六年目の恋、もう一度手を繋ぐ
楽しく練習しとるうちに、先輩たちも続々コートに現れた。
「おはざーっす」
「副キャプ、早いっすね」
ラケットを振りながら入ってくる二年の先輩らに、俺らはシャキッと背筋を伸ばした。
「おはようございますッ!!」
ボールをとめて頭を下げる俺達一年ズに、先輩らは笑って「おう」とか「張り切ってるやんけ」と言わはった。それから、黙々とアップを始めたんを見て、田中がこそりと囁く。
「……副キャプ効果、すっげえな。怒鳴られもせんぞ」
「わかるぅ」
俺らだけやったら、怒鳴られとるとこや。二年の先輩らも熱心で、三年生の方より早く来て、練習しはるんよ。いつもは、俺らがコートにおったら「どけどけ」って感じやねんで。
しみじみしとったら、副キャプが笑う。
「ははは、これが三年の権力や。でもまあ、練習はじまるし。そろそろ整備しよか?」
「そうっすね!」
俺らは副キャプにお礼を言うて、コート整備をする。気を利かせたアッキーと加藤が、ドリンクを作りたしに行ってくれる間、俺と田中はボールの籠を出しに行った。
「失礼します。ここ、ボール置かしてもらいます!」
「おう、お疲れ」
二年の先輩らは、整備の済んだコートで、さっそくミニラリーを始めとる。副キャプは、二年の先輩らのストレッチを手伝ってあげてた。優しい。
「ふーっ、間に合ってよかったな」
田中とふたり笑いあっとると、背中をボカっとどつかれる。
「いってえ!」
振り返ったら、二年の山田先輩がラケットを肩に担いで、見下ろしとった。まくり上げたTシャツから、こん棒みたいな腕がつきだしとる。
「邪魔やお前ら。ぼさっとしとらんと、コートの隅に避けろ」
「はい! すませんした!」
傲岸に顎をしゃくられ、俺と田中はノミのようにフェンスまで逃げた。
ただただ厳しく怖い部長と違って、体育会系の極みみたいな山田先輩は、ガチで怖い。田中なんか、ちょっと泣きが入っとるもん。
「チッ……風間さん! 手ぇあいとったら、ちょっと打ってくださいよ。フォアの調子みたいんで」
「ほいほい。一年に凄むなやー」
ラケットをぶんぶん振る山田先輩に、副キャプが近づいてく(言うまでもなく、風間と言うのは副キャプの名字やで)。ふたりの為に、二年の先輩らも慌ててコートを空けはった。
「ほな、最初は流すで」
「お願いします」
副キャプの球出しで、ラリーが始まった。まだ軽く打ってるのに、段違いに速くて正確や。二年の先輩らも、二人に注目しとる。
「すげぇ……」
ほんまに上手い人は、流して打ってても、全然わかる。
さすが、レギュラーや。
見た目は、どヤンキーみたいな山田先輩と、爽やかアイドルみたいな副キャプは、ダブルス1のペアやねん。つまりは部内で一番、ダブルスが強くて……俺がひそかに目標にしとるペアなんやけど。
――副キャプ、頼むから俺がダブルス1になるって言うたこと、言わんといてぇ……!
山田先輩にバレたら、こめかみローリングされる!
