六年目の恋、もう一度手を繋ぐ

「ふんふ~ん♪」

 放課後、鼻歌を歌いながら廊下を歩く。ぽこぽこと床が跳ねとるみたいに、足取りが軽い。

「おうおう、つむぎ。えらいご機嫌やん」

 後ろから追いついて来た田中が、にやにや笑って肩を組んできた。俺はえへへと笑う。

「ん~何でもないけど、部活楽しみでな。渉も出る言うとったし、ペアの練習できるなあって」
「そうか。のわりに、渉おらんけど……?」

 田中はきょろきょろとあたりを見回す。俺と渉は同じクラスやで、一緒に行かん理由がないもんな。

「渉なあ、顧問に用あるから、職員室寄ってくらしいわ。昼休みも部長のとこ行ってたし。試合のこととかで、相談しとるんちゃうかね?」
「へえーっ。えらい熱心やん」
「せやろ!」

 目を丸くする田中に、俺はわがことのように胸を張った。
 そうやねん。渉のやつ、昼休みにメシ誘ったら、「顧問に、大事な相談があるさかい」って言うてたん。
 あの内弁慶な渉が、自分から顧問に話しに行くなんて!めっちゃ感激したから、昼メシ一緒に食えへんかったけど、今日は拗ねてへんわけよ。

「よかったなあ、つむぎ」
「うん! ありがとう」

 田中の明るい笑顔に、笑い返す。……朝にさんざんぼやいたもんで、心配してくれとったんやな。心ん中で「ありがとう」って手を合わせる。
 
 ――渉、沙也さんのことばっかやって思ってたけど……俺のことも、ちゃんと気にかけてくれてるし。俺が信じやなな!

 俺は意気揚々と、拳を突き上げる。

「よーしっ。田中、はよ着替えて、コート行こ!」
「おうっ!」

 俺達はダッシュで部室に向かった。


 *


 ちゃっちゃと着替えて、みんなでわいわいコート整備をしとる最中。俺は、ラインを箒で掃きながら、そわそわとコートの入り口を眺めた。

「……渉、遅いなあ。先輩ら来てまうで」

 うちの部活では、一年の俺らが、練習の準備をするねんか。やから、先輩が来る前にコートにおらな、めっちゃ怒られるねんけど。マイペースな渉はちょこちょこ遅れてくるんやわ。

「どないしょ。迎えに行ったほうがええかな……」
「ほっとけや~。顧問のとこ行っとるんやったら、先輩らも怒らんやろ~」

 ボールの籠を置いた、同期の加藤がのんびりと言う。

「つむぎ、渉の母ちゃんみてえやな」

 と、どっと笑いがはじけた。

「だれが母ちゃんやねんっ」

 て憤慨しとったら、左肩をポンと叩かれる。

「あっはっは。渉の母ちゃんか。いい得て妙やなぁ」
「うわっ、副キャプテン!」

 もう夕方やと言うのに爽やかな副キャプテンが、いつの間にやら後ろに立っていた。見れば、コートには続々と先輩たちが集まってきとる。俺達は、慌ててびしっと整列した。

「お疲れ様でーす!」
「うーす」
「お疲れさん」

 先輩らからも、返事がばらばらと返ってくる。――準備、間にあってて良かった。俺ら一年ズはホッとした顔を見合わせる。
 最後に入ってきた部長の後ろを、ゆっくり歩いてくる渉の姿を見つけ、俺はぱっと胸に花が咲く。

「渉っ。どうしたん、遅かったやん……!」
「おう、つむぎ!」

 手を上げた渉に、満面の笑みで、パタパタと駆け寄った俺やけど。渉の背中に隠れるように立っている人の存在に気づいて、目を見ひらいた。

「え。沙也さん……?」

 サラサラの黒髪に、硝子細工みたいに綺麗な顔。そこにいるのは紛れもなく沙也さんやったんや。そっぽを向いたまま、人見知りの子みたいに、渉のジャージの裾を摘まんどる。

 ――なんで、沙也さんが部活に来とるん……?

