六年目の恋、もう一度手を繋ぐ

 ……十数分後。登校してくる生徒で、ざわつく廊下の片隅――教室から遠いせいで使用頻度の少ない階段に腰かけて、俺と田中は喋っとった。
 朝メシ食いながら、俺と渉の関係とか……今の状況をぜんぶ打ち明けたんよ。
 
「へえーっ、なるほどなあ。お前らそういうことになってんの」
 
 田中は目を丸くし、むしゃりとコロッケパンにかぶりついた。俺は、手つかずのお握りをもったまま、しゅんと俯いた。
 
「急にごめんな。チームメイトの恋愛事情とか、びびるやんな……」
「いや、ええよ? てか何となくわかっとったもん」
「えっ、うそ!?」
 
 ぎょっとして振り返った。田中は、足元のスーパーの袋をごそごそやりながら、平然と言う。
 
「いや、前によ。渉が「お前んちに俺の充電器ない?」とか言うとったやろ。つむぎはまじめやし、つきあってもないアルファを家に上げたりせんよなあって」
「えーっ、そんなんで?!」
「はっはっは。名探偵やろ!」
 
 田中は歯をむいて笑い、焼きそばパンにかじりついた。「お前、ソース好きやな」と笑いつつ、田中ってええ奴やなあってしみじみ思うとったん。推理って言うより、俺への信頼が眩しいねんけど!
  
「ありがとうなあ、田中!」
 
 肘で肩をつくと、にやりと笑い返される。俺らは、焼きそばパンとお握りで乾杯した。
 
「――それはそうと。渉が仲良くしとるのって、噂の美人ちゃんやろ? まずいぜ、俺の組でも、あいつらデキとるんかとか言われてるで」
「嘘おっ! いややねんけど」
 
 田中が言うには、渉と沙也さんがあんまり仲のええもんで。二人の見た目が最高なんもあって、すっかり噂になっとるんやって。
 
 ――そんな、アホな! つき合ってるんは俺ですけど!?
 
 俺は、あんぐりと口を開けてまう。俺らは別段、付き合いを隠してるわけやない。中学からの友達なんて、俺らの付き合いをみんな知っとるくらいやもん。
 それやのに、そんな噂が勝つなんて。知らん間に居場所を失っていたみたいで、俺は呆然とした。
 田中が気づかわし気に、肩に手を置く。
 
「いらんこと言うて、ごめんやで。でも、つき合ってるて聞いたら、黙ってられんくてよ」
「あ、ああ。わかっとるよ」
 
 俺も、逆の立場やったら黙ってられへんだと思うし。ニコッと笑って頷くと、田中はホッとしたみたいやった。
 
「……試合も近いし、お前らペアやんか。もやついとったら、しんどいやん? 何やったら、俺が渉にガツンと言うたろか?」
 
 拳を握り、田中がいきまく。声にも顔にも熱い義憤が燃えてて、俺は目をまん丸にした。やっぱり、ええ奴やなあって、じんとしてまう。
 でも……その分、ちょっと冷静になるとこもあったん。
 
 ――田中は、大事なチームメイトや。試合前に、こんなことに巻き込んだらあかん……!
 
 ついしんどくて、ペラペラ喋ってしもたけど。田中やって渉と仲ええんやし、気まずい思いさせてまうやん。それに、田中は友達多いから、渉が孤立してまうかも……そうも思って。
 俺は、ぱしんと両手を合わせ、おどけて見せる。
 
「ありがとう、田中! でもええねんっ」
 
 にっこり笑うと、田中は怪訝そうに首を傾げとる。
 
「ほんまにかあ? 遠慮せんでええねんで?」
「うん。話し聞いてもろて、すっきりしたわ。ホンマ言うと、ちゃんとラブラブやから……ちょっと、愚痴もスパイスみたいなもんていうかさ」
「……そう~?」
 
 田中はどことなく釈然とせん顔で、しきりに首を捻っとった。それでも、最終的には「つむぎがええなら」と納得してくれる。
 ほんまに、ええ奴やなあ。
 
 
 
 
 
 田中と別れ、教室に向かった。もう予鈴が鳴りそうってこともあって、廊下はごった返しとる。ちびの俺は、人の隙間をひょいひょい縫えるで、関係ないねんけどな。
 
「おはよぉー」
 
 挨拶しながら入ってくと、「おはよう」ってあちこちから返ってくる。ほとんどの奴が、友達で固まって数学の課題に取り組んでるっぽかった。
 
「つむぎぃ、問4できとったら見せてえな」
「ええよー。八十%の確率で間違っとるけど」
「かーっ! このクラス、アホしかおらん!」
 
 愉快なクラスメイト達と一緒に、「ギャハハ」とふざけながら、自分の席に鞄を置く。
 
「……あ」
 
 窓際の渉の席を見て、思わず声が漏れた。――前の生徒の席を借りて、沙也さんが渉と額をくっつけて、問題を解いていたん。
 
「渉、ここ違いますよ。そこは、まず展開して……」
「あ、そうか……こう?」
「そう、そうです!」
 
 沙也さんが、ぱっと笑顔になる。空気まで色づいたみたいな綺麗な笑みに、数学と格闘しとった生徒達も見惚れてるみたいやった。もちろん、正面に居る渉も例外やなく、でれでれしとる。――なんやねん、嬉しそうにしやがって! むかむかして、怒鳴りに行ったろかと思う。
 