コートの端っこに避けて、ガタガタ震えとったら、加藤とアッキーが戻ってくる。その後に続いて、コートに入ってきた奴らを見て、俺はあっと息を漏らした。
――渉。沙也さん……
二人は、お揃いのウェアから、すでに部のジャージに着替えとる。いっぱい練習して、着替えてから来たんか……そう思うと、胸がちりっと痛んだ。
「なんや、あいつら。ふたりで来たんか?」
「あ……朝練してくるんやって。ほら、沙也さんの指導って言うか」
不思議そうな皆に、二人が朝練をしてるといういきさつを話した。すると、加藤が「ふうん」と目を細めた。
「えらい優しいな~? いつもつむぎに引っ張られてきとったんに~」
「ひょっとして、ラブラブなんちゃう」
「あはは……」
ほんまは、付き合っとるのは俺なんやけどな……。
加藤とアッキーのやりとりに曖昧に笑っとったら、田中に肩を叩かれる。
「つむぎ! 俺らも、そこの隅でボレーボレーでもしてようぜ」
「田中……そうやなっ」
ニカッと笑った田中に、俺も笑い返す。四人でわいわい連れ立ってったら、渉と沙也さんと行き違った。楽しそうに喋って、こっちに挨拶もせん二人に、胸が詰まったけど――俺はぐっと堪えて、声をかけた。
「渉、沙也さん。朝の準備、副キャプもしてくれたから。お礼言うといてな」
「……」
俺に、ちらりと目だけ寄こした渉は、「ふん」と唇を尖らせて、歩きさる。明らかに「不機嫌です」と示す態度に、目をしばたたいた。
――なんなん、あいつ? 怒ったり、調子づいたり、忙しないな……
戸惑ってたら、沙也さんが立ち止まっていた。
形の良い眉を険しく寄せて、俺を睨んどる。
「……?」
睨まれる覚えがなくて、困惑してまう。そしたら、沙也さんはふいと顔を逸らし、「渉!」と後を追っていった。
「なんなん?」
睨まれるいわれなんてないから、ムッとしたけども。田中たちに呼ばれたんで、気にせんことにした。
*
その後、意外にも練習はふっつーに過ぎていった。
いつも通り、トレーニングや、球出しなどの基礎練から始まったわけなんやけど。渉も沙也さんも、真面目に部活に参加しとったん。それどころか――
「はっ!」
沙也さんは、軽いフットワークでコートを駆け、クロスラリーをこなしてた。昨日よりも、ぐんと上達した姿に、先輩らも驚きを隠せへんようやった。
「なんや、道前。えらい調子ええな」
「ええ! コーチがいいので」
二年の先輩らの賛辞にも、沙也さんは頬を上気させながら、明るく頷く。ふだんクールなぶん、沙也さんが嬉しそうにしていると、とても感じがいい。
「渉が練習をみてくれたんです! それで、こんなに打てるようになったんですよ」
「へえ~、渉もええとこあるやん」
嬉し気に話す沙也さんに、先輩らも微笑ましそうや。
昨日、めっちゃ殺気立ってたのが嘘みたい――。ええことなんやけど、ちょっとモヤつくのはなんでやろ? 隣のコートにおる渉と、沙也さんがアイコンタクトしてるからやろか。
――でもなあ……朝練効果があるなら、何も言えへんよ。いいことなんやろうしなぁ……!!
ふたりとも、問題になっとった球拾いもきちんとやってくれとったし。
何も、文句つけるところはないのよな。
先輩らの後にスポドリを飲みながら、休憩する二人を横目で窺う。距離があるもんで、何をしゃべってるんか分からんけど、二人とも笑顔全開やった。ムカッとはするものの……これは、ただの嫉妬やねんかなぁ。はあ。
「おい、練習再開するぞ!」
気もちが休まらんままコートに戻ると、部長が部員を見渡し、言った。
「今日は全員おるからな。二ゲーム先取のミニゲームやるぞ。Aコートでシングルス、Bコートでダブルスをやる。Cはレギュラー外の奴らで、好きにオーダー組んでやれ!」
「はい!」
気合のこもった返事が重なる。みんなテニスは好きやけど、やっぱり試合は格別や。一気にコートの熱気が上がった気がするで。
「Aコートは竹内と藤野! Bコートは風間・山田と渉・つむぎコートに入れ!」
きびしい声で名を呼ばれ、俺ははっとした。弾かれたように、離れた場所にいる渉を見る。渉は沙也さんと喋ってて、ちらっとも目が合わへん。
――試合……渉と、この状況で!?
