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しっぽや(No.225~)

翌日の学園祭最終日、それは伊古田に会える最終日だ。
そう思うと大学に向かう僕の足取りは重くなっていた。
『別に学園祭じゃなくても会って良いとは思うけどさ、僕なんかのために仕事休ませるのも悪いし
 そもそも、どこ行けばいいかわからないし、共通の話題も知らないし
 美味しいお店サーチして案内するっていっても、絶対道に迷って迷惑かける自信あるもんなー
 僕の知ってる店で伊古田が気に入りそうなとこあればいいけど』
考え事をしながらぼーっと歩いていると
「野坂!」
急に名前を呼ばれた。
伊古田に呼ばれた気がするけど、大学まではまだ距離がある。
幻聴が聞こえるほど伊古田のことを考えていたのかと、自分が恥ずかしくなった。

しかしそれは幻聴などではなく、本当に伊古田本人が発した声だった。
彼が僕めがけて一直線に駆け寄ってきたのだ。
「え?伊古田?どうして僕の場所がわかったの?
 伊古田とは利用してる電車が違うから違う駅だし、道、知らないはずなのに」
慌てる僕に
「何となくこっちかな、って感じて、来てみたら本当に居たんだ
 ちゃんと野坂を見つけられた」
伊古田は得意がることもなく照れたように笑っている。
「伊古田は探すのが仕事だもんね、ペット探偵に向いてると思うよ」
方向音痴の僕には出来ない芸当に、いつもなら『自慢かよ』と、モヤッとする気持ちが沸き上がってくるところだけど、今回は伊古田に見つけてもらえたことの方が嬉しくて素直に誉めることが出来た。
「早く野坂に会いたかったから探せたのかも」
そんな伊古田の言葉に頬が熱くなっていく。

『どうしよう、何か、メチャクチャ嬉しいんだけど』
今まで親以外に僕のことをこんなにも気にかけてくれた人は居なかった。
他の人とは仲が良いと思っていても、上辺だけの付き合いで終わっていた。
伊古田と居ると、僕はマイナス思考のヒネた自分から少しだけ解き放たれて素直になれるのを感じ始めていた。
僕のことを気にかけてくれて誉めてくれて、不幸な生い立ちでも自暴自棄にならず耐え抜いて、全てを受け止める。
強面で巨人みたいに背が高いのに、穏やかで繊細で優しくて笑うと可愛くて。
『伊古田って、本当、変な人』
会ったばかりなのに、そんな伊古田に惹かれている自分も変な人だった。


それから2人で大学まで歩いて行った。
「今日の服もモノトーンで決まってるね、ダブルアイのやつ?」
「うん、野坂が服を誉めてくれたって連絡したら新しいの持ってきてくれたんだ
 丈とかウエストとか仕立て直してくれたから、ブカブカに見えないでしょ
 僕がもっと太っても良いように、直ぐに戻せる作りにしたんだって」
「そうだね、伊古田はもうちょっと太っても良いと思う
 僕は夏休みにダラダラしすぎて、ちょっとヤバいかも」
お腹を触りながら苦笑する僕に伊古田はブンブンと首を振った。
「ヤバくなんてない、野坂は凄く可愛くて健康的だよ
 野坂みたいな体型だったら皆に心配かけることもないでしょ?
 それはとても良いことだから、やっぱり野坂は凄いんだ
 居てくれるだけで安心する」
よくわからない理屈ではあるものの、僕を誉めてくれているのは間違いがなかった。
『伊古田って突拍子もないこと言い出すけど、語彙力の問題なんだろうな
 ちゃんと学校に行って学べてれば違ったんだろうに
 でも今は、周りにサポートしてくれる人が居るみたいで良かった
 僕も何か手伝って上げられれば良いんだけど…』
そんなことを考えていたせいだろう
「僕が伊古田にしてあげられることってあるのかな」
つい、言葉が口から滑り出てしまった。

「野坂が僕に?」
伊古田はその言葉に敏感に反応し
「かって………、えっと、いや、その……、そばに……じゃなくて」
彼は一生懸命言葉を探しているようだった。
「仲良くしてもらえたら、友達になってもらえたら嬉しいです!
 学園祭が終わっても、また会ってもらいたいです
 勉強忙しくて無理かな、レポートとかいっぱい書かないといけないんだよね
 荒木は近戸や遠野に手伝ってもらって、たくさんレポート書いてて忙しそうだったもの」
「荒木のは課題を溜めすぎてたからじゃない?近戸だけじゃなく遠野にまで手伝わせたって、夏休み中何もしてなかった自業自得的な感じがするんだけど」
そう口にして、やっと伊古田の最初のセリフが脳に突き刺さった。

「と、友達…?」
今までこんなにハッキリと友達になろうと宣言してくれた人は居なかった。
何となく気があって仲良くなって、何となく疎遠になって会わなくなる。
そんな『何となく』な人間関係しか築いてこなかった僕にとって、伊古田の言葉は嬉しすぎて心臓が爆発しそうだった。
彼の性格からして勧誘や詐欺的な下心は全くなく、純粋に僕と仲良くなりたいと思っているのがわかるからだ。
胸のドキドキ音が伊古田に聞こえてしまうんじゃないかと心配になるほど、僕の鼓動は速まっていくのだった。


