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しっぽや(No.198~224)

「おはよーさん、遅刻せずに来れたな」
モッチーは俺達を見てニヤニヤ笑っていた。
『遅刻しなくてもお見通しっぽい』
俺はモッチーの勘の良さを呪いながら
「おはようございます、今日はよろしくお願いします」
そう言って頭を下げた。
「山道ですけど、本当に大丈夫ですか?」
その後、思わず小声でそう付け加えた。
しっぽや関係者の中で、彼は『山道で事故った人』として有名だったからだ。
送迎してくれるのに失礼だとは思ったが、ひろせと事故に遭うのは勘弁したかった。
「山道だから言われるとは思ったが、本当に大丈夫だって
 あの時は夜だったし焦っててスピード出してたから
 今回ソシオも一緒なんだぜ、ソシオ乗っけて事故るわけにいかないだろ
 超安全運転するから」
モッチーは神妙な顔で頷いていた。

「ひろせ、おはよー
 凄い荷物だな、着替え?向こうに猫用の服とか残ってるよ」
「おはよう、ソシオ
 荷物は武衆の皆へのお土産です、お店で見てたら色々欲しくなっちゃって
 こっちは今回運転してくれるモッチーへのお礼なんです
 運転しながらでも食べられそうな物を選んでみました
 僕とタケシ、朝御飯食べるの間に合わなかったんで車の中で食べて良い?」
「良いよ、モッチーが作ってくれたアイスコーヒー持ってきたから飲んでよ
 コーヒーも紅茶みたいに水出しできるんだ、少し時間はかかるけどね」
「へー、それはお手軽で良さそう、今度事務所で作ってみようかな
 作り方教えてください」
猫達は和気藹々と話し込んでいる。
俺達は荷物を積み込んで、お屋敷目指して出発した。


走り出した車の中で俺とひろせはオニギリにかぶりつく。
鮭、ツナマヨ、焼きタラコ、昆布の佃煮、オーソドックスな具だけれど、どれも鉄板で美味しかった。
卵やウインナーを焼いてくる時間がなく、オカズに魚肉ソーセージを持ってきたので遠足気分満載だ。
モッチーとソシオにもお裾分けして車中皆で食べると
「何か、遠足みてーだな」
同じ事を考えていたらしいモッチーが、笑って言っていた。

車は住宅街や幹線道路を走っている。
懸念する山道には中々入らず、俺は正直ホッとした。
「モッチーも向こうで修行とかするの?仕事もあるし、いったん帰る?」
そう聞くと
「ゲン店長にゃ、向こうでノンビリしてこいって言われた
 ついでに事故物件要員としてパワー付けてこいとさ
 事故物件行って自分だけ無事って言うのも何だなーとは思ってたんで、その辺聞いてみようと思ってるよ
 ゲン店長、面倒見が良いせいか変に敏感みたいだからさ
 タケぽんは大丈夫そうか、上手くシャットアウト出来てる気がする
 しすぎて周りが見えなくなる傾向もありそうだが
 ナリみたいにきちんと説明してやれなくてすまんな」
本能みたいなモッチーの言葉だったけど、俺にとっては能力を認められたみたいで嬉しかった。
「後、和泉センセが離れを使うと旅行気分が増すし良いって言ってたな
 高校生には離れはまだ早いから、タケぽんは母屋の客間を使えってさ
 俺達だけ悪いな」
「いえ、3食付きでタダで泊めてもらえるだけでありがたいです
 旅行のサイトとか見ると、一泊するのもけっこーかかるなって」
「まあ、旅館の値段はピンキリだけどな
 回りに何もないとは言え3食付き、温泉付きでタダだったら破格だ
 車を置かせてもらえるのもありがたい
 買い出しやら掃除やら手伝わないと罰が当たるな」
ツーリングが趣味のモッチーは旅慣れているようだった。

