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しっぽや(No.225~)

side<NOSAKA>

学園祭で知り合った『伊古田』と言う不思議な人物に、僕は興味津々だった。
初めは外見に迫力があり過ぎてヤクザだと思ったけど、知り合っていくうちに繊細で気の小さな人なのだということがわかった。
彼は何故か僕と親しくしてくれて、些細なことを誉めてくれる。
話の端々から推し量れる伊古田の生い立ちは、僕の好奇心を刺激してやまなかった。



「次はどこに行くの?」
食事を終えマッタリしていると、伊古田が問いかけてきた。
「東棟に行ってみようか、あそこは建物が1番大きいから今日中には回りきれないかもね
 駆け足で見れば行けそうだけど、そこまで頑張るほどじゃないし
 だって、明日も来てくれるんでしょ?」
最後のセリフがネダるような響きになってしまい
「あ、休みって、明日も貰えるんだよね
 せかっくの休みだし、伊古田が疲れてるようなら無理強いはしないから
 探偵って体を動かす仕事でしょ、休みの日には体力回復しといた方がいいのかな、とか」
僕は慌てて弁解じみた言葉を口にした。
「明日も来る!野坂と一緒に居たいし、色々教えて欲しいから
 こっちのことは分からないことばっかりで、僕はまだ役に立てそうじゃないもの
 野坂みたいに物知りになりたい」
真剣な顔で伊古田に言われ、僕はちょっと切なくなった。
『知識欲があっても、それを満たせる環境で育てなかったんだ
 学びたいって姿勢を恥ずかしがらずに示せる伊古田は凄いな
 僕なんて「そんなことも知らないのか」って言われるの怖いのに…』
伊古田とは気負わずにつき合えそうで、一緒にいて気が楽だった。

「じゃ、行こうか」
僕が立ち上がると
「うん」
伊古田も立ち上がり2人でトレイを置きに行って、そのままドアをくぐった。
偶然だろうが、彼と息がぴったり合った動きになっていてちょっと笑ってしまった。
「うん、やっぱり、バディ物っぽい」
僕が言うと
「ばでい?」
伊古田が不思議そうな顔をする。
「相棒、ってこと、僕と伊古田、良い相棒になれそうだなって
 まあ、僕は捜査の協力とか出来そうにないけどね、犬も猫も飼ってないから生態に詳しくないし、目の前で逃げられたら追いつけないもの
 でも知識は後から入れられるから、僕が頭脳担当で伊古田が体力担当とかでいけるかな」
僕の言葉で伊古田の顔が明るくなった。

「野坂と一緒に捜索するの?仕事中もずっと野坂と一緒にいられるの?
 野坂が側にいてくれるの、凄く嬉しい
 僕、野坂の言うことなら何でも聞くよ
 あ、でも、僕まだ体力には自信ないや…
 皆もっと筋肉モリモリで40kgくらいの荷物持って何10キロも走れるんだ」
明るくなった伊古田の顔が、みるみる暗くなっていく。
「ペット探偵って、そんなに体力使うの?
 皆野さんとか明戸さんって、そんな感じには見えなかったけど」
驚く僕に
「彼らは猫担当だから」
伊古田は力なく答えた。
よく分からないが、担当する動物によって体格に差が必要らしい。

「伊古田だって恵まれた体型してるんだから、これから身体を作っていけるよ
 僕なんて横には広がれるけど、縦に延びるのはもう無理だもん
 身体に負担にならないように、少しずつ体力作りしていけばいいんじゃない?
 プロテインとかでタンパク質を多目に取ってみたりしてさ」
ありきたりな慰めの言葉だったのに
「うん、頑張る、野坂って本当に優しいね」
そう言って嬉しそうに笑ってくれた。
一見すると迫力のあるボスっぽい笑い顔だけど、今の僕にはそれがとても可愛らしく愛嬌のある顔に見えていた。


東棟は展示も模擬店も多く、カフェテリアでノンビリしていた分時間が押していたこともあり1階部分しか見て回れなかった。
でも興味のある所だけ見ればいいので十分だ。
ブラブラ歩いていると荒木と近戸が手伝っている模擬店を発見したので、少し並んで買ってみた。
「凄い盛況じゃん」
「売れて売れて、嬉しい悲鳴っての上げてるよ
 伊古田、楽しんでる?」
僕が声をかけると荒木がそう聞いてきた。
「うん、野坂と一緒に居られて凄く楽しい
 明日もまた来るんだ」
伊古田は屈託のない笑顔で答える。
「楽しくて良かったね、野坂、案内してくれてありがと
 これオマケな、2人で食べて」
荒木は焼きそばに卵を巻いたウインナーを4本も乗せて、割り箸も2本付けてくれた。
他の人に見られないよう手早くビニール袋に入れて手渡してくれる。
「料金は白久から貰っとくよ」
と言われ『何で?』と突っ込みたかったが、同僚の皆が伊古田のことを気にかけているのだと気が付いて言葉を飲み込んだ。

「ごちそうさま」
ここは素直にお礼を言って昨日皆で利用した外のテーブルに向かうことにした。
途中の自販機で飲み物を調達する。
伊古田はソルティライチを選び
「野坂のお勧め」
僕を見てニッコリ笑う。
「じゃ、僕も同じのにしようかな」
こんなときいつも『真似するな』と言われるのが嫌で他人とは違う物を選びがちだったけど、伊古田は素直に『お揃いだ』と喜んでいた。
伊古田という存在は、本当に不思議だ。
僕は徐々に伊古田に対して、好奇心とは違う興味を持ってきたことを感じるのだった。



