六年目の恋、もう一度手を繋ぐ

「渉、おはようございます」
 
 嬉しそうに駆け寄った渉に、沙也さんが微笑む。硝子細工みたいな顔が、朝日にふうわりと溶けるみたいやった。あんまり綺麗なもんで、通り過ぎる生徒達が、ぽうっとして振り返ってく。
 
「おはよう、沙也。もう、からだは大丈夫なんか?」
 
 渉は言いながら、すらりとした背に手を添えたってる。

 ――何じゃ、その手は!

 モヤっとする俺をよそに、沙也さんはくすぐったそうに笑ってはる。
 
「渉は大げさすぎます。僕、そんなに病弱じゃないんですけど?」
「そんなこと言うて、お前すぐ無理するねんもん」
「もう……馬鹿な人」
 
 心配そうに眉を寄せる渉に、沙也さんははにかんだ。白魚のような指先が、つんつんと渉の胸をつついとる。どこか甘酸っぱいやりとりに、俺はこめかみがボン! いうて爆発しそうになった。
 
 ――誰が恋人やねーん! てか渉、そんな優しい声、俺にかけてくれたことある!? 
 
 俺はむかむかしたけども、ここで負けとったらあかんと思ってな。楽しそうな二人に向かって、ずんずん歩いて行ったんや。
 
「おはよう、沙也さんっ。具合ようなったみたいで、よかったね」
 
 にこっと笑って、沙也さんにご挨拶。腹立っとっても、病み上がりの人には八つ当たりはあかんから。仁義礼智っていうてな、世の中思いやりがだいじっちゅうことらしいねん。
 すると、沙也さんは綺麗な顔を不快そうにしかめた。
 
「……何で知ってるんですか?」
 
 パンツでも覗かれたみたいな反応に、ぎょっとする。
 
 ――えっ、めっちゃ怒ってる?! なんでって、渉が言うてたからやけど……
 
 でも、オメガとしての不調を知られたくない子もいるよな。俺は、慌てて弁明した。
 
「ごめん、渉に聞いてん。具合悪くなってもたって。勝手にごめんな? でも俺、誰にも言うてへんから……!」
「……渉。知らない人に、勝手に話さないで下さい」
 
 沙也さんは顔を背けて、渉を睨みつけた。渉は、すまなそうに両手を合わせる。
 
「すまん! 部活休まなあかんかったさかい。こいつも、こうみえてオメガやから、大丈夫やで?」
「関係ありません、気持ち悪い……僕は、君にだから話したのに」
「え……」
 
 沙也さんは拗ねた様に、渉の腹をどつく。痛みに呻きながら、渉は唇をむずむずさせていた。嬉しい時の顔やって気づいて、モヤっとする。
 
「そっか、ごめんな。沙也は俺だけやってんなあ」
「……っ別に、変な意味じゃありませんから! 渉のにやけづら、きもいです!」
「あはは」
 
 顔を真っ赤にして、沙也さんは渉をどつき回す。渉はへらへら笑ってて、何の効き目も無さそうや。俺はと言うと、所在なくつっ立ってるしかなくて。正味めっちゃモヤつくねんけど、仁義礼智と思って、おずおずと沙也さんに声かける。
 
「あの……沙也さん、ごめんな? ほんまに」
「はぁ……もういいですから、どうぞ登校してくださいよ」
 
 つん、と気位の高いネコみたいに顔を背け、手を振られる。……さすがにあんまりな気がして固まっとったら、渉が甘えるように沙也さんの肩に手を置いた。
 
「そんな怒らんといたってや。つむぎがごめんなー? こいつガサツやし、全然オメガらしくないもんで」
「いいです。渉に免じて許してあげます」
「沙也ぁ!」
 
 感激する渉に、沙也さんは澄まして笑っとる。
 俺は、なんかめっちゃ疎外感を覚えて、ぐっと唇を噛み締めた。
 
 ――いや、でも。俺が一人で行くのんは違うやろ……!
 
 一緒に登校してたの、俺やもん。ぎゅっとラケットバッグを握りしめて言う。
 
「なあっ。二人とも、数学の宿題できとる? 一限に提出するやつ」
「げっ! 忘れてた」
 
 渉が、嫌そうに顔をしかめた。昨夜、遅かったから忘れとるんちゃうかな、と思ってたん。沙也さんも、昨日は具合悪かったから、出来てないやろうし。俺は、ちょっとほっとしながら、笑う。
 
「ほな、みんなで一緒にやろうよ! 俺、やってきたから……」
「僕は出来てますよ、渉」
 
 俺を遮って、沙也さんが言う。渉がぎょっとのけ反った。
 
「ええっ、何でやねん!」
「朝にやりました。具合も良くなってましたし、簡単だったので……」
「マジか……えらいなあ」
 
 肩を落とす渉に、沙也さんがちょっと照れたように言う。
 
「今日は、特別に見せてあげますよ。僕の見舞いで、出来なかったんでしょうし……」
「マジか。可愛いとこあるやん!」
 
 渉が嬉しそうに笑って、沙也さんの肩を抱く。沙也さんは顔を真っ赤にして、「きもいです」と押しのけている。仲の良いカップルみたいなやりとりにボー然とする俺やけど、渉の次の行動にはもっと驚いた。
 
「よっしゃ! そうと決まれば、行くか」
 
 とつぜん、沙也さんの手を引いて、走り出したんよ。沙也さんは「ひゃぁ」と声を上げて、たたらをふむ。
 
「馬鹿、渉! 急に引っ張らないで下さい」
 
 ぜんぜん怒ってへんのがわかる甘い声に、周囲がふりむく。「カップル?」という囁きが聞こえて、カッとなった。
 
「ちょっと、渉っ!!」
 
 脱兎の勢いで走る背に、怒鳴る。
 すると渉は笑いながら、こっちを振り返った。
 
「やべえ。逃げるで、沙也!」
「はいっ」
 
 軽やかな笑い声をたてながら、二人は遠ざかっていく。
 俺は、ポツンと取り残されてわなわなと震えた。
 
「……なんなん、それ~っ」
 
 逃げろって何?! 俺は鬼か何かなん? 両の拳を握って、悔しさなんか悲しさなんかわからん涙をこらえとったら……ぽん、と肩を叩かれる。
 
「どした、つむぎ? 授業遅れんで」
 
 缶コーヒーを携えた田中が、不思議そうな顔しとる。
 
「わーん、田中~~!」
 
 和やかな友人に、泣いて飛びついてしもた。
 
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