やがて山に近づいて行く。
「地元の人が迂闊に入り込まないよう目くらましかけてるって言ってたが
 ぱっと見た感じ、1本道っぽいな」
モッチーが前方を見て言うと
「だって、俺達が居るからそんなの効かないよ
 化生には普通に帰りつける場所だもん」
ソシオが得意げに答え、ひろせも頷いている。
「三峰様の領域だし、モッチーにちょっかいかけてくる奴はいないからね
 俺が居るからには、山の怪なんかにモッチーを傷つけさせない」
ソシオは強い意志を込めた瞳でモッチーを見ていた。
「僕もタケシを守ります」
俺の手をギュッと握りしめてくる、ひろせの手の温もりが嬉しかった。


呆気ないくらい無事に、車はお屋敷に着いた。
広大な庭に車を停めさせてもらい、荷物を下ろす。
大きな犬達がワラワラと群がってきて
「ひろせお帰り、健康そうで良かった」
「可愛がってもらってるんだな」
「後で波久礼にうんと甘えといてくれ、あいつ、猫成分が切れてて今にも猫を拾ってきそうなんだ」
「果物色々用意しといたぞ、調理場でお菓子作りして良いからな」
皆でひろせを撫でまくっている。
ソシオとモッチーのところも似たり寄ったりの歓迎を受けていた。

「ただいま、お土産色々買ってきたから皆で食べて
 こちらが僕の飼い主のタケシ、格好良いでしょう
 格好良いだけじゃなく、凄く頼りになるんですよ」
ひろせの紹介で次々と武衆の犬達が挨拶してくれる。
化生だから当たり前なのかもしれないが、どう見ても全員が俺より格好良くて頼りがいがありそうだった…



お屋敷で過ごす日々、どんな厳しい修行をさせられるのかと思ったら、これといって特に課題はなかった。
早朝、まだ清々しい空気の庭を散歩して料理番が作ってくれた美味しい朝食を食べ、昼食まで川で海(かい)と一緒に魚を捕ったりする。
昼食後、ひろせと一緒に波久礼の部屋に行き、そこでやっと猫とのつながり方を習うのだ。
合間におやつを食べ、料理番に手作りバターや簡単おやつのレシピを教えたり、夕飯の後は温泉でまったりして、しっぽやでのバイトが無い分、夏休みダラダラ満喫コースを謳歌するばかりだった。

離れに泊まっているモッチーは朝が遅くなりがちだったけど、似たような感じで過ごしていた。
でもモッチーは車で買い出しに行ったりして役に立っている。
ミイちゃんがソシオに会うため一緒に彼女の部屋で話し込む時間もあり、何かアドバイスを受けているようだ。
ダラダラ生活も3日目を迎え、さすがに焦った俺はミイちゃんに何を教わったのかモッチーに聞いてみた。
「実はよく分からん
 俺は本能的に身を守ってるから、無自覚の方が良いとかなんとか
 守りたい人が側にいるときは、避難部屋をイメージで作って籠もれって言われたが、部屋に入りきる人数しか守れないってさ
 部屋って言っても、タタミ1畳分位らしいから多くても3人が限度かね
 自己鍛錬でもう少し広げられるかもしれないが、何をすりゃ良いんだか検討がつかねーよ」
モッチーからは漠然とした答えしか返ってこなかった。

「範囲を広げる…
 俺の場合自己鍛錬で能力が広がれば、広範囲の猫を感じ取りやすくなるだろうけど
 探してる猫かどうかの判断が付かなければ猫師匠みたいになりそうだ」
悩む俺に
「捜索対象の猫かどうかは僕が判断するので、タケシは僕を捜せるようにする、とかどうでしょう
 せっかく2人で捜索するのだから、双子のように挟み撃ちを狙ってみたいなって思ってたんです」
ひろせがアドバイスしてくれた。
「確かに、慣れてるひろせの気配を広範囲でも探せるようになるのが先だね
 ここの庭は広いし木立が多いから、隠れんぼ感覚で練習してみようか」
俺達はそれから何もない時間は、庭で過ごすようにした。


