六年目の恋、もう一度手を繋ぐ

「渉、どういうことなん?」

 部活の後、ざわざわしとる更衣室で、俺は渉を問い詰めた。沙也さんは、入部の件で部長らと話してるから、ここしかないと思ったん。渉は汗だくのTシャツを脱ぎながら、目をぱちくりしとる。

「どういうことって、なに?」
「沙也さんのことに決まっとるやろ! なんで、朝は何も言うてへんかったよな?」

 ごう、と吠えると、渉はぎょっとしたように身を引いた。

「圧、強っよ! なんやねん急に」
「ええから答えてやっ。SAY!」

 俺の勢いに、「えぇ……」とちょっと引き気味にぼやいとる。

 ――なんやねん、その意外そうな反応はーっ。気になって当然やろがい!

 俺は、ますますカッカしそうになる。
 だって、渉ときたら! 練習の間中、ずーっと沙也さんにつきっきりやったんやで!
 そりゃ沙也さんは入部初日やから、誰かついてたるのは当然やけどもさ。今日こそは、ペアの練習できると思ってたのに、空振りやった俺の気持ちもわかってほしいわ。
 じっと睨めつけていると、渉はポリポリと頬をかく。

「いや別に、特別なことはないやんか。沙也、まだ部活はいってへんかったし?そんで、俺がテニスやっとるから、はいろっかなて思たんやって。善は急げで、昼休みに部長んとこに二人で行ってなあ」

 終わりに行くにつれ、甘くなる渉の声にもやもやする。ていうか、昼メシ食えへんかった理由、それやったんや。

「なにそれ……渉がおるから、入部したってこと?」

 ぎゅ、と体の横で手を握りしめると、渉は半目になって、俺の額をビシッと弾く。

「あいたっ」
「そういう言い方すんなって。ほんまヤキモチ焼きやなぁ、お前は」
「んなっ!」

 じんじんする額をおさえ、俺は真っ赤になった。

「べつに、俺はっ」
「友達と部活選ぶくらい、よくあるやろ?それに、打ちとけへんあいつが、すすんで人の輪に入ろうって思たんやん。お前も、あたたかく受けいれたってや」

 優しい声で窘めるように言われて、うっとつまる。

 ――そういう風に言われると……たしかに、俺のはただのやきもちやけど……。

 俺かて、友だちと一緒に入るんが悪いなんて思ってへん。せやけど、沙也さんにだけ目くじら立ててまうのは、渉のことで嫉妬しとるからや。渉は、タオルで乱暴に背を拭い、制服のシャツを着こんだ。

「そういう事やから。ほな俺、先帰るわ」
「え!? 一緒に帰らへんの?」

 ぎょっと目を見ひらく俺に、渉はいひひと歯を見せて笑う。

「沙也と、スポーツショップよってく約束してるねん。俺に、ラケット選んで欲しいんやって」
「ちょっ……それやったら、俺も一緒にっ」

 大慌てで着替えようとすると、「渉!」と澄んだ声が響く。見れば、更衣室の入り口から沙也さんが、ひょっこり顔を出している。

「お待たせしました。帰りましょう?」

 蛍光灯に照らされ、天使の輪が輝く。
 むさ苦しい更衣室の面々は、突然の美人の登場にどよめいた。

「うわーっ、なんで道前くんが!」
「しもた、勝負パンツと違った!」
「見たないわボケ!」

 思春期男子のアホな騒動のなかを、渉はひとり悠々と歩いていく。

「お疲れ沙也。ここうるさいし、さっさといこか」
「はいっ」

 どや顔で言いながら、沙也さんの背を押す。その振る舞いに、はしゃいでいた更衣室に怨嗟の声が吹き荒れる。

「クソがーッ、高中たかなか(渉の名字)の奴……!」
「ずりいぞ! 顔が全てかよ!」

 ますます大騒ぎの人波にもまれつつ、俺は声を上げた。

「わ、渉っ! ちょっと待ってよっ」

 聞こえてへんみたいに、ドアがバタンと閉まる。――その寸前、頬を染めて笑う沙也さんが、渉の腕をとるのが見えて、かっとなる。
 その、それは、俺の彼氏なんですよ!

「もおおっ! なんでこうなんの!?」

 頭を抱えてしゃがみ込む。瞼がじんわりと熱を持ち、悔しさに胸がつっかえた。

 ――ちきしょー! もー、腹立つううう!

