六年目の恋、もう一度手を繋ぐ

「つむぎー、昼メシ行こやぁ……って何やっとん?」

 昼休みになり、俺のクラスにやってきた田中は、目を丸くした。俺は、山積みの課題プリントに埋もれながら、返事をする。

「ご、ごめん、田中! ちょお、待って……!」
「そりゃええけど。宿題忘れたん?」
「いや……あはは」

 不思議そうな田中に、思わず苦笑いしてまう。すると、近くにおったクラスメイトが笑いながら、俺の頭をわしわしと撫でた。

「それが、つむぎなあ。数学の授業で、英語のテキストひらいとってんで」
「そんで、罰としてテキスト倍やらされてんの。珍しいポカやろー?」
「ほんまに!? 命知らずな」

 田中がのけ反って、周囲でどっと笑い声が上がった。

「ううっ、みんな他人事やと思って……」

 と恨めしく呟いてみるものの、俺が悪いからしゃあない。なにせ、数学の先生ってめっちゃ怖いんよな。授業で集中してへんかったら、立たされてお説教&課題倍増の憂き目にあうねん。
 やから俺も、いつもはめっちゃ気をつけてんねんけど。
 今日は、ミニゲームのことが頭から離れんくて――。俺は、手ごたえのない勝利を掴んだ手を、ぐっと握りしめる。
 すると窓際の席から、明るい笑い声が聞こえて、肩が震えた。

「ほら、渉っ。投げ出さないで、ちゃんとプリント解いてください」
「わからんねんもん。沙也がかわりに解いてやぁ」

 沙也さんに詰め寄られて、机に突っ伏した渉が甘えた声を上げる。ちょっと前まで、俺しか聞かへんかったその声に、胸の奥がざわつく。

「それじゃ意味ないですし……そうだ、ちゃんと解けたら、ご褒美あげます」
「ほんま!?」

 がばっと身を起こした渉が、犬のように目を輝かせる。沙也さんは教科書で顔を隠しながら、恥ずかしそうに頷いた。

「よっしゃ! ご褒美ゲットや」

 急にやる気を出した渉は、嬉しそうな声を張り上げる。――わざと聞かせてんのかよ、って邪推しそうになって、唇を噛み締めた。
 俺と違って、朝練の後から、渉と沙也さんはやたらテンションが高かった。いつもやったら、俺も間に割って入ってくねんけどさ。
 今は……なんか元気が出えへん。
 俯いた俺の背を、田中がポンッと叩く。

「大丈夫か、つむぎ。今日は一年ミーティングやけど……」
「……あッ!」

 憐れむような目に、俺はハッとした。
 

 *
 

 俺達テニス部は、チームメイト同士の結束を固めるために、同輩で集まってごはん食べる日があるねん。
 だいたい、隔週で空き教室に集まってな。練習についてとか、学生生活について話し合うわけなんよ。
 
 ――あ~~、最悪やぁ。
 
 空き教室の机に突っ伏して、俺は頭を抱えた。
 いつもは楽しみなミーティングやけど、今日は全然嬉しくない。なにせ――俺は、ちらっと対岸の席を見る。俺の正面に渉が、その右隣に沙也さんが座っとる。ふたりとも弁当持って楽しそうや。
 渉め、人の気も知らんと……そう思って睨んでたら、目が合った。

「……っ?」

 どきりとする。渉は笑いを引っ込めて、じっと見つめてきよる。
 
 ――な、なんなん……?
 
 おろおろと俯くと、渉の笑い声が聞こえた。いつものしたり顔が、見なくても目に浮かぶ。
 思わず、カッとなったとき、

「お待たせ!みんな揃っとる?」
「腹減った~」

 カップうどんとあんパンを携えた、購買組のアッキーと加藤がやってきた。
 いざミーティングが始まると、渉は俺の方を見てへんかった。

「――ってわけでさ。今朝のミニゲーム、みんな練習より固なってたやん。俺としては、もうちょいゲーム形式の練習した方がええと思うねん」
「せやなぁ。俺なんか、試合経験浅すぎやし~。めっちゃあがってまうからさ~」

