧嘩はいやだ。その上、負ける喧嘩なんて、したくない。 
 おれは胸を押さえて、細く長く息を吐く。――そして、つとめて穏やかに、佐賀の顔を見返した。
 
「そうだね、ごめん。……向き合う努力は、してみるよ」
「……は?」
 
 佐賀の顔つきが、ますます険しくなる。
 
「お前、マジむかつくわ」 
 
 こっちの台詞だ。
 ボタンを外しかけていたシャツが、手の中でぐしゃりと皺になる。
 
「あのなあ――」
 
 ギッ、と背もたれを軋ませて、険しい顔の佐賀が立ち上がった。おれも、思わず身構える。
 ……と、勢いよく部屋のドアが開いた。
 
「ただいまでーっす!」
 
 元気のいい声とともに、吉村くんが部屋に飛び込んでくる。 
 
「あ、先輩がた、お疲れさ……まっす?」
 
 気まずい空気を察知してか、吉村くんの声が尻すぼみになっていく。
 戸惑いをあらわに、おれたちを見比べる様子に、はっとした。
 
「お、おかえり。吉村くん。転入初日、お疲れさま」
「う、うっす。あざっす、西浦先輩」
 
 ぐるん、と佐賀に背を向けて、吉村くんに笑いかける。
 正直、助かったと思った。あれ以上二人でいたら、喧嘩になってたかもしれない。
 
「――チッ」
 
 舌打ちをした佐賀が、どっかりと椅子に腰を下ろす。吉村くんが、ぴゃっと飛び上がった。
 
「ひえっ。俺、なんかしました?」
「は? 違えわ」
「そ、そうっすかあ?」
 
 佐賀の態度に、吉村くんは眉をハの字にして、びくびくしている。おれのとばっちりで、申し訳なくなった。
 
「吉村くんのせいじゃないよ。ごめんね」
「えっ、いやいや! 全然っす」
 
 ぶんぶんと手を振って、吉村くんはニッコリする。
 からっとした様子に、ホッとしつつ――失敗したな、と思う。同室の先輩が喧嘩なんて、気まずいに違いない。
 今後は、もっと慎まなくちゃ。
 気合を入れて、佐賀を意識から締め出すと、おれは吉村くんに向き直る。
 
「転入初日は、どうだった?」
 
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