六年目の恋、もう一度手を繋ぐ
――なんで、渉がおるん……!?
約束もせんと、うちに来ることなんて、最近じゃほとんどなかったのに。
びっくりして立ち尽くす俺に、渉は苛々と言う。
「鍵は? 俺、めっちゃ待っててんけど」
「あ、……ごめん! すぐ、開けるから」
反射的に謝ってから、「いや何でよ」と思う。
――連絡もないのに、うちに来てるとか解るわけないやんけ。
ちょっと釈然とせん思いで、スポーツバッグの底から鍵を引っ張り出す。タオルいっぱい持っていったから、迷子になっとる。ゴソゴソやってたら、渉が低い声で聞いて来た。
「……練習してきたん?」
「ああ、うん。副キャプに誘ってもろてなぁ。先輩ら、市営コートで練習してはんねんて」
「ふうん」
「めっちゃ楽しかってん……! やっぱ先輩らすごいよなー」
話すうちに嬉しい気分が戻ってきて、声が弾んだ。でも、ほんまに先輩らの熱意に触れてさ、よかったって思うねん。朝練からずっと、胸につかえてたもやもやが、晴れた気ぃするもん。
「……」
「そんでな、今度また皆でおいでって――あ、あったあった」
ヘラヘラ話しながら、やっと発見した鍵でドアを開ける。
ドアノブを捻り、押し開けたところで――いきなり、後ろからどんと背を押された。
「――わあっ!?」
バタン! と勢いよくドアが叩き閉められる。
ぐいぐいと荒っぽく押し込まれて、靴箱に背中を押し付けられる。ガツン、と腰がぶつかって、棚の上の写真立てが音を立てて倒れた。
「痛っ……ちょお、何……!?」
何すんねん、こいつ! カッとなって、覆いかぶさる渉を見上げた俺は、固まった。
明かりのついてない玄関で、渉は真っ黒い影みたいに見えたんや。もちろん、どんな顔してるかなんて、全然見えへんし。
「……っ!」
でも、はちゃめちゃに怒ってるんは伝わって来てた。渉から発されるフェロモンが、ぴりぴりと肌を刺すような威圧感を与えてきてたから。
――やば。
たら、と冷や汗がこめかみを伝う。何かしらんけど、こいつめっちゃキレてるやん。
「……っ、な、何すんねん。痛いやろ」
必死に平常心を保って、俺は抗議する。ビビってる様子を見せたら、渉につけこまれる気ィしたから。せやけど、渉はふんと鼻を鳴らしただけや。
「なにって。つむぎこそ、何とぼけてんの?」
「は……とぼけて、って……」
「こんな時間まで、男と一緒におってさ。ふつう俺の機嫌とか、考えへん?」
端正な顔が、にこりと笑う。本当に機嫌の悪いときの渉のくせに、ひゅっと息を飲んだ。
「あ……!」
手首を掴まれて、壁に押さえ込まれてまう。そんなんされへんくても、威圧感ですっかり動けへんかったのに。俺は、上ずった声で怒鳴った。
「ちょっと、離してや……!」
「うるさいって。近所迷惑やん」
「う……!!」
冷たく言った渉が、顔を寄せてくる。そのまま、おもむろに唇を塞がれて、目を見ひらいた。
「ん――!?」
強引に重ねられた唇のなかで、呻き声を上げた。性急に唇をわって、舌が入り込んでくる。熱い舌が俺のそれに絡んで、めちゃくちゃに暴れてきた。
「や……ぅあ……!」
息苦しさに、涙が滲む。必死に身を捩るのに、大柄な渉に覆いかぶさられてるせいで、全然抵抗できひん。
――なんでや! なんで、俺が責められてんの……?!
無茶苦茶に口を貪られながら、怒りが胸にこみ上げる。
テニスの練習で、外に出てただけやっちゅうのに。自分のほうこそ、夜遅くまで沙也さんの家に入り浸っとるくせに……!
そう思ったら、先輩らに誘ってもらえて、誇らしかった気もちとかまで汚される気がしてさ。
耐え難くて、思い切り口に噛みついていた。
「……痛ッ!」
渉がパッと身を引く。
「はあ……はあ……」
俺は、解放された口で、せわしく呼吸する。血が出たのか、俺の口の中にも金物みたいな味がした。
「つむぎ、お前――」
苛立たしげに、渉が唸った。けど、俺も怒ってるんや。
「うっさい! 意味の分からん言いがかり、つけんなさ……! 俺にも、風間先輩にも失礼なんやで!」
近所迷惑にならんよう、声を絞って怒鳴る。
「お前やろ、沙也さんとイチャイチャしてんのは……!! 言いがかりつけるまえに、自分の行いから、直したらどうなんっ?」
もやもやをぶつけてやって、はあと深く息を吐いた。
――よっしゃ、言うたった!