生前も山の中で飼われていたし屋敷にも慣れているひろせは、庭に入ると上手く隠れて気配を殺すことが出来た。
初めのうちは全く分からなかったひろせの気配が、何度かやるうちに木立の間から感じ取ることが出来るようになっていた。
鳥の気配、虫の気配、木々の気配、山の気配、水の気配、庭にある様々な自然の気配の中から、ほんの微かに感じるひろせの甘い気配。
5日目には天気によっても時間によっても、場の雰囲気やまとう空気の気配が違うことに気が付くことが出来ていた。


いつものように庭での隠れん坊の最中、突然神聖な気配が近づいてくるのに気が付いた。
山の様に大きく、空の様に果てしない、包み込むような輝く気配。
俺は無意識のうちに気配に向かって平伏(ひれふ)していた。
「ごめんなさい、驚かせてしまったかしら
 ちょっと派手に登場しすぎてしまったわ、随分感じ取れるようになりましたね」
木立の間から現れたのは、ミイちゃんだった。
既に先程感じていた神聖さは消えていたが、輝きは残っていた。
「色々な物の見方が変わったでしょ
 これは言葉で説明し難いから、自分で気付けないと感じ分けられないのよ
 この山は雑念が入ってこないし初心者の練習場所として適していると思うのだけど、どうですか?」
「はい、ほんの微かな気配でも、ひろせを感じ取ることが出来るようになりました
 耳を澄ますように、心を澄ますことも出来るんですね」
俺の答えに彼女は微笑んで頷いてくれた。

「せっかくの夏休みですから、楽しんで修行して欲しかったの
 ひろせとの隠れん坊、楽しそうで何よりです
 時短を目指すと、歩みが早くなって体力的にもトレーニング出来そうですね」
「確かに、頑張ってやってみます」
初めて具体的なアドバイスをもらった俺は、それからは時短も意識してキビキビ動くように気をつけた。
足に筋肉が付いたかは謎だけど、今までよりも遠くに隠れているひろせを見つける時間は短くなっていった。


お屋敷滞在最後の日の前日。
俺はひろせが去った方角とは逆方向の木の上に隠れている彼を、探し始めてからすぐに見つけることが出来た。
「凄いです、今回は本気で気配を消して隠れたのに
 タケシが僕に気が付いてくれて嬉しい」
しっかりと抱きついてくるひろせを抱きしめ返し
「ひろせのことは見失わないよ」
そう言って頭を撫でてやる。
2人っきりの林の中で久しぶりに強く触れ合った俺達は、そのまま唇を合わせた。
「せっかくタケシと一緒にいるのに、出来なくてモヤモヤしてます」
「俺も」
明日には帰ってしまって、また事務所でしか会えない日々が戻ってくる。
同じ事を考えていた俺達は身体が勝手に反応してしまい、その場で何度も熱くつながりあった。
それはこの夏休みで1番の幸福な思い出として、2人の心に刻みつけられるのだった。





「まあ、いろいろ頑張ったし、猫の捜索において少しは進歩できたんじゃないかとは思います
 何か高2の夏休みって特別ですね」
何を頑張ったか言葉を濁す俺に、先輩達は顔を見合わせてビミョーな表情になる。
「高2の夏休みか、確かに最大級に特別だったな」
「人生変わったよ、俺が自分に戻れた」
何だかオーバーな言葉だけど詳しく聞くことははばかられる雰囲気だっし、俺だってひろせと最後に何をしたのかは2人だけの秘密にしたかった。
高2の夏休みは特別な秘密に満ちている。

「あ、ひろせが帰ってきた、アイスミルクティー作ろう」
「おっと、長話しすぎたか、未整理書類の入力しなきゃ」
「ここの片づけはタケぽんに任せて、桜さんとゲンさんのとこにもお土産届けてくるよ」

俺達は夏の思い出を胸に、仕事を再開するのだった。
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