番外編

 青空の下、玄家の鍛錬場には威勢のいい掛け声が響いていた。

「はっ!」
「おう!」

 武人さん達が、列になって刃を潰した剣を振るっている。一糸乱れない型は、力強い舞みたい。
 僕は、鍛錬場の物陰から、じっと見つめていた。

「……あっ」

 鉄色の髪を見つけ、僕は身を乗り出す。
 
 ――辰さんだ!
 
 鋭く剣を突き出し、引く。目にもとまらぬ動きに、長い髪が躍る。真剣な横顔は、汗に濡れて輝いていた。
 何十通りもある剣の型を何度も反復する。その動きは少しも乱れず洗練されて、綺麗だった。
 とても、今日から鍛錬に復帰したと思えないほど――。

「すごい……辰さん、すごいよっ」

 僕は壁にかじりついて、辰さんのことを見つめていた。

「――そこまで!」

 お師匠さまの号令で、皆の動きが止まる。どうやら休憩のようで、武人さんの列がばらばらと散っていく。僕は、息も止めていたことに気づき、はふはふと空気を吸った。

「辰さんっ……」

 持って来た薬水の竹筒を抱き、そっと様子を窺う。
 辰さんが鍛錬に復帰するって、梅から聞いたんだ。それで、差し入れを渡そうと思って来たんだけれど……。
 
 ――迷惑じゃ、ないかなぁ……。
 
 いざとなったら、不安になってきちゃった。辰さん真面目だから、お仕事中に話しかけたら嫌かもしれない。

「でも、せっかく来たんだもん」

 僕は意を決して、一歩踏み出した。

「し、辰さ……」
「辰!」

 その瞬間、大きな声が被さってきた。
 びっくりして立ち止まると、剛さんが汗を拭う辰さんに歩み寄っていくところだった。

「復帰したばかりと思えないな。まさか、療養中も鍛錬していたのか?」
「まあな。裏庭を借りていた」

 涼しい顔で頷いた辰さんに、剛さんは一瞬呆気にとられたみたい。それから大きな声で笑って、肩を叩いた。

「さすがだな。お前の勤勉さには恐れ入る!」
「そもそも、怪我をすること自体が力不足の証だ。休んでなどいられるか」

 辰さんが、静かな面持ちで答える。

「聞いたか、おぬしら! 辰は武人の鑑だ」
「ああ、まったくだ」

 剛さんが周囲を振り返り、声を張り上げた。様子を窺っていた他の武人さん達も、どっと盛り上がっている。

「あ……」

 僕は、なんとなく声をかけられずに、踵を返した。

 
 *


「はぁ……」

 桃の並木を駆け抜け、古い大木のところまできて、足を止める。
 
 ――お水、渡せなかったや……。
 
 僕は、しょんぼりと俯いた。
 胸に抱いた竹筒が、ひんやりする。冷気の術をかけて、「辰さんに飲んでもらおう」と張り切って持って来たのに……と思うと、むなしい。
 
「辰さんの婚約者として、胸をはろうと思ったんだけどな……」

 ああして、僕の割り込めない場所にいる彼を見ると、弱気になっちゃうんだ。やっぱり、自分が辰さんにふさわしいのかなって気になってしまって……。
 ふう、とため息を吐いた。もそもそと大きい切り株に座り込む。

「僕って意気地なし」
「――何故ですか?」

 呟きに返事が返り、座ったまま飛び上がった。

「し、辰さん!?」
「はい」

 辰さんが、立っていた。
 さっきまで、鍛錬場にいたのにどうして……口をパクパクさせていると、目の前に来た彼が尋ねる。

「先ほどは、どうして何も言わずに去って行かれたんです?」
「え……?」

 僕は、目を見ひらく。
 
 ――気づいて、追いかけてきてくれたんだ。
 
 嬉しくて、ほわりと頬が熱くなった。

「ええとね……休憩のお邪魔しちゃったら、良くないかなぁって」

 袖をもじもじさせていると、辰さんが不思議そうに言った。

「私は玄家の武人です。どんな時であれ、羅華様が遠慮なさることはありませんが」
「……あうぅ」

 さらりと言われた言葉に、眉がへにょと下がる。
 
 ――あ、有難いんだけど、なんだか寂しいや……。
 
 主従のブで、辰さんは許してくれるけど……辰さんは、僕の大切な人だもの。嫌なことをして、嫌われたくない。でも、こういうこと言ったら、困らせちゃうかな。
 僕はしょんぼりと竹筒を抱いて、俯いた。
 すると――深いため息が聞こえてくる。

「……すみません。言い方が違いましたね」
「え?」

 顔を上げると、辰さんが僕の目の前に膝まづいていた。竹筒を持った手に、固く熱い手が重なって、ビクッと肩が震える。

「来てくださって、嬉しいですよ。羅華様」
「……あ!」

 木漏れ日に、ちらちらと光る緑の目が優しく細まった。僕は、顔を真っ赤にして息を飲む。
 胸が、どきどきと喜びにふくらんでいく。
 
 ――きれい。
 
 ぽうっと見惚れていると、辰さんが微笑んだ。甘い声が囁く。

「俺のためのものを、頂戴して構いませんか?」
「あ……はいっ!」

 僕は、ぱあっと笑顔になる。押し付けるように差し出した竹筒を、辰さんは笑って受け取ってくれたんだ。
 

 切り株に並んで座って、談笑する。

「辰さん、辰さん。美味しい?」
「ええ。とても」

 竹筒を傾けて、薬水を呷る辰さんを、にこにこしながら見つめる。薬師さんに教えてもらったスペシャル配合、頑張って作って良かった……!

「えへへ。辰さん、大好きですーっ!」

 ぎゅう、と腕に抱きついた。武骨な道着に包まれた肩に、すりすりと犬みたいに頬を寄せる。辰さんは、一瞬固まって――僕をべりッと剥がす。

「こら。はしたないですよ、羅華様」
「がーん!」

 つれない辰さんに、頬をふくらませる。
 わいわいとはしゃぐ声が、青空に広がっていった。
 


 
 かわらず、貴方をみつめて……(完)
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