俺の荒い息が静かな玄関に響く。
そろそろ、暗いのに目が慣れて来て、渉の顔が見えてきた。
「……っ」
けど、見えん方が良かったかな、って思うかも。眦がつり上がり、目がぎらぎら光っとる。テニスの相手が手ごわいときでも、こんな顔してへんやろ。
――俺は親の敵か!?
おっちゃんもおばちゃんもご健在やろうが! と慄いて、腕から逃れようとする。すると、逆に腕を引っつかまれて、床に突き倒された。
「あっ!?」
廊下に、どさっと倒れ込む。とっさに受け身をとったけど、体を打ち付けてゲホゲホと咳き込んだ。その上に、渉が馬乗りになってきた。
Tシャツに手を突っ込まれて、ぎゃあと悲鳴を上げる。
「ちょ、ちょ……ふざけんなッ。何考えてんの?」
「ヤる」
「はああ?!」
無駄にきっぱりと言い切られ、目を向いた。
「アホか! どいてよ……! 俺、したくないって言うたやん!」
じたばたと足を振ると、シューズを履いたままの踵が、どこどこと床を打った。渉は、我関せずで、俺のTシャツをぐいと捲る。鎖骨までをぺろりと露わにされて、顔がかっと火照った。
「やめて!」
「チッ……暗いから、よう見えへん」
「当たり前や! ボケ、どけ!」
「……うっさ」
ぎゃあぎゃあ怒鳴る俺に、渉はうざそうに呟く。デカい体を屈めて、俺の胸に顔を埋めてきた。ぺろ、とあらぬ部分を舐められて、「ひぇっ」と声が漏れた。
「しょっぱ」
「――っ!?」
無遠慮な言葉に、顔から火を噴きそうになる。
「あ、当たり前やろッ、テニスしてきたんやから……ええから、どけってば!」
ごつい肩を、両手でぐいぐい押す。しかし、渉のアホは岩のようや。しかも、意地になったんか知らんけど、鎖骨にちゅっと吸い付いてくる。
「い……いやってばぁ……渉……!」
渉は、制止なんて聞こえてへんみたいやった。でっかい手で俺の肩を抑え込んで、気ままに振舞ってくる。
そんなに勝手されると、胸が痛いのに。
「……ゃ……」
俺のからだは、やっぱりアホで。あちこちに熱い唇が触れるたび、肩がびくっと震えてまう。渉は気をよくしたみたいに、どんどん動きを妖しくする。
――や、そこは……!
際どいところにちゅっとキスされて、思わずきつく目を閉じた。
「つむぎ、可愛いな」
掠れた声が、囁く。揶揄ってるんや。俺は、かあと赤らんだ顔を背けた。
「……っ、うるさい……!」
「つむぎは、俺が大好きやもんなぁ」
渉は、喉を鳴らして笑う。がばりと抱き寄せられ、甘くスパイシーな香りに包まれる。――俺の大好きな、渉の匂い。
肩を押していた手が、ぐにゃりとたわむ。
「可愛いなあ、つむちゃんはぁー。もう、くだらん意地はるんやないで?」
大きい手に、よしよしと頭を撫でられて……胸が敗北感にいっぱいになる。
――くやしい……! 何で、俺は……こんなに……
こんなに雑に扱われてんのに、渉のことが好きやなんて。
沙也さんのことはムカつくし、見当違いな怒りも意味わからへんのに……渉に構われて、嬉しい。
「うう……っ」
歯を食いしばった頬に、熱い涙が伝う。
……だって。
ぎゅっと閉じたまぶたの裏に、渉の背中が見えるんやもん。
沙也さんと連れ立ってく楽しそうな横顔。一緒にいる俺を無視して、ボールを追う背中も――。
あの寂しさに比べたら、構ってもらえるだけええやんかと思ってしまう。
離れてかんといて、って怯えてしまうねん。
――なんて、あかんたれなんやろ……。
情けなくて、ぐすりと鼻を鳴らしてると、渉は俺の頭をぎゅっと抱いた。
「なあ、今日はええやろ? やらしてや」
機嫌の良い声が、耳に吹き込まれる。長い指が、トレパンのゴムを、遊ぶように弾いとる。
心はいやや、って叫ぶ。
せやのに……俺は、渉の胸に頬を埋めたまま、小さく頷いてしもた。
「やった」
と無邪気に渉が笑う。
意気揚々とのしかかってくる暴君は、俺が泣いてることも気に留めてへんみたいやった。
……それでも、拒めへん。自分が嫌やった。
約束もせんと、うちに来ることなんて、最近じゃほとんどなかったのに。
びっくりして立ち尽くす俺に、渉は苛々と言う。