空いているテーブルを発見し2人で座ると、僕たちは早速焼きそばを食べることにした。
「伊古田、さっきサンドイッチ食べちゃったけど、お腹大丈夫?
 まだ食べられそう?」
彼は身体に似合わず小食なので確認のために聞いてみると
「野坂と分けて食べられるの凄く嬉しいから大丈夫
 出来立てで美味しそうだし、こんなの初めて見た」
伊古田は卵で巻かれたウインナーを珍しそうに見つめていた。
「僕も初めて見たよ、ありきたりの材料なのに組み合わせることを考えたことも無かったな」
僕は早速箸でウインナーを摘み、一口カジってみた。
パキッという小気味よい音の後に口の中にジュワッと肉汁が広がり、それを優しい味付けの卵焼きがくるむように追いかけていく。
玉子焼にウインナーの肉の旨味と塩気が合わさって
「単純なのに美味しい!」
飲み込んだ後に思わず声に出してしまった。

伊古田も夢中で食べている。
「美味しいね、野坂と分け合って食べてるからもっと美味しい」
そう言われると1人で食べているときより美味しく感じる気がした。
『そう言えば、学食で皆でワイワイ食べるランチって美味しいな
 家ではお父さんは仕事、お母さんは買い物や習い事、僕は塾に行ってたから大抵1人で食べてた
 お母さんの料理は美味しいけど、小学生の頃とか1人でチンして食べるの気分的に侘びしかったっけ
 出来立ての料理を誰かと食べるって良いな』
僕達はウインナーも焼きそばもキレイに完食する。

「お腹いっぱい美味しい物食べられるって、幸せ」
満足げにお腹をさする伊古田に
「いつも、どんなもの食べてるの?」
僕はさりげなく聞いてみた。
「僕、まだ皆みたいに料理が上手く作れないんだ
 だからおかずを差し入れして貰うことが多いかな
 自分ではお味噌汁作ってご飯にかけて食べたりしてるよ
 具をいっぱい入れたお味噌汁にご飯、贅沢だよね」
味噌汁かけご飯を『贅沢』と言う伊古田に驚いてしまう。
「えっと、今の職場に来る前とか、施設?かどこかに居たときとか何食べてたの?」
思わず突っ込んだ質問をしてしまった。

「味噌汁かけご飯の食べ残しが多かったかな、お椀の端っこの方にお米が残ってたりするんだ
 トウモロコシの芯とか、リンゴの芯とか、ジャガイモの皮、人参や大根のしっぽ
 魚の頭を貰えたときは嬉しかったな
 何も無いときは川で水を飲んでた」
僕は呆然としてしまう。
彼の食事内容は『残飯』ですらない、最早『生ゴミ』だった。

「よく、大きく育てたね、と言うか生きてこれたね」
思わず口をついて出た言葉に
「白久もサツマイモのしっぽや魚の骨をオヤツに貰ってたって言ってたよ
 黒谷は自分で山に行ってウサギとかネズミとか捕ってたんだって
 さすが猟犬っと…、えと、山が近いと食料が豊富で良いね」
伊古田はエヘヘッと照れたように笑っている。
僕が何も言えなかったせいだろう
「あ、今は美味しいもの色々食べてるよ
 2人とも料理が凄く上手いんだ
 白久のエビとアボカドのサラダとか、黒谷の豆ご飯とか絶品なんだ」
彼は弁解するように慌てて付け足した。
そんな生活を強いられていながら世を拗(す)ね妬(ねた)んだり恨んだりしていない伊古田のことを、凄いと思った。
悲惨な過去が彼のトラウマになっていないようなのは幸いだけど、気の弱さはその過去が影響しているのではと思われた。
自分がこの世に存在している意味を見いだせていないのかもしれない。
『それは僕も一緒だ…ずっとそう思っていた
 でも伊古田に比べれば僕の感情は甘えだ
 だって僕は両親に望まれて生まれてきたし愛されてきた、大事にされてきた、それが今までの僕の存在理由
 その両親を重く感じ始めているのは、まだ甘えてるからなんだ』

「野坂…?」
黙り込む僕に不安を覚えたのか、伊古田が恐る恐る話しかけてきた。
「伊古田は今の職場に居られて幸せ?」
思わずそう聞くと
「うん、こんな世界があるんだってビックリすることばかり
 でもそれは嬉しいビックリなんだ
 自分が使って良い部屋、自分だけの安全なテリトリーとフカフカの寝床を貰えて、皆優しくしてくれるし、美味しい物食べられる
 自分に出来る仕事があるのも嬉しい
 前は犬に噛まれるのが仕事みたいなものだったから
 痛くて怖かったけど、僕が噛まれればあのお方はひどい目に遭わずにすんでたからね」
伊古田は少し俯いた。

「後ね、今は野坂と居られるから幸せ」
伊古田は顔を上げ僕の顔を見て笑った。
「え?僕と…?」
突然の言葉に戸惑う僕に
「野坂は凄く温かい人だから、一緒にいると胸が温かくなる」
彼はきっぱりと答えた。
「僕なんて…」
その言葉を遮るように
「明日も野坂と会えるの楽しみにしてる、明日は東棟の上の階を見て回ろう」
伊古田はそう言って僕の手を握ってくれた。
その手の温もりに励まされるよう
「そうだね、上から攻めていこうか、その方が移動が楽そうだし」
そう答えたら
「確かにそうだね、野坂はやっぱり頭が良い」
伊古田は優しく微笑んだ。

『何で彼は僕のことをこんなに手放しで誉めてくれるんだろう』

僕は彼のことをもっと理解したいという、自分でもよくわからない感情に飲み込まれていくのだった。
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