俺は、薄寒いもんを感じた。せやけど、「つむぎ、渉!」とデカい声で名を呼ばれては、どうしようもない。
「渉、行こ」
渉と並んで、小走りにBコートに入ると、ネットを挟んだ向こうに副キャプと山田先輩が立っとった。
「おっ。久しぶりに幼なじみペア復活やん」
「だるいプレーしよったら、しばくからなぁ!」
爽やかに笑う副キャプと、親指で首を切るジェスチャーをしてくる山田先輩。対称的な二人に、愛想笑いしながら……俺は、隣に立つ渉の存在を、気にしてた。
試合前やっちゅうのに、しらっとした顔で、こっちを見もせん。
しかも最近、全然ペアの練習できてへん……このコンディションで、先輩らと試合になるんやろか?
不安ながら、フィッチしたらサーブ権は俺らのものになった。運はある、とちょっとだけホッとする。
――そうや……試合なんやから、ごちゃごちゃ考えとったらあかん。
向こうのコートでは、副キャプと山田先輩が作戦会議しとる。練習試合でも勝つ気満々の二人に、俺も気合を入れる。
「よっしゃ。渉、作戦決めよう。まず、サーブやねんけど……」
渉を振り返り、ぎょっと目を見ひらいた。
「渉、頑張ってくださいね! 僕、ここで応援してますから」
「おう、圧勝したるから見とき」
フェンス越しに立つ沙也さんと、渉はへらへら喋っとったんや。
――試合前に、何してんの!?
俺は、カッとなった。
「渉ッ! 作戦決める時間、なくなるやんっ」
我慢してたぶん、めっちゃ剣呑な声が出てまう。渉はため息を吐いて、振り返る。
「うっさいなあ……試合前から、キレやんといてくれん?」
「な……!? うっさくないよっ。副キャプと山田先輩が相手なんやで? 俺らも、全力でいかないと!」
鬱陶しそうな顔をする渉に、ここぞと捲し立てる。テニスに関しては、俺も真剣やから引けへん。きっと睨み上げると、渉は小馬鹿にしたように笑ってきた。
「つむぎは、必要かもしれへんけど? 俺は、べつに作戦とかいらんし?」
「……は?」
言われた意味が解らず、きょとんとする。
「ほな、沙也。頑張ってくるから、見といてや!」
「はいっ」
渉はにこやかに沙也さんに笑いかけ、コートに戻っていく。俺のことは置いて――ベースラインで、サーブのフォームを確認し始めた。向こうのコートでは、まだ副キャプたちが話しているのに……俺らはバラバラや。
――え? なんなん、これ……作戦も話さへんつもり?
喧嘩してるから? せやけど、今までは喧嘩していても、テニスには持ち込んだことなかったのに。
呆然としとったら、鋭い声がかけられる。
「足、引っ張らないで下さいね」
「……え」
沙也さんが、冷たい笑みを浮かべていた。
「どういう意味?」
「言葉の通りです。渉に、あの二人にはシングルスで負けなしだって聞きましたよ。つまり……この試合、負けたらあなたのせいってことですよね」
「……なっ?!」
失礼な言い草に、俺は目を剥いた。
「あの、沙也さん。ダブルスは、シングルスとは違うから……」
「渉は、シングルスなら負けなし。じゃあ、勝てもしないダブルスを、組んでる意味あるんでしょうか? 渉の輝かしい才能に、あなたが見合うかどうか……よく見せてもらいますから!」
沙也さんは言うだけ言って、つんとそっぽを向いた。
俺は、とんでもない侮辱に、わなわなと震える。
――こいつ……俺と渉が、どれだけ一緒に戦って来たかも知らんと……!
ぶん殴る代わりに、ラケットのグリップをぎゅっと強く握りしめた。俺は、コートに鼻息荒く戻り、サービスラインの砂を踏む。
見てろ、と頭の中で怒りの言葉がこだまする。
めっちゃいいプレイして、絶対に目にもの見せてやる!