「鍵は? 俺、めっちゃ待っててんけど」
「あ、……ごめん! すぐ、開けるから」
反射的に謝ってから、「いや何でよ」と思う。
――連絡もないのに、うちに来てるとか解るわけないやんけ。
ちょっと釈然とせん思いで、スポーツバッグの底から鍵を引っ張り出す。タオルいっぱい持っていったから、迷子になっとる。ゴソゴソやってたら、渉が低い声で聞いて来た。
「……練習してきたん?」
「ああ、うん。副キャプに誘ってもろてなぁ。先輩ら、市営コートで練習してはんねんて」
「ふうん」
「めっちゃ楽しかってん……! やっぱ先輩らすごいよなー」
話すうちに嬉しい気分が戻ってきて、声が弾んだ。でも、ほんまに先輩らの熱意に触れてさ、よかったって思うねん。朝練からずっと、胸につかえてたもやもやが、晴れた気ぃするもん。
「……」
「そんでな、今度また皆でおいでって――あ、あったあった」
ヘラヘラ話しながら、やっと発見した鍵でドアを開ける。
ドアノブを捻り、押し開けたところで――いきなり、後ろからどんと背を押された。
「――わあっ!?」
バタン! と勢いよくドアが叩き閉められる。
ぐいぐいと荒っぽく押し込まれて、靴箱に背中を押し付けられる。ガツン、と腰がぶつかって、棚の上の写真立てが音を立てて倒れた。
「痛っ……ちょお、何……!?」
何すんねん、こいつ! カッとなって、覆いかぶさる渉を見上げた俺は、固まった。
明かりのついてない玄関で、渉は真っ黒い影みたいに見えたんや。もちろん、どんな顔してるかなんて、全然見えへんし。
「……っ!」
でも、はちゃめちゃに怒ってるんは伝わって来てた。渉から発されるフェロモンが、ぴりぴりと肌を刺すような威圧感を与えてきてたから。
――やば。
たら、と冷や汗がこめかみを伝う。何かしらんけど、こいつめっちゃキレてるやん。
「……っ、な、何すんねん。痛いやろ」
必死に平常心を保って、俺は抗議する。ビビってる様子を見せたら、渉につけこまれる気ィしたから。せやけど、渉はふんと鼻を鳴らしただけや。
「なにって。つむぎこそ、何とぼけてんの?」
「は……とぼけて、って……」
「こんな時間まで、男と一緒におってさ。ふつう俺の機嫌とか、考えへん?」
端正な顔が、にこりと笑う。本当に機嫌の悪いときの渉のくせに、ひゅっと息を飲んだ。
「あ……!」
手首を掴まれて、壁に押さえ込まれてまう。そんなんされへんくても、威圧感ですっかり動けへんかったのに。俺は、上ずった声で怒鳴った。
「ちょっと、離してや……!」
「うるさいって。近所迷惑やん」
「う……!!」
冷たく言った渉が、顔を寄せてくる。そのまま、おもむろに唇を塞がれて、目を見ひらいた。
「ん――!?」
強引に重ねられた唇のなかで、呻き声を上げた。性急に唇をわって、舌が入り込んでくる。熱い舌が俺のそれに絡んで、めちゃくちゃに暴れてきた。
「や……ぅあ……!」
息苦しさに、涙が滲む。必死に身を捩るのに、大柄な渉に覆いかぶさられてるせいで、全然抵抗できひん。
――なんでや! なんで、俺が責められてんの……?!
無茶苦茶に口を貪られながら、怒りが胸にこみ上げる。
テニスの練習で、外に出てただけやっちゅうのに。自分のほうこそ、夜遅くまで沙也さんの家に入り浸っとるくせに……!
そう思ったら、先輩らに誘ってもらえて、誇らしかった気もちとかまで汚される気がしてさ。
耐え難くて、思い切り口に噛みついていた。
「……痛ッ!」
渉がパッと身を引く。
「はあ……はあ……」
俺は、解放された口で、せわしく呼吸する。血が出たのか、俺の口の中にも金物みたいな味がした。
「つむぎ、お前――」
苛立たしげに、渉が唸った。けど、俺も怒ってるんや。
「うっさい! 意味の分からん言いがかり、つけんなさ……! 俺にも、風間先輩にも失礼なんやで!」
近所迷惑にならんよう、声を絞って怒鳴る。
「お前やろ、沙也さんとイチャイチャしてんのは……!! 言いがかりつけるまえに、自分の行いから、直したらどうなんっ?」
もやもやをぶつけてやって、はあと深く息を吐いた。
――よっしゃ、言うたった!
