君に捧げる紅の衣

 春夜、咲き乱れる桃の花の下――シンさんは、僕に言ってくれた。
  
羅華ルオファ様、どうか私の妻となってくれませんか」
 
 真摯な声は、胸を熱く震わせた。さあ、と花の匂いのする風が舞う。
 
「……ほんとう? 僕が、辰さんのお嫁様に……?」
 
 一瞬にして溢れ出した涙で、差し出された大きな手が滲んだ。
 初めてであった幼い頃から、ずっと愛してきた人だった。仕事をする彼の後を、ひな鳥のようについて回って……幼子の戯れとしか、思われてないんじゃないかって、思ってたのに。
 
――夢じゃないよね? 辰さんが、僕を好きなんて……
 
 嬉しさで泣きじゃくっていると、彼は困ったように頬を拭ってくれる。優しい声がそっと囁く。
 
「ひょっとして……お嫌でしたか?」
「いいえっ! 僕、辰さんの妻になります!」
 
 僕は、大きな手をぎゅっと握りしめる。二度とはなすもんか、と両手でかじりつくと、辰さんは笑ってくれた。
「よかった」と安堵したように細まった、緑がかった瞳に見惚れてしまう。
 紺碧の空に桃の花が舞い、愛しい人が自分を見つめている。あまりに美しい光景は、まるで夢幻のようだった。
 
 ――神様……僕は、この人を一生大事にします。だから、どうか末永いご縁を紡いでください。
 
 僕は、心から願ったんだ。
 だけど――
 
「辰、考え直せ。家への恩義で、結婚を決めるなど――!」
 
 偶然、聞いてしまった。辰さんの仲間が、激昂しながら話していたんだ――僕との結婚は、彼の本意では無かったのだと。
 彼は僕の家に仕える武人。家への恩義で、結婚を申し込まざるを得なかったんだって……
 
「夢なら、良かったのに……」
 
 赤い婚礼衣装が、涙に滲む。彼との幸福な未来を願い、懸命に刺繍してきたものだった。
 でも……もう、すべては夢幻だった。
1/15ページ
スキ