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しっぽや(No.225~)

<side ARAKI>

楽しかった夏休みも残り後僅かとなってしまった。
今日から3日ほどしっぽやのバイトは休みにしてもらい、白久の部屋に泊まりに来ている。
思い出を作り始めたばかりの新しい部屋の自室で、俺はPC画面に向かっていた。

「今年の夏休み、免許取ったり山に行ったり盛りだくさんだったなー」
感慨深く思い出す俺には、まだ盛りだくさんの物が残されていた。
「忙しかったとは思うけどさ…正直、ここまでやってないと思わなかった」
俺の隣で近戸が乾いた声で呟いている。
俺の手元にはほとんど手つかずの夏休みの課題が溢れていたのだ。
もう9月に入っているので、高校生の時だったら完全に積んでいた。
講義の始まる来週半ばまでに、この山を何とかしないとヤバい事態になってしまう。
作品の方は出来上がっているが、レポート系が壊滅的だったのだ。


「近戸先生、助けてください、お願いします!」
俺が拝むと
「まあ、荒木には引っ越しの時に凄く世話になったから、夏の課題を手伝う気ではいたよ
 でもこれ、流石に1日じゃ無理だな
 4日間、明戸のとこに泊まる予定立てといて良かった
 スーパーの店舗改装で5日の連休もらえたから来れたんだ、荒木、運が良いな」
近戸は苦笑しながらも大きく息を吐いていた。
「せっかくの飼い猫とのラブラブタイムに、ほんとごめん
 せめて3日で終わらせるように頑張る
 この恩は、また何かで返すから
 終わったらプチ歓迎会もかねて、どっかに美味いもの食べにいこう
 俺、車出すよ」
多分、その料金は白久が払ってくれるけど、と言う言葉は飲み込んだ。

「歓迎会?そう言えば今日の夕方に、新人が元の白久の部屋に来るんだっけ」
近戸には伊古田のことは本当に簡単な話しかしていなかった。
「うん、現在に慣れるの、もっとかかるかと思ってたけど武衆の皆が良くしてくれてさ、本人も町中が恋しいって言うから来るの早まったみたい
 前より他の犬に怯えなくなったって白久経由で聞いたんだ、良かったよ
 伊古田、グレート・デーンだけど臆病でさ
 明戸、ちょっと気が強いとこあるだろ?
 優しくしてやるよう、近戸からも言っといて」
「グレート・デーンって、超大型犬だろ?
 むしろ明戸の方が心配というか、化生だから大丈夫だと思うけど、猫に襲いかかったりしないよな」
心配そうな顔でヒソヒソと近戸が聞いてきた。

「とんでもない、確かに身体は空よりデカいけど『蚤(のみ)の心臓』なんだ
 と言うのも、過去世が壮絶だからかな、元の気質もあるとは思うけど」
俺は伊古田の過去と、彼の飼い主がその後どんな道を歩んだかを詳しく教えてやった。
「前の飼い主がこんなにはっきり分かるケース、ほとんどないよ
 例外はお爺さんの跡を継いでジョンを飼ってる岩月さんくらいかな
 ウラと大麻生もビミョーにそんな感じかも」
前の飼い主さんの情報をスマホで検索して近戸に見せた。
「確かに凄い人だな、遺志を継いだ人が今でも活動を続けている
 こんな団体あったんだ、今度、少額だけど寄付しようかな」
「あ、俺もしたいかも、するとき誘って」
俺達は暫く伊古田について話し合っていたが
「やば、話し込んじゃった」
時計の時間を見た俺達は慌てて課題に取り組むのだった。



「高校の時と違って、丸写しとかさせてもらえないのキツい」
俺はキーボードを叩きながらため息を吐く。
「次に必要そうな要点まとめて、参考になる資料抜粋したのプリントアウトしといたから頑張れ
 荒木もやり出せば早いのに、やるまでのウダウダが問題なんじゃないか?」
「ありがとー、自分でもそう思う
 問題を先延ばしにすると言うか、スタートダッシュが遅いと言うか
 これ、出来上がった奴チェックして、言葉とか足りないとこあったら教えて」
「スタートダッシュは重要だよ、日野も同じ事言うと思う
 荒木、今までは日野にベッタリ頼ってたろ
 日野もトノみたいに頭も運動神経も良いからな」
「頭と運動神経良いのはお前もだろ、しかも背が高いんだから」
1つ目の課題の終わりが見えてきた俺達は軽口を叩く余裕が出てきた。

「出来た、これは終了、もうこのまま提出する」
それから程なく、1つの山を片づけた。
まだ控えている物は多かったが、今日中に後2つは何とかなりそうだ。
「資料、抜粋して揃えといてもらえるの助かる
 一息ついて遅いランチ休憩しよう
 ランチって言ってもコンビニのオニギリとサンドイッチ、飲み物はペットボトルの侘びしいもんだけどさ
 白久がいないと食生活ショボいや」
「今回はいてもらってもしょうがないもんな、仕事しててもらった方が気を使わなくて方が良いよ
 お互い、飼い犬や飼い猫がいないとまともなもの食べられない、って言うのも何だかな」
俺達は笑いながら準備して、ペットボトルのお茶で1つの課題クリアに乾杯するのだった。