「おはざーっす」
「副キャプ、早いっすね」
ラケットを振りながら入ってくる二年の先輩らに、俺らはシャキッと背筋を伸ばした。
「おはようございますッ!!」
ボールをとめて頭を下げる俺達一年ズに、先輩らは笑って「おう」とか「張り切ってるやんけ」と言わはった。それから、黙々とアップを始めたんを見て、田中がこそりと囁く。
「……副キャプ効果、すっげえな。怒鳴られもせんぞ」
「わかるぅ」
俺らだけやったら、怒鳴られとるとこや。二年の先輩らも熱心で、三年生の方より早く来て、練習しはるんよ。いつもは、俺らがコートにおったら「どけどけ」って感じやねんで。
しみじみしとったら、副キャプが笑う。
「ははは、これが三年の権力や。でもまあ、練習はじまるし。そろそろ整備しよか?」
「そうっすね!」
俺らは副キャプにお礼を言うて、コート整備をする。気を利かせたアッキーと加藤が、ドリンクを作りたしに行ってくれる間、俺と田中はボールの籠を出しに行った。
「失礼します。ここ、ボール置かしてもらいます!」
「おう、お疲れ」
二年の先輩らは、整備の済んだコートで、さっそくミニラリーを始めとる。副キャプは、二年の先輩らのストレッチを手伝ってあげてた。優しい。
「ふーっ、間に合ってよかったな」
田中とふたり笑いあっとると、背中をボカっとどつかれる。
「いってえ!」
振り返ったら、二年の山田先輩がラケットを肩に担いで、見下ろしとった。まくり上げたTシャツから、こん棒みたいな腕がつきだしとる。
「邪魔やお前ら。ぼさっとしとらんと、コートの隅に避けろ」
「はい! すませんした!」
傲岸に顎をしゃくられ、俺と田中はノミのようにフェンスまで逃げた。
ただただ厳しく怖い部長と違って、体育会系の極みみたいな山田先輩は、ガチで怖い。田中なんか、ちょっと泣きが入っとるもん。
「チッ……風間さん! 手ぇあいとったら、ちょっと打ってくださいよ。フォアの調子みたいんで」
「ほいほい。一年に凄むなやー」
ラケットをぶんぶん振る山田先輩に、副キャプが近づいてく(言うまでもなく、風間と言うのは副キャプの名字やで)。ふたりの為に、二年の先輩らも慌ててコートを空けはった。
「ほな、最初は流すで」
「お願いします」
副キャプの球出しで、ラリーが始まった。まだ軽く打ってるのに、段違いに速くて正確や。二年の先輩らも、二人に注目しとる。
「すげぇ……」
ほんまに上手い人は、流して打ってても、全然わかる。
さすが、レギュラーや。
見た目は、どヤンキーみたいな山田先輩と、爽やかアイドルみたいな副キャプは、ダブルス1のペアやねん。つまりは部内で一番、ダブルスが強くて……俺がひそかに目標にしとるペアなんやけど。
――副キャプ、頼むから俺がダブルス1になるって言うたこと、言わんといてぇ……!
山田先輩にバレたら、こめかみローリングされる!