「……ちぇっ、渉の奴はええなあ。才色兼備の教師がおるもん。持っとるわ」
 
 クラスメイトの一人がボソッと呟いた。俺は、何とも言えへん気持ちで笑った。
 
「……渉と沙也さん、仲ええからなあ」
 
 言い終わる前に、強い囁きが被せられる。
 
「いやいや、いや。つむぎは幼なじみやのに、ムカつかんの?」
「やっぱイケメンは得やんけ。テニスも全国クラスやしィ、アルファはずっこいわ」
「……んなことないよう。渉さ、めっちゃアホやし! あれで愉快なぽんこつなんやで?」
 
 ちょっと嫌な流れを断ち切るべく、大げさにふざけると、「お前が言うなて!」と突っ込まれる。どっと笑いがはじけて、俺は胸をなでおろした。
 
 ――ふう、危ない危ない。こういうのは、最初が肝心やからな。
 
 みんなええ奴らなんやけど、思春期やからかな、たまにクサクサしてまうねんかな。渉は目立つわりに、本人がなかなか内弁慶なもんで、誤解を受けやすいんよ。まあ、面白くてええやつなんやって、過ごすうちにわかって貰えるねんけどな!
 
「よっしゃ。ほな俺、ちょっと答え仕入れてくるな!」
 
 そう皆に断って、俺は楽しそうな渉のもとに向かう。渉に聞こえてたら、気にしてるかもと思って……まあ、きゃっきゃと楽しそうな様子からすると、大丈夫そうやけどな。
 俺は、にっこり笑って話しかける。
 
「二人ともっ。調子どう?」
 
 その瞬間、笑っていた沙也さんが、すっと目の奥に険をひらめかせた。たった一瞬やったけど、びっくりして息を飲んだ。
 
 ――え、なに?
 
 狼狽していると……頭を掻きながら問題に取り組んでいた渉が、ぱっと目を上げる。
 
「ああ……なんや、つむぎ! お前、どこ行っててん!」
 
 突然、懐っこい笑顔を向けられて、俺はどきりとした。
 
「田中と、朝メシ食うてきたん……どうしたん?」
「っとに何してんねん、つむぎはー。沙也なあ、めっちゃ教えるんうまいんやでっ。つむぎ、お前も教えて貰え!」
 
 渉はわがことのように得意そうに、胸を張った。友達の良いところを、教えたくて仕方ないんやな、と思う。そう言うところ、ちょっと可愛い。
 
「沙也さん、俺も教えて貰ってもええかな?」
 
 にこっと笑って話しかけると、ふいと顔を背けられた。無視かーいって思ったけど、渉が「そうせえ」って嬉しそうやから、まあええか。ロッカーにある参考書をとりに、廊下に出る。
 
「よいしょ……」
 
 参考書を取り出して、腕に抱えたときやった。
 
 バシン!
 
 重たいものを叩きつけるような音が、廊下に響いたんは。びりびりびり、って金属のロッカーが振動し、俺はびくりと背筋を伸ばした。
 沙也さんが、参考書の束をロッカーに叩きつけた格好で、細い肩を怒らせとった。
 
「ど……どうしたん?」
 
 困惑しとったら、沙也さんはきっと眦をつり上げる。
 
「言葉に無責任なんですね」
「――えっ?」
 
 棘のある声音に、目を瞬く。沙也さんは、勘の悪い俺に苛々したように捲し立てた。
 
「あなたが誘ったくせに、他の男とのんびり朝ごはんなんて……渉はあなたを待っていたんですよ!」
「へ……」
 
 すごい剣幕に、ちょっとビビる。だって、渉と沙也さんが、俺のこと置いてけぼりにしたんやで? それやのに、何キレてんの? って感じではあるねんけど。
 
「そっか……待っててくれたんや。渉」
「は?」
「ううん、ごめんな」
 
 俺は沙也さんにニコッと笑いかけると、いちもくさんに教室の中に駆け戻った。
 
「渉ーっ。俺にも見せて?」
 
 大きい体を奥にぐいぐいと押しこんで、渉の椅子に二人で座る。ぎゅう、と身を寄せれば、周囲から「何してんねん」と笑い声が上がった。
 
「うお、暑苦しっ。せまいやないか」
 
 渉の顔も笑っていて、俺はますます嬉しくなる。
 
 ――俺たちは大丈夫やんね? 
 
 これからは、あんまり突っかからへんように気をつけよう。隣から漂う爽やかでスパイシーな香りに、俺はそっと身を寄せた。
 廊下からじっと睨む、沙也さんに気づくことなく――
 
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