君に捧げる紅の衣

 チョキ、と鋏で最後の糸を切る。

「……できたぁー!」

 僕は、思わず歓声を上げた。すると、部屋の隅に控えていた梅がぱたぱたと近寄ってきた。

「おめでとうございます、羅華様!」
「ありがとう、梅。見てみて、綺麗にできたかなぁ?」

 僕は出来立てほやほやの衣を、ぱっと広げて見せた。
 目が痛いほどの白絹には、白銀の刺繍が躍ってる。――王太子様である麒麟を、四神たちが守るように配置されてて。窓から差す光を吸って、きらきらと虹色に輝いていた。
 心を込めて縫い上げた衣を見て、梅は「まぁ……」と息を吐いた。

「とても……とても、美しゅうございますわ。必ず、殿下はお喜びくださることでしょう」
「本当? えへへ、嬉しい」

 大好きなねえやから褒められて、僕は頬をにへっと緩ませた。衣架けに衣をかけてしまうと、本当に完成したんだって実感が湧いて来たんだ。
 
 ――お兄様からのお仕事。ちゃんと出来て、良かった!
 
 真っ白い衣に触れながら、一心不乱に針を刺した日を思う。辰さんのことから気を逸らしたかったぶん、すっごく没頭しちゃったんだよね……。
 僕は暗くなりかけた気持ちを変えるよう、くるんと振り返る。

「ねえねえ、梅。まだお昼だし、文徳さんに『できたよ』ってお知らせしても平気だよね? ずっと待ってくださってたし、早くお伝えしたいんだけど……」
「それは、もちろんですわ。すぐに、使いを送りましょう」

 梅が大きく頷いたのと、侍女が扉を叩いたのは、ほぼ同時だった。

「張様がお会いしたいそうです」

 僕と梅は顔を見合わせた。
 ほどなく、文徳さんがお部屋に入ってくる。

「ご機嫌麗しゅう、羅華様。今日も、ご尊顔を拝見できて恐悦至極」
「……張殿、あなた。まさか、このお部屋に式を放っているのではないでしょうね」
「い、いきなり、なにをいう!? 人聞きが悪いぞ、梅殿っ」

 半眼になって睨む梅に、文徳さんがぎょっとのけ反った。いつものやり取りに、僕はふふふと笑う。

「ちょうど、文徳さんに来てほしいなって話してたんですー」
「左様でございましたか、この文徳をお求めだったとは! して、何の御用でございましたか?」

 ぱっと明るい笑顔になった文徳さんに、梅がため息を吐く。

「羅華様が、貴方に御用とおっしゃれば、決まっているでしょうに」
「文徳さん、こっちに来てくださいー」

 僕は、文徳さんを手招きして、衣架けの前に立ってもらった。王太子様のご衣装が、さらりと光を放ってる。

「……!」

 大きく目を見ひらいた文徳さんは、衣架けに駆け寄ると……くるくると回りを回って、衣をあちこちから眺めていた。
 でも、無言。無言で、じっと立ち尽くしていたんだ。
 
 ――あっれー!? 思ってたのと違う反応だぁ……!
 
 文徳さんは、いつも「すごい」って褒めてくれるから、てっきり褒めてもらえるものだと思ってた。
 ひょっとして、あんまり上手じゃなかったんだろうか……。一気に不安になって、おずおずと尋ねる。

「あのう、文徳さん。僕、上手く縫えませんでしたか……?」
「……へ?」

 呆けたように振り返った文徳さんが、数瞬後にビシッとかしこまる。

「失礼いたしましたッ!あまりに素晴らしい衣の出来栄えに、しばし言葉を失っておりました。羅華様の腕前、誠にお見事でございます」
「ほ、ほんとう?」

 聞き返すと、大きな頷きが返る。ほうと息を吐いたら、梅がぷりぷりとして言う。

「それなら、すぐに仰ってくだされば。羅華様がご不安になるではありませんか?」
「し、仕方ないだろう。この私でも、誠に感動すれば、オーバーリアクションなどできぬ。――羅華様、ご無理を言ったにかかわらず、このように素晴らしい衣を仕立てて下さって……文徳、心より感謝いたします」

