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しっぽや(No.198~224)

side<HINO>

うるさいほどの鳥と虫の鳴き声、爽やかな空気と明るさ、そんなことを感じて意識が強引に覚醒させられた。
黒谷の腕の中から抜け出してスマホを見ると、まだ6時前だった。
「日野、もう起きますか?」
俺が起きた気配を感じ、黒谷が囁いた。
「うーん、まだゴロゴロしてたいのとせっかくだからもう起きちゃいたいのと、半々の気分」
さすがに黒谷に抱かれているのが暑く感じる時間になっていた。
それでも未練たらしく黒谷の腕だけ抱き寄せ、頬や唇に押しつけたりしてみる。
2人で過ごす贅沢な時間を満喫していた。

そうこうしているうちに、屋敷や庭で話し声やざわめきが聞こえてくる。
「皆、もう起きてるんだ
 仕事したりとかしてるのかな、大変そう」
「持ち回りで風呂場や部屋の掃除をするため、朝が早い者もおります
 早い者は途中で昼寝をするので大丈夫ですよ
 夏は日中動いてると暑いですから、早朝や夜の方が活動しやすいのです」
黒谷の言葉に、日中は寝ていて夜になると張り切って散歩をする犬の姿を想像し、ちょっと笑ってしまった。

「今日は俺も犬っぽく過ごすのも楽しそう
 取り敢えずもう起きて、庭でも散策させてもらおうか
 早朝の方が鳥の活動が活発なんだよね、珍しい鳥見れないかな」
そう言うと俺は起き上がる。
「着替える前に、温泉で汗だけ流してくる
 爽やかだけど、日が出るとジットリ暑くなってくるな
 24時間温泉に入れるって、贅沢!」
「お供いたします」
黒谷はそつなく着替えを用意し、俺と一緒に移動するのだった。


温泉でサッパリした肌に新しいシャツを着ると、清々しい気分になった。
「着てたやつは、今夜にでも離れの洗濯機で洗おう
 離れがあるの、ほんといろいろ便利」
一端荷物を置いて庭に出ると、日は起きたときより高くなってきていた。
それでもまだ、朝の爽やかさが残っている。
俺と黒谷は木立に向かい歩いていった。

木立から眩しい光が射してくる。
『ライト?なんて、朝に点けるわけないよな
 金属が光を反射してる感じもするけど、こんな山の中で何だろう』
不思議に思って光の方に進むと、ミイちゃんと行き合った。
「おはよう、日野」
にこやかに挨拶してくるミイちゃんの手元が光っている。
布にくるまれているが、光が漏れだしているようだった。
先ほどの光の正体に違いなかった。
「おはよう、ミイちゃん
 凄い眩しいけど、何を持ってるの?」
企業秘密的なことかもしれないと思いつつ、俺は好奇心が抑えきれずに聞いてみた。
「まあ、日野にはこれが眩しく見えるのね」
彼女は出来の良い生徒を褒める先生のような顔になった。

「これは水晶よ、朝日に当てて清めていたの
 ゲン用のブレスを作ろうと思って
 廃屋の掃除の時、ゲンを守りきれなかったのが長瀞に申し訳なくてね
 他の人間達は守りが強いので、油断してしまったわ
 ゲンは優しいから付け込まれやすいし、淵を覗いたことがあるから反応しやすいことを知っていたのに
 不甲斐ない」
ミイちゃんは悔しそうだった。
それで俺は大野原不動産の事故物件騒動を思い出した。
確かにあの後、ゲンさんは熱を出して寝込んでいたようだ。
長瀞さんが看病するため、3日ほど休んでいたと黒谷が言っていた。


「三峰様、よろしければ日野の分も作っていただけないでしょうか」
躊躇いがちに黒谷が口にする。
「黒谷、俺はもう作ってもらったから大丈夫だよ」
過保護な愛犬の言葉に俺は笑ってしまった。
「そうなのですが…日野の魂の輝きに悪しきものが目を付けたら、と思うとどうにも心配で
 日野の輝きは、日に日に増していきますから
 日野の今の状態に併せて、新しく調整した石で組んでいただきたいのです」
自分でも心配性だと思ったのだろう、黒谷も苦笑している。

「そうですね、せっかくの機会なので作ってみましょうか
 そうだわ、荒木の分も作りましょう
 黒谷と白久の分も飼い主とお揃いな感じで作るのが、楽しそうだわ
 廃屋騒動の後、ナリに教えてもらって石をいろいろ買い込んだのよ
 天然石屋さんでのお買い物って、楽しいわね
 散財する楽しみに目覚めてしまったわ
 今なら2人のお気に召す石が手元にあると思うの
 武衆の者達はあっという間に無くしそうで、彼ら用に作るのは躊躇していたのよ
 やっと作る楽しみを味わえそう」
嬉しそうに笑うミイちゃんのありがたい申し出に、俺と黒谷は感動してしまう。
「ミイちゃんが目の前で石を選んで組んでくれるの?
 御利益ありそう!」
「飼い主とお揃いのブレス、またお揃いの品が増えるなんて喜ばしいことです!」

「ゲン用の物とは別に清めますので、今日作ってもお渡しが少し後になってしまうけど良いかしら」
少し申し訳なさそうなミイちゃんに
「楽しみに待ってます!」
俺も黒谷も声を揃えて答えるのであった。