 田中の提案に、加藤が同意する。アッキーがうどんを啜りながら、首を傾げた。

「けど、いつやるよ? 部活中は、メニュー決まっとるし。いっぱいいっぱいやん」
「たしかに……」

 俺達は顔を見合わせて、ううんと唸った。

「渉、その鶏むね肉の炊き込みご飯、どうですか?」
「めっちゃうまい!」

 浮かれた会話が割り込んできて、頬が引き攣った。
 気にせんとこうとしても、目の前ではしゃがれたら、どうしようもないやんなぁ!?
 俺は、むかむかする胸を押さえ、渉を睨んだ。しかし、相手はどこ吹く風で、沙也さんの持って来た弁当にぱくついとる。

「おい、お前らもミーティング参加せえさ」
「俺らはええわ。なんか決まったら教えてや」

 田中が窘めると、渉は悪びれもせず言う。いつもの口上に、俺らは顔を見合わせた。

「いや、話し合いをすることが大事かなあって……」
「そもそも、僕と渉の意見なんて通らないでしょう?なら、いいじゃないですか」

 俺を遮って、沙也さんがツンと顔を背ける。

「そんなこと……!」
「渉。たまご焼きにはツナを巻いたんですよ。野菜も大事ですけど、まずはタンパク質ですから。朝もおにぎりだけとか、信じられません」
「おう、ありがとうな。色々考えてくれて」

 俺のことはサッパリ無視して、二人で話し出してるし。
 
 ――悪かったな、おにぎりだけでっ。渉が朝弱いから、ちゃっと食べれるもんにしてんのに……!
  
 かっかしとったら、田中が肩を竦め、「ほっとこう」って小声で言う。憤懣やるかたない気持ちで、二人に釘付けになる目をもぎりとったときやった。

「渉はレギュラーなんですから、ちゃんと体つくりしなきゃ! これからは、僕が目を光らせますよ」

 没収です、と渉の弁当を奪い取った沙也さんに、俺は思わず「ちょっと!」と声を上げた。

「それは、あかんやろ……! おばちゃんが、作ってくれた弁当なんやから」

 渉のお母さんは、めっちゃ忙しいねん。それでも、渉が部活を頑張れるように、毎日お弁当を作ってくれてんのに。
 俺は、きっと渉を睨んだ。

「沙也さんの弁当、食べるのは勝手やけど! おばちゃんの弁当だけは、残したらあかんねんからな!」

 思いきり怒鳴ると、シーン……と空き教室が静まり返った。
 渉は、鳩が豆鉄砲を食ったみたいに、ぽかんとしとる。

「つ、つむぎ?」

 アッキーが驚いた顔で、俺を見てる。室内にいた他のグループの視線も集まってて、俺はぼっと赤面した。

「あ……ご、ごめん。でっかい声出して……! ちょっと、飲み物買ってくる!」

 いたたまれんくて、俺は教室を飛び出した。
 ざわつく廊下を早歩きで移動しながら、俺は「あああ」と唸った。
 
 ――めっちゃ怒鳴ってしもた……!
 
 また、やってしもた。部活のときに、プライベートの空気出さんようにしてたのに、ついカッとなって……。
 人だかりになってる購買に着くと、列の最後尾に並んだ。
 あとからやってきて、ひとの弁当にケチつける沙也さんに腹立った。そんで、へらへらしとる渉にも。
 列の流れにしたがいながら、棚からコーヒー牛乳をとる。ポケットに入れていた財布を探り出して、ふうとため息を吐いた。
 
 ――でも。俺の嫉妬も入ってるかも……
 
 俺かて、渉のお弁当作りたかった。
 でも、さすがに昼までは……おばちゃんが渉の為に、いろいろ工夫してお弁当作ってんの知ってたから。
 幼なじみの俺の越えられへんライン、やすやすと越えてく沙也さんが、妬ましかったんかもしれん……。

「はあ……嫉妬なんかなあ……」

 自分が醜く思えて、いやや。暗い気持ちで会計を済ませて購買を出ると、見知った人と行き会う。

「お、つむぎ」
「副キャプテン!こんにちは」

 挨拶すると、副キャプテンはにこにこ笑って近づいて来た。

「ちょうど会えてよかったわ。――ちょっと聞きたいねんけど、今夜の予定どうなってる?」
「え?」

 にこやかに尋ねられ、俺は目を瞬いた。
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