 文徳さんは袖を合わせ、恭しく礼をとってくれた。そんな風にして貰うと、ちゃんと役割を果たせたんだ、って胸がいっぱいになってくる。

「嬉しいです! お役目を頂いて、ありがとう」

 僕も袖を合わせ、礼をする。
 自分が大人の仲間入りをしたみたいで、すごく誇らしい。
 お引き受けしたときは、恋にモヤモヤするのから逃げたい一心だったけど……喜んでもらえて、良かったなって思うんだ。
 
 ――辰さん、僕……お仕事、ちゃんとできました。
 
 辰さんの大きな背が、思い浮かぶ。いつも仕事にひたむきなあなたに、少しは近づけただろうか。
 はにかんでいると、文徳さんが言う。

「羅華様、お礼は何がようございますか?」
「え?」

 おれい。
 目をぱちくりしていると、文徳さんはどんと胸を叩く。

「大業を成し遂げられた羅華様に、これ以上ないご褒美を! 景岳様から、そう仰せつかっております。――さあ、何でもおっしゃってくださいませ。麗しい宝飾品でも、新しい衣をお仕立てするでも。都で評判の芸人を呼び出し、宴会などもようございますな!」
「えっ、えっ?」
「ご遠慮なさらず! 金蔵の鍵は預かっておりますゆえ」

 文徳さんは、輝くような笑みを浮かべてる。梅も、ほほ笑んでいた。

「羅華様、せっかくですから何か仰いませ。頑張ったのですもの」
「そうかなあ」

 僕は、ううんと悩んだ。

 ――気もちは嬉しいけど、みんなが大変な時なのにいいのかな……?
 
 そこまで考えて、ハッと目を見ひらく。

「文徳さんっ、なんでもいいんですか?」


 *

 
 がやがや――。
 市街にはいろんな音であふれていた。

「蒸したての饅頭だよ! 買った買った!」
「ちょっと通してくれ!」

 お客の呼びこみや、大きな馬車の車輪の軋む音。大きい通りが狭く感じる程、賑わう人達の声で、いっぱい。静かな玄家のお屋敷と、全然違う。
 
 ――ふわあ……すごい人だ。
 
 帽子の薄衣ごしに見る市の様子に、僕は目を見張る。
 真っ赤な柱の、立派な門をくぐれば、見渡すかぎりの人、人、人。みんな忙しそうだったり、楽しそうだったり。色んな方向に好きに歩いているのに、ぶつからないのが不思議だった。

「羅華様、人が多いゆえはぐれます。どうぞ梅の手を取ってくださいませ」
「ありがとう、梅」

 外出用の上着を羽織った梅が出してくれた手を、そっと握る。

「街にお出になりたいなんて、驚きましたわ」
「えへへ。ここには、辰さん達の駐屯地があるんでしょ?差し入れに行きたいの」

 僕は、にこっと笑う。
 ずっと、辰さんが会いに来てくれない、って落ち込んでた。やっぱり、僕のこと好きじゃないのかなって不安で、悲しくて……。
 でもね、王太子様の衣を縫いながら……本当はずっと、思ってたの。
 辰さんに会いに行く勇気が欲しい、って。

 ――辰さんがお仕事を頑張ってるの、知ってるもん。僕が一番に応援するんだ……!
 
 だから、都にある駐屯地に差し入れを持っていこうと思って。そのときに、ひと目でも会えたら。欲を言えば、ひと言でもお話しできたらいい。
 大事なお仕事を終えた、ご褒美だから……ちょっとワガママ言っちゃう。
 ずっと追っかけてきた、大好きな人だもん。
 これからも、僕が追っかけるんだからっ……!
 ふんすと気合をいれていると、一歩後ろを歩いていた文徳さんが、汗をかきながら言う。

「道中は、この文徳と部下たちがお守りしますぞ。ですが、くれぐれも! くれぐれも、はぐれない様に、お願い申し上げます……! 私が若君にボコにされますゆえ」
「わかりましたー! 文徳さん、みなさんよろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げると、文徳さんと武人の人達が頷いてくれた。

「でも、本当に市街ってすごいね。たくさんのお店があって、人がたくさんいて……」

 久しぶりに着た外出着の袖を、ひらひらさせる。焚きしめたお香の匂いが分からないほど、街は色んな匂いで溢れてる。それに、綺麗な色も。
 駐屯地に向かって歩みながら、立ち並ぶお店を覗く。

