六年目の恋、もう一度手を繋ぐ
「ゲーム! アンドウォンバイ、高中・小山内 !」
加藤が高らかに宣言し、わあっと歓声がコートを包む。
「すげぇやん、渉! まさかの大逆転劇や!」
「さすが一年エースやなぁ!」
コートを囲む仲間たちが、興奮気味に話してるんが聞こえてきた。俺も呆然として膝に手をつき、荒い息を吐く。
――信じられへん。勝ってしまうやなんて……
あの後、試合展開は急転した。渉の連続ポイントで、追いつき追い越し……まさかの逆転勝利をおさめたんや。
「……っ」
俺は、何も出来ひんかったのに。ラケットをぎゅっと握りしめ、渉を振り返る。いつも通り、シャツを引っ張って汗を拭ってる渉が、どこか違って見える。
「おい! タラタラしてんな。握手!」
山田先輩の大音声が響いた。俺は、慌ててネットまで駆け寄った。渉が後ろに来とる足音に、少し安堵しながら。
「すみません!」
ネットごしに、山田先輩と副キャプと握手を交わす。熱く濡れた手のひらに、先輩らの本気さを感じて、どきりとした。
「先輩、ありがとうございましたっ」
「ええ動きしてたで、つむぎ。なあ、ヤマ」
「そうすかね。まあ、ああいう状況でミスせんのは褒めたるわ」
「あはは……」
俺は、ぎこちなく笑った。
ああいう状況、って言うのは……渉の独壇場って意味やろな。あそこで得点に絡めへん俺は、ミスせんようにだけつとめてたの、先輩らにはバレバレやったんや。
ついで、渉も握手をする。
「今回はやられたわ。無茶な奴やなぁ、渉は」
「っす」
副キャプの賛辞に、渉は軽く会釈する。山田先輩は気に入らへんかったんか、じろりと渉を睨んだ。
「高中。勝ったからて図に乗んなよ。2ゲームぽっち、何の駆け引きもないんやからなぁ!」
「はあ、そうすね」
「……渉!」
白けた顔で、肩をすくめてみせる渉にぎょっとする。なんでそんなに好戦的やねん。狼狽していると、山田先輩が額に青筋を浮かべ、吼える。
「クソガキが……ええか、高中。お前がやったんは、ダブルスとちゃうわ!」
太い声が、俺の胸を貫く。
副キャプが低く叫んだ。
「ヤマ!!」
ふだん穏やかな副キャプの怒声に、コートがシンと静まり返る。山田先輩も、ぐっと押し黙った。
「その辺にせえ。負けたからって、騒ぐのはカッコ悪いで」
「……うす。すんません」
萎れてる山田先輩に頷いて見せると、副キャプはころりと笑顔になった。
「お前ら、すまんな。色々ええ勉強になったわ!」
「あっ、いえいえ! こちらこそ、ありがとうございました!」
すまなそうに片目をつぶられ、俺は慌てて頭を振った。
すると、副キャプは山田先輩の背を押し、コートを出ていかはった。出て行く寸前に見えた、二人の横顔は真剣で……きっと、ペアとして、ゲーム内容の検討をするんやろうと思った。負けたあとは、それこそ念入りにせなあかんから――。
「……いいなぁ」
思わず呟いて、ハッとする。
――いいな、って何? 勝ったんやで、俺らは……。
試合に負ける悔しさより、ずっといいはずや。なのに……なんで、こんなに苦しいんやろう?
