君に捧げる紅の衣
「こちらへ。一休みいたしましょう」
手を引かれて、麗かな光の差す窓辺に向かい合って座る。湯気を立てる茶器を、そっと手渡された。
――こ……これが噂に聞く逢瀬……!?
辰さんと、お部屋にふたりっきり。花の形をした茶器に口をつけながら、僕はどきどきと胸を高鳴らせた。辰さんの穏やかな眼差しが気恥ずかしくって、でも見つめてほしくて……何度もちらちらと彼を窺ってしまう。
辰さんは、くすりと笑った。
「羅華様、お菓子はいかがですか?」
「わあっ……!」
辰さんが差し出してくれたのは、ふたつの可憐なお菓子だった。桃花の蜜漬けを閉じ込めた寒天と、ほかほかのおまんじゅう。僕の大好物に、ぱあっと心に花が咲く。
「辰さんっ、はんぶんこしましょう?」
「ええ」
辰さんは心得ていたように、小刀で切り分けてくれた。「頂きます」と、おまんじゅうにかぶりつくと、ほわりと甘い湯気がたちのぼる。
「美味しいっ」
にこにこしていると、辰さんもほほ笑んでくれる。大好きな人とはんぶんこにしたら、ますます美味しいから不思議だよね。ぱくぱくと夢中で食べていると、緑がかった瞳がふと優しくなる。
「羅華様」
大きな手が伸びて来て、唇の端を親指で拭われる。目を丸くする僕に、辰さんは笑った。
「唇に、花びらがついていました。お転婆ですね」
甘く囁かれ、ぶわりと頬が燃え上がる。
剣を握るせいで硬い指先の感触が、唇に残ってる。胸がきゅうって苦しくなって、僕はもじもじと俯いてしまった。
「あ……ありがとうございます。恥ずかしい……」
すると、頬を包む大きな手のひらが、すこし熱くなった気がした。不思議に思って、そろそろと顔を上げると――辰さんと目が合った。緑ががった美しい瞳は、見たことがないほどひたむきで、息を飲む。
「羅華様……」
「……辰さん?」
真剣な声で名を呼ばれ、僕は目をぱちぱちさせる。なんだか不思議な空気に、息も出来ないほど胸が苦しくなって……
――はっ、も、もしかして……接吻……!?
ふと思い至り、僕はぎゅっと目を閉じる。……辰さんの清冽な香が、鼻先をくすぐる。凄くどきどきして、まるで耳の横に心臓があるみたいな気がしながら、僕は辰さんを待った。
けれど、すっと手が離れていく。
「え」
僕は、目を見ひらく。辰さんは、どこかはぐらかすような笑みを浮かべている。
「……お茶が冷めましたね。入れ直してもらいましょうか」
茶器を持って、部屋を出て行ってしまった。
「えええ~~……!?」
ひとり残された僕は、真っ赤になって、椅子にへたり込んだ。
「なんでー? なんだったの~……!?」
唇を両手でおさえて、へにゃりと眉を下げる。てっきり接吻だと思って目をつぶってしまったけど、違ったんだろうか。もしかして、はしたないって思われたのかなあ!?
「わーっ、恥ずかしいよ~!」
ごろごろと椅子に丸まる僕の上を、春の風は知らぬ存ぜぬで吹き抜けていった。
「はあ……」
僕は針を持つ手をとめて、ため息を吐く。刺繍もかなり形になって来たのに、気もそぞろになっていた。真珠色の牡丹の花さえ、ちょっとしおれて見えてしまう。
「辰さん……どうして、僕に接吻してくれないのかなあ……」
あれから――幾度も、良い雰囲気になったんだ。二人っきりで、真剣に見つめ合って……だから、今度こそって思うんだけどね。辰さんは、いつもはぐらかすみたいに、離れていっちゃう。
「僕が、子供っぽいから……?」
あまり成長しなかった小柄な体に、ぺたりと手を当てる。
辰さんは、僕より五つも年上なこともあって、とても落ち着いた素敵なひとなんだ。それに比べて、僕ときたら子供っぽいし……とため息を吐く。
――やっぱり、辰さんにつりあってないのかなあ……
僕はしょんぼりしつつ、糸を切って玉止めをした。これ以上続けても、素敵な刺繍になりそうもないと思ったから。僕は、赤い絹をひろげて、日に透かす。
一生懸命、手をすすめた甲斐があって、完成図がうっすらと見えてきていた。
天地から見つめ合う、鳳凰と玄武。真珠色に輝く幸福の象徴を眺めていると――勇気が湧いてくる。
――『羅華様、どうか私の妻となってくれませんか』
あの夜の、辰さんの真摯な眼差しが思い浮かんだ。
「そうだよね……辰さんは、僕に告白してくれたもん!」
ぎゅっと赤い絹を胸に抱く。
「ただ追いかけていたときより不安に思うなんて、駄目だよっ」
自分に喝を入れて、立ち上がる。
――今日は、僕の方から辰さんに会いに行ってみよう!
今の時間なら、お兄様のところで護衛のお仕事をしてるはずだ。差し入れを渡して、ちょっと顔を見るだけでもいいから、会いたい。
「梅、ちょっとお願いがあるんだ!」
梅にたのんで瑞々しいびわを籠に詰めてもらうと、僕はさっそくお兄様のいらっしゃる棟に向かった。回廊を歩いていけば、とてもいい天気。自然、足取りが軽くなる。
「辰さん、早く会いたいな」
僕は、うきうきしていた。お兄様のところで衝撃的な事実を知ることになるとも知らず――
手を引かれて、麗かな光の差す窓辺に向かい合って座る。湯気を立てる茶器を、そっと手渡された。
――こ……これが噂に聞く逢瀬……!?