コートの端っこに避けて、ガタガタ震えとったら、加藤とアッキーが戻ってくる。その後に続いて、コートに入ってきた奴らを見て、俺はあっと息を漏らした。
――渉。沙也さん……
二人は、お揃いのウェアから、すでに部のジャージに着替えとる。いっぱい練習して、着替えてから来たんか……そう思うと、胸がちりっと痛んだ。
「なんや、あいつら。ふたりで来たんか?」
「あ……朝練してくるんやって。ほら、沙也さんの指導って言うか」
不思議そうな皆に、二人が朝練をしてるといういきさつを話した。すると、加藤が「ふうん」と目を細めた。
「えらい優しいな~? いつもつむぎに引っ張られてきとったんに~」
「ひょっとして、ラブラブなんちゃう」
「あはは……」
ほんまは、付き合っとるのは俺なんやけどな……。
加藤とアッキーのやりとりに曖昧に笑っとったら、田中に肩を叩かれる。
「つむぎ! 俺らも、そこの隅でボレーボレーでもしてようぜ」
「田中……そうやなっ」
ニカッと笑った田中に、俺も笑い返す。四人でわいわい連れ立ってったら、渉と沙也さんと行き違った。楽しそうに喋って、こっちに挨拶もせん二人に、胸が詰まったけど――俺はぐっと堪えて、声をかけた。
「渉、沙也さん。朝の準備、副キャプもしてくれたから。お礼言うといてな」
「……」
俺に、ちらりと目だけ寄こした渉は、「ふん」と唇を尖らせて、歩きさる。明らかに「不機嫌です」と示す態度に、目をしばたたいた。
――なんなん、あいつ? 怒ったり、調子づいたり、忙しないな……
戸惑ってたら、沙也さんが立ち止まっていた。
形の良い眉を険しく寄せて、俺を睨んどる。
「……?」
睨まれる覚えがなくて、困惑してまう。そしたら、沙也さんはふいと顔を逸らし、「渉!」と後を追っていった。
「なんなん?」
睨まれるいわれなんてないから、ムッとしたけども。田中たちに呼ばれたんで、気にせんことにした。
*
その後、意外にも練習はふっつーに過ぎていった。
いつも通り、トレーニングや、球出しなどの基礎練から始まったわけなんやけど。渉も沙也さんも、真面目に部活に参加しとったん。それどころか――
「はっ!」
沙也さんは、軽いフットワークでコートを駆け、クロスラリーをこなしてた。昨日よりも、ぐんと上達した姿に、先輩らも驚きを隠せへんようやった。
「なんや、道前。えらい調子ええな」
「ええ! コーチがいいので」
二年の先輩らの賛辞にも、沙也さんは頬を上気させながら、明るく頷く。ふだんクールなぶん、沙也さんが嬉しそうにしていると、とても感じがいい。
「渉が練習をみてくれたんです! それで、こんなに打てるようになったんですよ」
「へえ~、渉もええとこあるやん」
嬉し気に話す沙也さんに、先輩らも微笑ましそうや。
昨日、めっちゃ殺気立ってたのが嘘みたい――。ええことなんやけど、ちょっとモヤつくのはなんでやろ? 隣のコートにおる渉と、沙也さんがアイコンタクトしてるからやろか。
――でもなあ……朝練効果があるなら、何も言えへんよ。いいことなんやろうしなぁ……!!
ふたりとも、問題になっとった球拾いもきちんとやってくれとったし。
何も、文句つけるところはないのよな。
先輩らの後にスポドリを飲みながら、休憩する二人を横目で窺う。距離があるもんで、何をしゃべってるんか分からんけど、二人とも笑顔全開やった。ムカッとはするものの……これは、ただの嫉妬やねんかなぁ。はあ。
「おい、練習再開するぞ!」
気もちが休まらんままコートに戻ると、部長が部員を見渡し、言った。
「今日は全員おるからな。二ゲーム先取のミニゲームやるぞ。Aコートでシングルス、Bコートでダブルスをやる。Cはレギュラー外の奴らで、好きにオーダー組んでやれ!」
「はい!」
気合のこもった返事が重なる。みんなテニスは好きやけど、やっぱり試合は格別や。一気にコートの熱気が上がった気がするで。
「Aコートは竹内と藤野! Bコートは風間・山田と渉・つむぎコートに入れ!」
きびしい声で名を呼ばれ、俺ははっとした。弾かれたように、離れた場所にいる渉を見る。渉は沙也さんと喋ってて、ちらっとも目が合わへん。
――試合……渉と、この状況で!?