胸を押さえてぼんやりしていると、足下に影が重なってきた。
俺は、はっとして顔を上げた。
「つむぎ」
渉が、俺を見下ろしていた。
顎をふんと突き出して、得意そうな笑みを口に浮かべとる。「どうや!」と思っとるのが、ありありと伝わってくるん。
勝ち誇っとる割に、嫌みの一つもない渉に、俺はちょっと首を傾げた。
――もしかして、褒めてほしいんやろうか。
こういう時、俺はいつも思いっきり褒めてたから。小さいころからの習い性って言うのもあるけど……俺は、渉が好きやから、勝手に褒め言葉が出てくるねん。
「あ……そのっ」
せやのに、なんでかのどが干からびてしもて、声が出えへん。目の前の渉を見上げたまま、呆然と立ち尽くしとったら……渉が、少し不思議そうな顔をする。
「つむ――」
眉を寄せ、俺に手を伸ばしてきた……そのとき、
「渉ーっ!」
澄んだ声が響き渡る。
たかたかと軽い足音が近づいてきたと思うと、細身のシルエットが俺と渉の間に割り込んできた。
「……っ!?」
逞しい胸に飛び込んだ黒髪に、俺はゾッとする。
「うわっ、沙也!?」
「渉、すごかったですっ!」
ぎょっと声を上げた渉に、沙也さんが明るい声で賛辞を贈る。白く繊細な頬が薔薇色に染まって、目がきらきらしとる。ほんまに、「渉が勝って嬉しい」と伝わる様子に、呆気にとられていた渉が笑顔になる。
「さっきのプレイはなんなんですか? あんなショット、見たことありませんっ」
「はは、そうやろ! また、教えたるわ」
心から嬉しそうな渉に、俺は胸が詰まった。
――そんなに嬉しい? 俺は……
けど、沙也さんが近づいたのを皮切りに、わらわらと試合を見ていたみんなが駆け寄ってくる。渉の背を叩いたりしながら、興奮気味に賛辞をおくっとる。
俺は、次第に押しのけられて……渉から遠のいてしもた。
「つむぎ、おめでと~。にしても、渉のやつすげぇやんなあ。あんなん出来るとは思わんかったわ~」
「加藤……」
審判台を下りた加藤が、俺の肩を叩く。チームメイトの躍進を喜ぶ、まっすぐな気持ちが伝わってきて……俺は、一気に後ろめたくなる。
「ナイスジャッジ、加藤。俺……クールダウンしがてら、田中とアッキーの様子見てくるわ」
これ以上、重たい感情を抱えて、ここにいたくなかったんや。加藤は不思議そうに目を瞬く。
「えっ、渉は……」
「後で行くやろ。今は、ヒーローやから!」
俺は誤魔化すように笑うと、走ってコートを出た。
――あかん。なんか変や、俺……
一目散に走る俺は、気づかんかった。輪の中心から渉が見ていたことなんて――。
加藤が高らかに宣言し、わあっと歓声がコートを包む。
「すげぇやん、渉! まさかの大逆転劇や!」
「さすが一年エースやなぁ!」
コートを囲む仲間たちが、興奮気味に話してるんが聞こえてきた。俺も呆然として膝に手をつき、荒い息を吐く。
――信じられへん。勝ってしまうやなんて……
あの後、試合展開は急転した。渉の連続ポイントで、追いつき追い越し……まさかの逆転勝利をおさめたんや。
「……っ」
俺は、何も出来ひんかったのに。ラケットをぎゅっと握りしめ、渉を振り返る。いつも通り、シャツを引っ張って汗を拭ってる渉が、どこか違って見える。
「おい! タラタラしてんな。握手!」
山田先輩の大音声が響いた。俺は、慌ててネットまで駆け寄った。渉が後ろに来とる足音に、少し安堵しながら。
「すみません!」
ネットごしに、山田先輩と副キャプと握手を交わす。熱く濡れた手のひらに、先輩らの本気さを感じて、どきりとした。
「先輩、ありがとうございましたっ」
「ええ動きしてたで、つむぎ。なあ、ヤマ」
「そうすかね。まあ、ああいう状況でミスせんのは褒めたるわ」
「あはは……」
俺は、ぎこちなく笑った。
ああいう状況、って言うのは……渉の独壇場って意味やろな。あそこで得点に絡めへん俺は、ミスせんようにだけつとめてたの、先輩らにはバレバレやったんや。
ついで、渉も握手をする。
「今回はやられたわ。無茶な奴やなぁ、渉は」
「っす」