辰さんと、お部屋にふたりっきり。花の形をした茶器に口をつけながら、僕はどきどきと胸を高鳴らせた。辰さんの穏やかな眼差しが気恥ずかしくって、でも見つめてほしくて……何度もちらちらと彼を窺ってしまう。
辰さんは、くすりと笑った。
「羅華様、お菓子はいかがですか?」
「わあっ……!」
辰さんが差し出してくれたのは、ふたつの可憐なお菓子だった。桃花の蜜漬けを閉じ込めた寒天と、ほかほかのおまんじゅう。僕の大好物に、ぱあっと心に花が咲く。
「辰さんっ、はんぶんこしましょう?」
「ええ」
辰さんは心得ていたように、小刀で切り分けてくれた。「頂きます」と、おまんじゅうにかぶりつくと、ほわりと甘い湯気がたちのぼる。
「美味しいっ」
にこにこしていると、辰さんもほほ笑んでくれる。大好きな人とはんぶんこにしたら、ますます美味しいから不思議だよね。ぱくぱくと夢中で食べていると、緑がかった瞳がふと優しくなる。
「羅華様」
大きな手が伸びて来て、唇の端を親指で拭われる。目を丸くする僕に、辰さんは笑った。
「唇に、花びらがついていました。お転婆ですね」
甘く囁かれ、ぶわりと頬が燃え上がる。
剣を握るせいで硬い指先の感触が、唇に残ってる。胸がきゅうって苦しくなって、僕はもじもじと俯いてしまった。
「あ……ありがとうございます。恥ずかしい……」
すると、頬を包む大きな手のひらが、すこし熱くなった気がした。不思議に思って、そろそろと顔を上げると――辰さんと目が合った。緑ががった美しい瞳は、見たことがないほどひたむきで、息を飲む。
「羅華様……」
「……辰さん?」
真剣な声で名を呼ばれ、僕は目をぱちぱちさせる。なんだか不思議な空気に、息も出来ないほど胸が苦しくなって……
――はっ、も、もしかして……接吻……!?
ふと思い至り、僕はぎゅっと目を閉じる。……辰さんの清冽な香が、鼻先をくすぐる。凄くどきどきして、まるで耳の横に心臓があるみたいな気がしながら、僕は辰さんを待った。
けれど、すっと手が離れていく。
「え」
僕は、目を見ひらく。辰さんは、どこかはぐらかすような笑みを浮かべている。
「……お茶が冷めましたね。入れ直してもらいましょうか」
茶器を持って、部屋を出て行ってしまった。
「えええ~~……!?」
ひとり残された僕は、真っ赤になって、椅子にへたり込んだ。
「なんでー? なんだったの~……!?」
唇を両手でおさえて、へにゃりと眉を下げる。てっきり接吻だと思って目をつぶってしまったけど、違ったんだろうか。もしかして、はしたないって思われたのかなあ!?
「わーっ、恥ずかしいよ~!」
ごろごろと椅子に丸まる僕の上を、春の風は知らぬ存ぜぬで吹き抜けていった。
「はあ……」
僕は針を持つ手をとめて、ため息を吐く。刺繍もかなり形になって来たのに、気もそぞろになっていた。真珠色の牡丹の花さえ、ちょっとしおれて見えてしまう。
「辰さん……どうして、僕に接吻してくれないのかなあ……」
あれから――幾度も、良い雰囲気になったんだ。二人っきりで、真剣に見つめ合って……だから、今度こそって思うんだけどね。辰さんは、いつもはぐらかすみたいに、離れていっちゃう。
「僕が、子供っぽいから……?」
あまり成長しなかった小柄な体に、ぺたりと手を当てる。
辰さんは、僕より五つも年上なこともあって、とても落ち着いた素敵なひとなんだ。それに比べて、僕ときたら子供っぽいし……とため息を吐く。
――やっぱり、辰さんにつりあってないのかなあ……
僕はしょんぼりしつつ、糸を切って玉止めをした。これ以上続けても、素敵な刺繍になりそうもないと思ったから。僕は、赤い絹をひろげて、日に透かす。
一生懸命、手をすすめた甲斐があって、完成図がうっすらと見えてきていた。
天地から見つめ合う、鳳凰と玄武。真珠色に輝く幸福の象徴を眺めていると――勇気が湧いてくる。
――『羅華様、どうか私の妻となってくれませんか』
あの夜の、辰さんの真摯な眼差しが思い浮かんだ。
「そうだよね……辰さんは、僕に告白してくれたもん!」
ぎゅっと赤い絹を胸に抱く。
「ただ追いかけていたときより不安に思うなんて、駄目だよっ」
自分に喝を入れて、立ち上がる。
――今日は、僕の方から辰さんに会いに行ってみよう!
今の時間なら、お兄様のところで護衛のお仕事をしてるはずだ。差し入れを渡して、ちょっと顔を見るだけでもいいから、会いたい。
「梅、ちょっとお願いがあるんだ!」
梅にたのんで瑞々しいびわを籠に詰めてもらうと、僕はさっそくお兄様のいらっしゃる棟に向かった。回廊を歩いていけば、とてもいい天気。自然、足取りが軽くなる。
「辰さん、早く会いたいな」
僕は、うきうきしていた。お兄様のところで衝撃的な事実を知ることになるとも知らず――