俺の荒い息が静かな玄関に響く。
そろそろ、暗いのに目が慣れて来て、渉の顔が見えてきた。
「……っ」
けど、見えん方が良かったかな、って思うかも。眦がつり上がり、目がぎらぎら光っとる。テニスの相手が手ごわいときでも、こんな顔してへんやろ。
――俺は親の敵か!?
おっちゃんもおばちゃんもご健在やろうが! と慄いて、腕から逃れようとする。すると、逆に腕を引っつかまれて、床に突き倒された。
「あっ!?」
廊下に、どさっと倒れ込む。とっさに受け身をとったけど、体を打ち付けてゲホゲホと咳き込んだ。その上に、渉が馬乗りになってきた。
Tシャツに手を突っ込まれて、ぎゃあと悲鳴を上げる。
「ちょ、ちょ……ふざけんなッ。何考えてんの?」
「ヤる」
「はああ?!」
無駄にきっぱりと言い切られ、目を向いた。
「アホか! どいてよ……! 俺、したくないって言うたやん!」
じたばたと足を振ると、シューズを履いたままの踵が、どこどこと床を打った。渉は、我関せずで、俺のTシャツをぐいと捲る。鎖骨までをぺろりと露わにされて、顔がかっと火照った。
「やめて!」
「チッ……暗いから、よう見えへん」
「当たり前や! ボケ、どけ!」
「……うっさ」
ぎゃあぎゃあ怒鳴る俺に、渉はうざそうに呟く。デカい体を屈めて、俺の胸に顔を埋めてきた。ぺろ、とあらぬ部分を舐められて、「ひぇっ」と声が漏れた。
「しょっぱ」
「――っ!?」
無遠慮な言葉に、顔から火を噴きそうになる。
「あ、当たり前やろッ、テニスしてきたんやから……ええから、どけってば!」
ごつい肩を、両手でぐいぐい押す。しかし、渉のアホは岩のようや。しかも、意地になったんか知らんけど、鎖骨にちゅっと吸い付いてくる。
「い……いやってばぁ……渉……!」
渉は、制止なんて聞こえてへんみたいやった。でっかい手で俺の肩を抑え込んで、気ままに振舞ってくる。
そんなに勝手されると、胸が痛いのに。
「……ゃ……」
俺のからだは、やっぱりアホで。あちこちに熱い唇が触れるたび、肩がびくっと震えてまう。渉は気をよくしたみたいに、どんどん動きを妖しくする。
――や、そこは……!
際どいところにちゅっとキスされて、思わずきつく目を閉じた。
「つむぎ、可愛いな」
掠れた声が、囁く。揶揄ってるんや。俺は、かあと赤らんだ顔を背けた。
「……っ、うるさい……!」
「つむぎは、俺が大好きやもんなぁ」
渉は、喉を鳴らして笑う。がばりと抱き寄せられ、甘くスパイシーな香りに包まれる。――俺の大好きな、渉の匂い。
肩を押していた手が、ぐにゃりとたわむ。
「可愛いなあ、つむちゃんはぁー。もう、くだらん意地はるんやないで?」
大きい手に、よしよしと頭を撫でられて……胸が敗北感にいっぱいになる。
――くやしい……! 何で、俺は……こんなに……
こんなに雑に扱われてんのに、渉のことが好きやなんて。
沙也さんのことはムカつくし、見当違いな怒りも意味わからへんのに……渉に構われて、嬉しい。
「うう……っ」
歯を食いしばった頬に、熱い涙が伝う。
……だって。
ぎゅっと閉じたまぶたの裏に、渉の背中が見えるんやもん。
沙也さんと連れ立ってく楽しそうな横顔。一緒にいる俺を無視して、ボールを追う背中も――。
あの寂しさに比べたら、構ってもらえるだけええやんかと思ってしまう。
離れてかんといて、って怯えてしまうねん。
――なんて、あかんたれなんやろ……。
情けなくて、ぐすりと鼻を鳴らしてると、渉は俺の頭をぎゅっと抱いた。
「なあ、今日はええやろ? やらしてや」
機嫌の良い声が、耳に吹き込まれる。長い指が、トレパンのゴムを、遊ぶように弾いとる。
心はいやや、って叫ぶ。
せやのに……俺は、渉の胸に頬を埋めたまま、小さく頷いてしもた。
「やった」
と無邪気に渉が笑う。
意気揚々とのしかかってくる暴君は、俺が泣いてることも気に留めてへんみたいやった。
……それでも、拒めへん。自分が嫌やった。
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