副キャプの賛辞に、渉は軽く会釈する。山田先輩は気に入らへんかったんか、じろりと渉を睨んだ。
「高中。勝ったからて図に乗んなよ。2ゲームぽっち、何の駆け引きもないんやからなぁ!」
「はあ、そうすね」
「……渉!」
白けた顔で、肩をすくめてみせる渉にぎょっとする。なんでそんなに好戦的やねん。狼狽していると、山田先輩が額に青筋を浮かべ、吼える。
「クソガキが……ええか、高中。お前がやったんは、ダブルスとちゃうわ!」
太い声が、俺の胸を貫く。
副キャプが低く叫んだ。
「ヤマ!!」
ふだん穏やかな副キャプの怒声に、コートがシンと静まり返る。山田先輩も、ぐっと押し黙った。
「その辺にせえ。負けたからって、騒ぐのはカッコ悪いで」
「……うす。すんません」
萎れてる山田先輩に頷いて見せると、副キャプはころりと笑顔になった。
「お前ら、すまんな。色々ええ勉強になったわ!」
「あっ、いえいえ! こちらこそ、ありがとうございました!」
すまなそうに片目をつぶられ、俺は慌てて頭を振った。
すると、副キャプは山田先輩の背を押し、コートを出ていかはった。出て行く寸前に見えた、二人の横顔は真剣で……きっと、ペアとして、ゲーム内容の検討をするんやろうと思った。負けたあとは、それこそ念入りにせなあかんから――。
「……いいなぁ」
思わず呟いて、ハッとする。
――いいな、って何? 勝ったんやで、俺らは……。
試合に負ける悔しさより、ずっといいはずや。なのに……なんで、こんなに苦しいんやろう?
胸を押さえてぼんやりしていると、足下に影が重なってきた。
俺は、はっとして顔を上げた。
「つむぎ」
渉が、俺を見下ろしていた。
顎をふんと突き出して、得意そうな笑みを口に浮かべとる。「どうや!」と思っとるのが、ありありと伝わってくるん。
勝ち誇っとる割に、嫌みの一つもない渉に、俺はちょっと首を傾げた。
――もしかして、褒めてほしいんやろうか。
こういう時、俺はいつも思いっきり褒めてたから。小さいころからの習い性って言うのもあるけど……俺は、渉が好きやから、勝手に褒め言葉が出てくるねん。
「あ……そのっ」
せやのに、なんでかのどが干からびてしもて、声が出えへん。目の前の渉を見上げたまま、呆然と立ち尽くしとったら……渉が、少し不思議そうな顔をする。
「つむ――」
眉を寄せ、俺に手を伸ばしてきた……そのとき、
「渉ーっ!」
澄んだ声が響き渡る。
たかたかと軽い足音が近づいてきたと思うと、細身のシルエットが俺と渉の間に割り込んできた。
「……っ!?」
逞しい胸に飛び込んだ黒髪に、俺はゾッとする。
「うわっ、沙也!?」
「渉、すごかったですっ!」
ぎょっと声を上げた渉に、沙也さんが明るい声で賛辞を贈る。白く繊細な頬が薔薇色に染まって、目がきらきらしとる。ほんまに、「渉が勝って嬉しい」と伝わる様子に、呆気にとられていた渉が笑顔になる。
「さっきのプレイはなんなんですか? あんなショット、見たことありませんっ」
「はは、そうやろ! また、教えたるわ」
心から嬉しそうな渉に、俺は胸が詰まった。
――そんなに嬉しい? 俺は……
けど、沙也さんが近づいたのを皮切りに、わらわらと試合を見ていたみんなが駆け寄ってくる。渉の背を叩いたりしながら、興奮気味に賛辞をおくっとる。
俺は、次第に押しのけられて……渉から遠のいてしもた。
「つむぎ、おめでと~。にしても、渉のやつすげぇやんなあ。あんなん出来るとは思わんかったわ~」
「加藤……」
審判台を下りた加藤が、俺の肩を叩く。チームメイトの躍進を喜ぶ、まっすぐな気持ちが伝わってきて……俺は、一気に後ろめたくなる。
「ナイスジャッジ、加藤。俺……クールダウンしがてら、田中とアッキーの様子見てくるわ」
これ以上、重たい感情を抱えて、ここにいたくなかったんや。加藤は不思議そうに目を瞬く。
「えっ、渉は……」
「後で行くやろ。今は、ヒーローやから!」
俺は誤魔化すように笑うと、走ってコートを出た。
――あかん。なんか変や、俺……
一目散に走る俺は、気づかんかった。輪の中心から渉が見ていたことなんて――。