俺は、薄寒いもんを感じた。せやけど、「つむぎ、渉!」とデカい声で名を呼ばれては、どうしようもない。
「渉、行こ」
渉と並んで、小走りにBコートに入ると、ネットを挟んだ向こうに副キャプと山田先輩が立っとった。
「おっ。久しぶりに幼なじみペア復活やん」
「だるいプレーしよったら、しばくからなぁ!」
爽やかに笑う副キャプと、親指で首を切るジェスチャーをしてくる山田先輩。対称的な二人に、愛想笑いしながら……俺は、隣に立つ渉の存在を、気にしてた。
試合前やっちゅうのに、しらっとした顔で、こっちを見もせん。
しかも最近、全然ペアの練習できてへん……このコンディションで、先輩らと試合になるんやろか?
不安ながら、フィッチしたらサーブ権は俺らのものになった。運はある、とちょっとだけホッとする。
――そうや……試合なんやから、ごちゃごちゃ考えとったらあかん。
向こうのコートでは、副キャプと山田先輩が作戦会議しとる。練習試合でも勝つ気満々の二人に、俺も気合を入れる。
「よっしゃ。渉、作戦決めよう。まず、サーブやねんけど……」
渉を振り返り、ぎょっと目を見ひらいた。
「渉、頑張ってくださいね! 僕、ここで応援してますから」
「おう、圧勝したるから見とき」
フェンス越しに立つ沙也さんと、渉はへらへら喋っとったんや。
――試合前に、何してんの!?
俺は、カッとなった。
「渉ッ! 作戦決める時間、なくなるやんっ」
我慢してたぶん、めっちゃ剣呑な声が出てまう。渉はため息を吐いて、振り返る。
「うっさいなあ……試合前から、キレやんといてくれん?」
「な……!? うっさくないよっ。副キャプと山田先輩が相手なんやで? 俺らも、全力でいかないと!」
鬱陶しそうな顔をする渉に、ここぞと捲し立てる。テニスに関しては、俺も真剣やから引けへん。きっと睨み上げると、渉は小馬鹿にしたように笑ってきた。
「つむぎは、必要かもしれへんけど? 俺は、べつに作戦とかいらんし?」
「……は?」
言われた意味が解らず、きょとんとする。
「ほな、沙也。頑張ってくるから、見といてや!」
「はいっ」
渉はにこやかに沙也さんに笑いかけ、コートに戻っていく。俺のことは置いて――ベースラインで、サーブのフォームを確認し始めた。向こうのコートでは、まだ副キャプたちが話しているのに……俺らはバラバラや。
――え? なんなん、これ……作戦も話さへんつもり?
喧嘩してるから? せやけど、今までは喧嘩していても、テニスには持ち込んだことなかったのに。
呆然としとったら、鋭い声がかけられる。
「足、引っ張らないで下さいね」
「……え」
沙也さんが、冷たい笑みを浮かべていた。
「どういう意味?」
「言葉の通りです。渉に、あの二人にはシングルスで負けなしだって聞きましたよ。つまり……この試合、負けたらあなたのせいってことですよね」
「……なっ?!」
失礼な言い草に、俺は目を剥いた。
「あの、沙也さん。ダブルスは、シングルスとは違うから……」
「渉は、シングルスなら負けなし。じゃあ、勝てもしないダブルスを、組んでる意味あるんでしょうか? 渉の輝かしい才能に、あなたが見合うかどうか……よく見せてもらいますから!」
沙也さんは言うだけ言って、つんとそっぽを向いた。
俺は、とんでもない侮辱に、わなわなと震える。
――こいつ……俺と渉が、どれだけ一緒に戦って来たかも知らんと……!
ぶん殴る代わりに、ラケットのグリップをぎゅっと強く握りしめた。俺は、コートに鼻息荒く戻り、サービスラインの砂を踏む。
見てろ、と頭の中で怒りの言葉がこだまする。
めっちゃいいプレイして、絶対に目にもの見せてやる!