お前なんか好きじゃない。

 それは、青天の霹靂と言うにふさわしかった。
 
「転入生……ですか?」
「そう。一年にな」
 
 思わず聞き返すと、担任の柳原先生は、軽い調子で頷いた。おれが持ってきた学級日誌を、読んでいるのかいないのか、ペラペラ捲りながら話し出す。
 
「それ自体は、めずらしくないんだけどさ。なんか、ちょっと問題ある生徒っぽいんだよ。よく見といてやってって、主任に言われちまってよ。担任は、ベテランの葛城先生が持つらしいから、安心だけど。寮の同室、どうするかって問題が残ってて。変な奴と同室にして、何かあったら俺のせいだしさ……」
「はは……確かに、寮の部屋は大切ですよね」
 
 こういうの、生徒にする話でもないような。
 と、思いつつ、調子を合わせて頷いてたら、柳原先生はすがるような目になった。
 
「そうだろ? 俺、寮監だしさ、責任が重いのよ。――ところで、西浦にしうら。お前、部屋替え申請出してたろ? ちょっと、転入生の面倒見てやってくんないか」
「えっ」
 
 急に向けられた矛先に、ぎょっとする。
 ちょっと待って。なんで、おれ?
 柳原先生は、パン! と両手を打ち鳴らし、脱色でバサバサになった髪を振り乱した。
 
「頼むよ! テストの採点もあるし、俺をこの問題から解放してくれよ!」
 
 頼むから、もう少し取り繕ってくれよ。
 とは思ったけど、自分の倍くらいの歳の人――しかも先生に頭を下げられて、断れる生徒がいるだろうか。
 たしかに、部屋は変わりたかったし。後輩だって言うなら、そんなに気兼ねもしないだろうし。
 
「わかりました。いいですよ」
 
 にこっと笑って頷くと、先生は目を輝かせた。
 
「そうか、恩に着る!」
「いえいえ」
「じゃ、これ申請書。あと、転入生来るの、今週末だから。それまでに、引っ越ししといてな」
「わかりまし――週末!?」
 
 って、二日後じゃないか!
 いくらなんでも、急すぎる。
 さすがに文句を言おうとしたら、柳原先生はすでにタバコ休憩に行っていた。
 
 



 
 
 教室に戻って、ことのあらましを説明したら、友達の田中と真北は驚いていた。
 
「まじか、二日後。そりゃ、ずいぶん急な話だなー」
「てっか、ひどいよヤナ先。西浦が申請出したの、五月じゃん。ずっとなあなあにしといて、面倒ごとは押し付けようって、コケにしすぎだよ」
 
 驚きに目を丸めつつ、ノンビリと返事をしたのが田中。
 口をとがらせて、柳原先生に憤慨したのが真北。怒ってくれるのは嬉しいけど、微妙におれにも被弾してるんだよな。
 
「まあね。でも、部屋自体は、変わりたかったし……」
「そうだな。確かに、今なら神楽坂先輩も、部活のアレでいねえんだろ? 考えようによっちゃ、ラッキーだよな」
 
 田中が言ったことに、おれは苦笑いする。
 神楽坂先輩と言うのは、おれの同室の先輩で。部屋替えをしたかった、原因の人でもあった。
 真北もこれには、顔をしかめて頷いた。
 
「ああ、それは言えてるぜ。あいつ、西浦のことヘンな目で見てたもんなあ」
「いや……そんなんじゃないと、思うけど」
「甘いよ、西浦。男子校だぞ。神楽坂先輩なんか、幼稚舎からここなんだぜ? 西浦イケメンだし、絶対ケツ狙われてたってば」
 
 真北。それを言うなら、おれも小等部からここなんだけどね。
 
 ――魔法学園日本校男子高等部。
 
 というのが、おれたちの通ってる学校だ。
 日本に住む、魔法使いの卵たちの修学施設で、さらに全寮制の男子校。
 下は幼稚舎から上は大学部まであって、一切の学業をこの学園で修める人も少なくない。
 ともすれば、閉鎖的な環境になりがちで。閉鎖的な場所っていうのは、そこにしかないルールや風習が、蔓延しがち。
 それで、この学園は色々変わっているけれど。
 同性への恋愛感情を、わりとオープンにしてるところなんかも、その一つ。
 そして、同室の神楽坂先輩も、風習に染まっている一人だったらしい。
 最初は、親切な先輩だと思ったんだけどね。
 体育会系のパリッとした人で。頭も良くて、普通に尊敬してたんだけど。
 五月のある日、いきなり部屋に帰ったらおれの靴下で……その。
 
「いきなり、血相変えて西浦が部屋来たときは、何だと思ったよ」
「その節は、いろいろお世話になりました……」
 
 ハハハと大らかに笑う田中に、頭を下げる。
 詳しい事情を言わなかったのに(というか、さすがに口にできなくて)、快く泊めてくれて、感謝しかない。
 ちなみに、二人には、何があったかは話せてない。でも、おれの部屋には遊びに来てたからか、何となく察しをつけているみたい。
 
「まあ、そういうことだから。部屋替え自体は、渡りに船ともいえるんだ。今日から、さっそく荷造りでもするよ」
「り。また、部活終わったら、手伝いに行くわ」
「俺も! 俺も、行くからな」
「ありがとう、二人とも」
 
 まったく、持つべきものは、友達だね。
 おれは、二人に手を振って、一足先に寮に戻る。
 廊下を歩いていると、西に傾いた日に頬が照らされる。
 すっかり秋で、ジャケットを着るのも辛くはない季節。
 それにしても、転入生か。……どんな子だろう? 問題があるって聞いたけど、しょせん大人のいうことだしね。
 仲良く出来たらいいな。高校までヒトの世界にいたなら、ここにはだいぶ戸惑うだろうけど。
 同室者って、ホントに(身をもって)大事だって思うから。
 
「おこがましいかもだけど、おれが助けになれたらいいな」
 
 ――あ、そういえば。
 柳原先生が少し気になることを言っていたな。
 
「もう一人、同学年の奴も入るからな。序列もそんな変わんないし、お前もよく知ってると思うから、大丈夫だよな」
 
 同学年で、おれの良く知ってて。
 なんとなく、当てはまる顔は思い浮かぶけど、これってやつは出てこない。
 ……誰だろう?
 
 
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