「うん、友達になろう、僕もまた伊古田に会いたいよ」
なんとか呼吸を整えて彼に伝えると
「本当?僕達、また一緒に居られるの?
 僕、知らない事が多すぎて野坂に迷惑かけるかもしれないのに?
 弱虫だから野坂を守れないかもしれないのに?
 それでも一緒に居てくれるの?」
彼は呆然とした顔をしていた。
「伊古田が知らないことは僕が教えてあげる
 それに僕だって弱虫だ」
『僕の場合は弱虫というより僻(ひが)み虫だけど』
でもその僻み虫は、伊古田と一緒にいれば飛んでいってくれるような気がしていた。
「後で、連絡先ちゃんと交換しよう
 登録の仕方わかる?僕が確認してあげるよ」
「ありがとう、お願いします」
大学に到着した僕達は、照れくさくも晴れやかな気分で最後の学園祭を回り始めた。


模擬店でスナックを買って伊古田と分け合い、気になる展示物を見て回る。
やっていることは今までと一緒なのに、今までよりずっとずっと楽しかった。

気になっていたミス研の展示も見ることが出来た。
理屈っぽい人たちばかりだったら嫌だと思っていたが、部員の人たちはとても気さくで良い意味でいいかげんだった。
彼らの先輩達がガチガチの研究肌で部室は息が詰まる場所だったらしく、卒業してくれたのを幸いにモットーを『色々と適当に楽しむ』にしたそうだ。
基本ミステリが好きだけど乱読する僕にとって、様々なジャンルで語り合えそうな人達がいる場所は魅力的だ。
そしてもう1つ魅力的なことは、会誌こそ出していないが小説を書いている人が多かったのだ。
小説の投稿サイトに上げて、皆で感想を言い合ったりするらしい。
僕も密かに文を書いて投稿していたので、読んでもらえそうな人と繋がれるのはありがたかった。

とは言え不安もある。
「前に投稿したとき編集者気取りの人からコメントもらったんだ
 アドバイスなんかじゃなくて、自分の好みに合わないから難癖付けてるのが丸わかりなんだけどヘコんじゃって」
僕が言うと
「わかる!自分好みのストーリーに変えさせようって人いるよね
 相手がプロの編集者でこっちもプロなら、雑誌のコンセプトに併せることも考えるけどさー」
「自己投影して読んでるのか、このキャラはこの人とくっつくべきだとか」
「でもさ、100の誉め言葉より1の貶(けな)し言葉が気になって書けなくなったりするんだよな」
同じ様な経験をしている人が多く僕はホッとしてしまった。
この人達なら頭ごなしに作品を否定することはなさそうだ。

「良かったら入部してよ、気が向いたときに来れば良いから
 部室には大抵誰かいるから討論しても良いし、読書してっても良いし
 下宿してる奴らがゆっくり本が読めないって言うから、パーティーションで区切って、いつもはあの1画を読書ルームにしてるんだ
 イヤーマフもあるからけっこう集中できるよ」
その自由な雰囲気が気に入って、僕にしては珍しくその場で入部を決め入部届を書いてしまった。
大学に入学してからずっと気になっていとことが、あっけなく解決した感じだった。
『伊古田のおかげかな
 あ、って言うか、こっちで話し込んじゃったけど伊古田、退屈だったんじゃ
 本とか読みそうにないし』
やっとそれに思い至り伊古田を探すと
「3部屋先の模擬店のお好み焼き美味しいよ」
「上の階の鯛焼き食べた?アンコ以外もあってさ、変わり種の野沢菜チーズってのがいけるんだ
 込んでるけど並ぶ価値はあるよ」
「犬のしつけ教室、家の犬も通わせたいなー
 でも場所が遠いや、送迎ってやってない?俺、免許取ってないんだよね」
「家の猫が脱走したときはお願いしようかな
 この前脱走した時に味しめちゃったみたいで、家のドアの前でスタンバるようになっちゃたのよ
 名刺、私にもちょうだい」
彼は部員に囲まれて楽しそうに話をして、ちゃっかり営業もしていた。

「伊古田、そろそろお暇(いとま)しよう」
声をかけると彼は嬉しそうに駆け寄ってきて
「皆、色々教えてくれてありがとう
 ペットが迷子になっちゃったら連絡してね
 じゃあ、行こう、野坂」
すぐに僕の側に控えてくれた。
その、特に僕に懐いている風の行動が嬉しかった。


それから少し構内をブラブラし、お勧めされていた鯛焼きを食べると、もう夕方になってしまった。
何だか校門前で分かれ難く
「伊古田の駅の方まで行くよ、もうちょっと一緒にいよう
 あっちの駅からも乗り換えれば帰れるから」
僕はそう誘ってみた。
「うん、僕もまだ野坂と一緒にいたい」
伊古田は捨てられた犬みたいな切ない瞳で僕を見つめていた。


しばらく歩いて今までの道すがら、信号に1回も引っかからなかったことに気が付いた。
『伊古田と居ると、物事がスムーズに進んで無駄にイラつかなくて済むな』
一瞬そう思ったが、僕は自分の不運を舐めていた。
僕の1日がスムーズに進むことなどあり得ないのだ。

道の前から大きな犬がリードも付けず、フラフラと歩いてきた。
『あれってシェパードだ、ドラマで見るより大きく見える
 え?野良?じゃないよね首輪してるし、でも飼い主が見あたらない』
きちんとしつけされているかどうか分からない大型犬の突然の登場に、僕は恐怖を覚えパニックになってしまう。
思わず伊古田の手を握ると、その手は震えていた。
それでハッとする。
『そうだ、伊古田は犬に噛まれたことがあって大きな犬が怖いんだ』
チラリと視線を向けると、彼は脂汗を流し真っ青になって怯えた目をしていた。

万事休す。
僕は自分の不幸体質を、心底恨めしく感じるのだった。
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