 呆気にとられる俺に、渉は顔をデレデレ緩めて言った。

「驚いたか。まあ、あんま騒いだるなよ、沙也が怖がるから」
「いや……驚いたけど。いったいどういう――」
「集合!!!」

 渉を問い詰める前に、部長から雷みたいな号令が飛ぶ。

「はいッ!」

 俺らは、ムチを打たれた馬みたいにぴゃっと動いた。綺麗に列になって並んだ俺らの前に、部長と副部長が立った。その隣に、なぜか渉と沙也さんも立つ。

「今日は新入部員を紹介する。――道前みちまえ、挨拶せえ」
「はい」

 部長に促され、一歩前に出た沙也さんが、涼やかな声で自己紹介する。

「道前沙也、一年生です。”ある人”の影響で、テニス部に興味を持ちました……硬式は初心者ですけど、中学までは軟式を少しやってました。よろしくお願いします」

 ちょうどよく吹いてきた風が、サラサラの黒髪を揺らした。

 ――ええええ~~っ。沙也さんが、テニス部に……!?



 衝撃の展開に、俺はあんぐりと口を開いた。
 ついでに、”ある人”と言いながら渉に微笑みかけたのを見て、猛烈にもやっとする。渉が嬉しそうに笑い返しとるもんで、余計に!

「うお、あの子って噂の美人ちゃんと違う!?」
「やべー! めっさ綺麗くね?」

 綺麗な新入部員の登場にチームメイトたちがどよめいとった。うきうきした空気を一掃するように、部長が声を張る。

「中途半端な時期やけど、テニス部としては仲間は歓迎や。一年、色々教えてやれよ」
「一年で回しとるマネージャー業の分担とか、また決めたら俺んとこに持って来て」

 副キャプも爽やかに笑う。

「はいッ!」

 みんな、うっきうきで頷いた。ワイワイ盛り上がる周囲と裏腹に、俺は気分が下降してくのをとめられへんかった。視線の先には、渉と沙也さんが笑いあっとるん。

「沙也、立派に挨拶できてえらいやん」
「馬鹿にしないで下さい。僕は優等生ですよっ!」

 頭をなでようとする渉に、顔を赤らめた沙也さんが食ってかかっとるのをみて、がっくりと項垂れたくなった。

 ――まさか、部活でまでこれを見る羽目になろうとは……!

 部活では、渉と一緒におれると思ったのに。唇をぎゅっと噛みしめとったら、田中に「つむぎ、大丈夫か」と尋ねられた。慌てて、何でもないって答えたとき、同期の加藤とアッキーが二人に突っ込んでいく。

「おいおい、渉~! 一人で仲良くしてんなや~」
「道前くん、よろしくーっ!俺、秋吉!アッキーって呼んで?」

 もともとノリのええ二人は、さっそく沙也さんに話しかけとる。美人な沙也さんを前にして、陽に焼けた顔がトマトみたいに真っ赤になっとる。

「……っ」

 沙也さんは、二人が差し出した手を、冷たい目で睨んだ。ぱっと身を翻し、渉の後ろに隠れてしまう。

「……結構です。渉に教えてもらいますので」

 そう言って、渉のジャージを摘まみ、つんと顔を背けはったん。しん、と一瞬、沈黙が落ちる。

「えっ……ええーっ、厳しいなあ~!」

 加藤とアッキーは、にべもない返事に、苦笑いをした。場をとりなすような明るい笑い声に、みんながホッとしたように話し出す。

「そら、お前の顔怖かったんちゃう?」
「なんでや、こんなハンサムをつかまえて!」

 皆で、アッキーと加藤をからかうと、二人も調子を合わせてくれた。――入部まもなく、沙也さんが反感を買わんように、気遣っとるんがわかる。
 田中と顔を見合わせ、安堵の息を吐いた俺やってんけど。

「沙也、皆と仲良くせなあかんやん」
「いいんです。僕はなれ合いの為に、部活に入ったんじゃありませんし。あくまで、テニスがしたいだけですから」
「真面目やなあ、沙也は!」

 俺達の輪に混ざらんと、楽しそうに喋っとる渉と沙也さんに、冷や汗がたれる。

 ――ちょっと、ちょっと。これ、大丈夫なん!?

 懸念を残し、部長から練習開始の号令がかかる。
 俺は、いちゃつく渉と沙也さんを見て、胸にまたもや雲がかかるんを感じとった――。
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