ランチを食べながらの話題は、大学のこととなった。
夏休み中は近戸以外と会っていなかったから、少し気になっていたのだ。
「近戸は久長と蒔田にはバイト先で会ってたんだろ?
 看板の書き方とか知りたくて蒔田には時々連絡してたけど、久長と野坂とは連絡とってなかったな」
「久長と蒔田は1週間くらい帰省してたみたいでバイト休んでたよ
 でも学校無いから稼ぎたいって、夏休み中はシフト多めに入れてもらってたな
 引っ越しの後始末とかで休みが多かった俺より、働いてるかも
 おかげで俺が休めたんだけどさ
 そういや、俺も野坂とは連絡取ってないや
 あいつバイトもしてないし、冷房効いた部屋で積ん読を崩すのに忙しいのかもな
 学校始まったら何冊読んで、何冊増やしたのか聞いてみるか」
「優雅な夏休みだよな、俺なんて結局1本も映画観に行けなかったよ
 夏休みだから面白そうなの何作も上映してたのに
 DVDになったら借りてきて、白久と一緒に観ようっと」
「はいはい、ごちそうさま」
近戸は大仰に肩をすくめて見せた。

「荒木って、アクション系しか観ないの?
 たまには野坂とミステリーとかサスペンス系を観に行くのもいいんじゃない?」
近戸にそう聞かれたが
「野坂って原作付きの邦画しか観ない感じなんだよな
 邦画もサスペンス系だとアクション絡みで面白そうなのあるけど、一緒に観に行くと後でウダウダ講釈されそうなのがちょっとね
 あれだけミステリーマニアならミステリ研究会とか入って、同じ趣味の奴と行った方が盛り上がれると思うのに
 うちの大学ミス研あったよな
 バイトやってないんだから、サークル入ればいいじゃん」
俺は苦笑気味に答えてしまう。

「あー、ミス研ねー」
近戸は何やら考え込んでいたが
「これ、野坂には内緒にしといてな」
2人しか居ない部屋なのに、声をひそめて話し始めた。
「大学の入学式で初めて会ったとき、あいつ講堂に行けなくて迷ってたんだ
 地図を見てたんだけど、それがひっくり返ってて自分の位置関係全く把握できてないみたいでさ
 見かねて俺も迷ったふりして一緒に地図見て行動してたら、蒔田や久長や荒木が合流してくれて、自然な感じで講堂に行けたんだよ
 あの時は俺だけだったら白々しかったから、他に人が居て正直助かった、って思ったな
 その後、話してたらミステリーが好きだってわかったんで『館物とか?』って聞くと『館物は構造が良くわからない』ってポロッともらしてさ
 野坂って、もの凄い方向音痴みたいなんだ
 サークル入らないのは、ミス研でその辺突っ込まれたくなかったんじゃないか?」
近戸の言葉には頷けるものがあった。
「あいつ、悪い奴じゃないんだけど変なとこでプライド高そうだからな
 そういや、未だに学食行くとき通路間違えそうになってたっけ
 わかった、この話はオフレコにしとくよ」
そう答えて俺はペットボトルのお茶を飲み干した。

「じゃあ、伊古田が来るまでに、やりかけの課題やっつけるか
 で、理想的には寝る前にもう1個片付る、と」
「俺と明戸のラブラブタイムを作るために頑張ってくれよ」
「俺だって早く終わらせて白久とラブラブタイムしたいよ」
そんな軽口をたたきながら、俺達は作業に戻るのだった。



「よし、これもこのまま提出する、ちょっと考察弱いけどもうこれ以上考えられない」
集中力が切れ、今は次の課題に取り組めそうになかった。
デスクに突っ伏した俺に代わり、近戸がレポートを見直してくれている。
「これだけ書いてあれば大丈夫だと思うよ
 そう言えば伊古田って何時に来るんだ、そろそろかな」
近戸に聞かれて俺は時計を確認する。
「予定はザックリと『夕方』としか聞いてなかったな
 ってもう6時過ぎてるじゃん、波久礼が連れてくるって言ってたから迷うことはないと思うけど
 あ…先に猫カフェに連れて行かれたオチかも」
俺は1度は上げた頭を再び下げてしまった。
「猫好きならまだしも、猫神2人は勘弁
 グレート・デーンって他の動物とも友好的だからシャレにならないよ」
「俺は、明戸と仲良くしてくれるならそれに越したことないけどね」
事務所に連絡してみた方が良いのかと迷い始めた頃

ピンポーン

チャイムが鳴った。
化生が居ないので誰がきたか気配で分かる由もなかったが、時間から言って伊古田だろう。
俺と近戸は連れだって玄関に向かった。


ドアを開けるとそこには伊古田が立っていて、なつっこい笑顔を向けていた。
お屋敷で見た時よりも健康的な感じになっている。
相変わらずスリムだが、病的に痩せている感じが薄れているのは料理番達の頑張りの成果のようだ。
ただ、傷跡の痣はそのまま残っていた。
「荒木、久しぶり、また会えて嬉しいよ」
「伊古田、俺も会えて嬉しい
 こっちは大滝 近戸って言って、明戸の飼い主なんだ」
俺が紹介すると
「新しい人間だ!よろしくね」
伊古田は目を輝かせた。
「よろしく、近戸って呼んでよ、俺も伊古田って呼ぶから」
近戸が差し出した手を、伊古田は両手で壊れ物を触るようにそっと握る。
大きな身体から繰り出される繊細な伊古田の動作は、健気感に満ちあふれているのだった。
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