朝ご飯の丼飯(3杯目)に生卵を割り入れ醤油をかける。
地元の養鶏場直売所で買ったという卵は、黄身の味が濃厚で最高だった。
漬け物やサラダ、目玉焼き、ベーコン、ソーセージ、焼き鮭、具沢山の味噌汁、ホテルのビュッフェ並に充実している朝食メニューはどれも美味しくて箸が止まらなくなる。
「明日の朝、これを逃すのは惜しいな
 とは言え今夜は張り切っちゃうから、起きられるか不安だ
 食欲を取るか、黒谷とのイチャイチャを取るか
 ここはガッツで両方取りたい」
俺がブツブツ言いながら悩んでいると
「明日はブランチにしとくか?」
料理番が話しかけてきた。
「いや、朝飯とブランチ、両方食べる!」
俺はそう決心する。
もちろん黒谷とのイチャイチャ込みの決心であった。

「あ、荒木達用のブランチ、今日は必要ないかも
 あいつら下手すると昼近くまで寝てるかもしれないから」
『向こうは今日、というか昨晩が離れで過ごす最後だしな』
俺が言うと
「川でハシャぎすぎて疲れたのか?
 久那と和泉もたまに疲れたって言ってブランチパスするんだ
 ここは都会とは違うし、変に気が張ったりするのかもな」
頷く料理番の言葉に
『和泉先生も年の割に体力あるな…』
俺は変に感心してしまった。

「でも武衆の皆はブランチのご相伴楽しみにしてるし、俺がガッツリ食うから用意しといてくれると嬉しいな
 今日は何サンド?」
俺が聞くと
「今日は手作りミートソースと夏野菜のピザトーストにしようと思ってんだ
 他にもサラミ、シーフード、色んなバージョンで作ってみるぜ」
料理番は得意げに答えた。
「マヨコーンもあると嬉しい、ファミレスの定番ピザ」
「なるほどマヨネーズとコーン、総菜パンの定番でもあるな
 陸にコーン缶を買いに行かせるとするか」
料理番は陸を探しに去っていった。


部屋に戻って身支度を整えて、ミイちゃんの部屋に向かう。
緊張しながら部屋の前に立つと、直ぐに襖が開いてミイちゃんが手招きしてくれた。
豪華な部屋かと思いきや、俺と黒谷が泊まらせてもらっている部屋と大差なかった。
桐箪笥と物入れがあり、床の間には花が生けてある。
鏡台があるのが女の子らしかった。
座卓の上には布が広げられ種類別にケースに入った天然石、ハサミやブレス用のゴムが無造作に置いてあった。
早速作業をしていたようだ。

「便利なものがあるのね、ブレスレット用のデザイントレーですって
 今まで効能重視で色やデザインを気にしたことなど無かったから、新鮮な気持ちよ
 人間にとっては配色も気になるところなのね」
ミイちゃんが見せてくれたトレーは色んな大きさの円が立体的に浮かんでいる。
「日野の手首だとこの辺かしら」
ミイちゃんは俺の手を取り、手首に当てた手を輪にしてトレーに当ててみていた。
「黒谷」
ミイちゃんに皆まで言わせず黒谷は左手を差し出した。
俺と同じようにサイズを測り、メモ用紙に記入する。

「石は水晶が万能なのですが、せっかくなので自分で選んでみてください
 石の好みは不変ではなく、その時の自分の状態に合った物が気になるように変わっていくんですって
 ナリの受け売りですけど
 彼の言葉は人間を知る勉強になりますね」
ミイちゃんが微笑んで小首を傾げると、絹糸のような黒髪がさらりと揺れナリを思わせた。
「あ、でも俺、色に対するこだわりとかわかんなくて
 荒木みたいにセンスないから
 黒谷の毛色みたいでオニキスとかタイガーアイは気になるけど」
モジモジと言う俺に
「自分が身につけてみたいと思う石があるか、あまり深く考えずに選んでみてください
 直感で選んだ方が、相性の良い石を手に出来たりしますよ
 きっと荒木なら、デザインよりも勘で選べる日野を羨ましがるのではないかしら?
 隣の芝生のようね、自分には無いものの方が羨ましくなる
 より優れた物を選ぼうとする感覚は、犬や猫にもありますよ
 海と陸は、それでいつも小競り合いをしてるの
 本気で取り合っている訳じゃなく、遊び半分でじゃれ合っているだけですが、何分(なにぶん)あの大きさでしょ
 町中でやられたら官憲(かんけん)を呼ばれてしまうわ」
ミイちゃんは軽口混じりで気持ちをほぐそうとしてくれた。

「流石に石屋さんより種類も数も少ないけれど、見てみてください」
ミイちゃんに差し出されたのは、婆ちゃんがビーズ手芸で使っているのを見たことがある透明な円形の入れ物が何個も繋がって筒状になっているものだった。
同じ石、同系色の石がまとめられている。
どの石も輝くようにキラキラして見えるのは、ミイちゃんが調整をしたからだろう。
「これ、すごいキレイ、あとこっちも
 何か、透き通ってる方がキレイに見える」
俺が示した石を見たミイちゃんが微笑んだ。
「それは全部同じ石、フローライトと言うの
 色によって効果が違ってくるわ」
「え?こんなに違う色なのに同じ石なの?」
言われなければ、俺には絶対区別は付かなかった。
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