「花はいらんか。いい人への贈り物に、喜ばれるよ!」

 瑞々しい花を挿した籠を背負った若い花売りが、よく通る声でお客を引いている。
 澄んだ声で鳴く小鳥の籠が並んだ店。金細工の簪に、そこに集まる女性たちの纏う可憐な装い。とくに、綺麗な絹糸や絹織物を扱うお店には、ついつい見入ってしまう。

「きれい……」

 顔を隠すために被せられた帷帽が、残念なくらいだった。
 それに、どこからともなく香るいい匂いにも心が惹かれちゃう。

「梅、なんだか甘い匂いがするよ~」
「あら、あのお店ですわ。蒸し菓子の専門店のようですわね」

 まだ新しいつくりのお店に、たくさんの人が集まってる。厨房にずらりと並んだ蒸籠から、もうもうと白い湯気が上ってた。道の外に飛び出した椅子に座ったお客さんたちが、夢中に見慣れない菓子を頬張ってる。

「さあさあ、蒸したての桃饅頭はいかがです? 公子様、高貴な方も並ばれるお饅頭ですよ!」

 とっても綺麗な女の人達が、列をなして呼び込みをしてる。声をかけられた文徳さんは、満更でもなさそうに頭をかいている。

「いやはは、参ったなあ。私は舌が肥えているのだが……」
「うちは一味違いますわ。なにせ、あの桃花楼の分店でございますから。どうぞ、おひとつお試しになって」
「ほう。では、席に案内を……」
「張殿! 誰のお使いで来ているのです?!」

 梅が扇子で背を叩くと、文徳さんは飛び上がった。

「い、痛いではないかっ」
「痛くしたのです! まったく……」
「ま、まあまあ。せっかくだし、寄っていかない? お饅頭食べたいなあ」

 梅の手を引いてお願いすると、「羅華様がおっしゃるなら」と頷いてくれた。丁度空いた席に、みんな並んで座る。今日は、怪しまれない為にも主従のブは解除なんだって。
 
 ――街に出るっていいなあ。辰さんとも、来たいな……。
 
 ほわほわの桃饅頭を頬張りながら、僕は嬉しくなった。

「ごちそう様でした」
「ありがとうございます! たくさんお買い上げいただいて、嬉しいですわ」

 お勘定をすると、算盤をはじいていた女の人がにっこりと笑う。目尻に紅を差した猫みたいな目は大きくて、綺麗な女の人達の中でも、一番華やかな人だ。
 桃饅頭はとても美味しかったので、おみやげに買っていくことにしたんだ。ほの温かい大きな包を腕に抱いて、ぺこりと頭を下げる。

「あ――お待ちになって!」
「はい?」

 お店を出ようとすると、呼び止められる。女の人は大きな布を広げて、僕の抱えていたお土産を袋みたいに包んでくれた。

「とつぜん、ごめんなさいね。お饅頭は熱いですから、この方が持ちやすいかしらって」
「わあ……ありがとうございますっ」

 親切にじんとしていると、梅が丁寧に会釈する。

「ありがとう。でも、こちらの布は貴女の私物でなくて? お借りしていいのかしら」
「はい、お構いなく。でも、そうねえ。また食べに来てくださったときに、持ってきていただければ嬉しいわ!」

 女の人が、悪戯っぽい笑みを浮かべた。その瞬間、周りにいたお客さん達がどっと笑う。

「はっはっは。玉鈴ユイリンお嬢さんは、商売上手だ!」
「違いない!」

 楽しそうなお客さん達に笑い返し、女の人――玉鈴お嬢さんは、僕たちに言った。

「どうぞ、またいらしてくださいね!」
「ありがとう、お姉さん!」

 僕は、親切なお姉さんに嬉しくなって、笑い返した。すると、笑顔で手を振ったお姉さんの袖が、ふわりと揺れる。甘い香の匂いがふっと鼻先を掠めた。
 
 ――あれ? どこかで嗅いだような……
 
 なんだか胸に引っかかる。記憶を探っていると、文徳さんが言う。

「さあ、参りましょうか! そろそろ辰は交代のはずです」
「あ……はい!」

 僕は、頷いた。辰さんに会える――そんな期待で、疑問は消えてしまった。
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