 てか渉の奴、また無視しやがった!結局、朝と同じことやんか。

「幸せのアホーッ! いちいち三歩進んで、二歩下がんなやーっ!」
「つ、つむぎ。落ち着けっ! コロッケ奢ってやっからさ」

 田中が焦ったように、側に寄って来てくれた。渉と喋るいうたら、他のメンバーをひきつけてくれてたんよ。加藤とアッキーも、どしたどしたって声かけてくれる。

「どうした~、つむぎ~?」
「腹いてえの? 正露丸やったら、俺持ってるで」

 みんな、大騒ぎの面々から、ちびの俺が踏みつぶされへんよう、スクラムして庇ってくれとった。傷心の胸にジーンときて、俺は鼻を啜った。

「田中、加藤、アッキー! ありがとう。大丈夫やっ」

 立ち上がって、ニカッと笑う。三人はホッとした顔で、笑ってくれた。
 
 ――あかん。痴情のもつれで、皆に心配かけるわけにはいかん!
 
 みんなと笑顔で喋りながら、朝と同じ決意する。
 渉のことは腹立つし、沙也さんのことはもやつく。でも、それは……悔しいかな、俺のヤキモチのせいやし。部活の大事な時期に、みんなに迷惑かけたない。着替えとったら、近づいてきた田中がこそりと囁く。

「つむぎィ、大丈夫か?」
「うん!」

 笑って頷いて見せる。
 心配してくれる友達がおるから、ええ。四人で固まって更衣室を出て、俺は赤色に薄墨を撒いたような空を見上げた。
 
 ――見てろ、負けへんで!

 そう決意して、両手を空に突き上げると、皆が「よう伸びるなあ」と笑った。

 
 *

 
 負けへん。
 そう、負けへん――と念じ続けて幾星霜。

「渉、渉。こうですか?」
「んー。もうちょい、フォロースルーは軽くでええかな。こうやって……」

 ある日の練習中。俺の目の前では、渉が、手とり足取りで沙也さんのフォームを見てあげていた。背後に立って、一緒にラケットを握って振っている。

 ――あれは、フォームの指導。フォームの指導や……!

 念仏のように唱えつつ、俺はボールを投げつけたい衝動を堪え、球拾いに専念する。けど、甘いはしゃぎ声は、続く。

「沙ー也、肩の力ぬきや」
「だって……渉の力、強いんですよ!」
「なんでや、こんな優しくしてんのに~」
「きもい、きもいですっ!」

 どこのバカップルかと思うやりとりが耳に飛び込んできて、俺はラケットのグリップをぎりぎりと握りしめる。
 妙に甘えた沙也さんの声に、はらわたが煮えくり返る。
 でも、俺が見てると知ってながら、へらへら浮かれとる渉はもっと腹立つっ!

 ――くそぉ……ま、負けへん……負けへんからなぁ!

 俺は唇を噛みしめ、バックハグしとるみたいな二人を睨んだ。
 沙也さんが入部してから、はや数日――すでに”恒例行事”となりつつある光景に、忍耐をバキバキに試されとる状態や。

 ――憩いの部活が、こんなことになるなんて……。

 俺は今まで、部活にどれだけ助けられとったか、痛感しとる。大好きなテニスをしてたら、もやもやをスッキリできたねん。

「なんやあいつら、遊んでばっかで。球拾いの時間やて、わかってへんのか?」
「田中」

 近づいてきた田中が、こそこそ囁く。その怒った声に、冷静になった。ラケットに集めたボールを籠にどばどば流しながら、笑顔を取り繕う。

「ま、まあ。沙也さんは初心者やしな。渉のやつも、まあ面倒見、ええということで……」
「せやけどさ。先輩ら休憩してっけど、睨んでんで」
「まッ……!?」

 小声で促され、休憩中の先輩らを見れば――たしかに、睨んどるわ。キャッキャはしゃぐ二人を指さして、何やら険しい顔で喋ってはる。部長が静かにコップを置いたんを見て、俺は青褪めた。

 ――やばい、部長が怒りに行くぞ……!

 バッと見合わせた一年ズの顔に、「連帯責任」の文字が踊る。

「俺、注意してくる! ごめんけど、あとお願いっ」

 部長が出られる前に、なんとかせなあかん――。球拾いを皆に託し、俺は駆け出した。ピリつく空気もなんのそので、軽い球出しまで始めとる二人に、声を張り上げた。

「渉、沙也さん!」
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