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しっぽや(No.198~224)

白久が屈んで大きめの石を動かすと、黒谷が腕を振り抜いた。
何かが弧を描いて飛んでいき、川岸に落ちていく。
それは河原でビチビチと動いていた。
「やったー」
「凄い」
俺と日野は川から上がって急いで確認しに行った。
石の上で小ぶりでゴツい顔の魚が跳ねていた。
犬達も自分達の成果を見ようと川から上がってくる。
「掴もうとせず、いったん水から上げることを優先してみました
 来るとわかって待ちかまえていないと難しい
 これが精一杯ですね」
それでも誇らしげな顔の黒谷に
「これ、食べられる?」
日野は『絶対聞くだろうな』と思っていたことを、真っ先に問いかけていた。
「唐揚げにすると美味しいです」
その返事に
「黒谷が捕ってくれたもの食べられるなんて凄い」
日野は喜色満面だった。
「白久だって手伝ったもんね、俺も食べてみたいな」
「荒木のために頑張って、もっと捕ります」
俺達も負けじとイチャイチャするのだった。


スイカを入れている網に魚を入れて持ち帰ろうと言うことになり、俺達は先にスイカを食べる事にした。
スイカ割りも楽しそうだったけど、今回は包丁やまな板持参なので普通に切って食べる。
あまり大きくないスイカなので4分の1に切って皆でかぶりついた。
流石に食べにくい大きさだけれど、海パンしか履いてないから汁がどれだけ垂れても気にしなくて良いし、豪快な感じがしてより美味しい気がする。
「外で食べる食い物って、美味さが増すよなー」
しみじみ言う日野に
「暑い日に外で冷えたスイカって、贅沢!
 渇いたノドに丁度良い甘さ」
俺もそう答える。
「塩分も補給なさってください」
黒谷が日野に塩の小瓶を手渡した。
「味変きたー!甘じょっぱいのも美味いんだよね」
俺達の間で塩の小瓶が回される。
塩のおかげで多いかな、と思っていたスイカをキッチリと食べきっていた。


少し休んでスイカが入っていた網を持つと、荷物もそのままに俺達はまた魚が捕れそうな場所に向かう。
「こーゆーとき私有地だと盗られる心配なくて良いな
 手ぶらで歩き回れるって楽じゃん」
「だな、高価なもの持ち歩いてるわけじゃないけどさ、この状態でタオルや着替え盗られたら最悪」
「だよなー、雨の日に盗られるとビニ傘でもマジでムカつくし
 金額じゃないんだよ」
そんなことを言いながら、犬達が捕ってくれた魚(カジカ)を網の中に回収していった。

黒谷も白久もだんだんコツがわかってきたのか、既に10匹近く捕っている。
網は川に入れて魚が捕れたときだけ持ち歩いていたのだが、1度熱い石の上に上げられるせいか大半が死んでしまっていた。
「捕りたてだし、鮮度に問題はないだろ
 料理番が弁当持ってきてくれたら、調理できるかどうか渡してみよう」
「魚って弱い生き物なんだね
 生け簀に放せる状態で川魚捕ってた海って、実は結構凄かったんだ」
しみじみと魚を見ていると
「おー、精が出るな、弁当食って一休みしなよ」
「素手で捕ってたのか、凄いな、飼い主への愛ってやつだ」
そんな声が聞こえてきた。
見ると料理番の犬達が大きな風呂敷包みとバスケット、ポットを抱えてやってくるところだった。

「待ってました!」
日野が喜色満面で2人を迎える。
「お待たせいたしました、お坊ちゃま方」
彼らが持っている荷物が魅力的すぎて、そのふざけた感じの言葉に腹を立てる気にはならなかった。
風呂敷を解くと、5段構えの重箱が出てきた。
バスケットにはアルミホイルにくるまれたオニギリがギッシリ入っている。
「冷えた麦茶やスイカで、胃腸が冷えただろ
 暖かい味噌汁、持ってきたぜ」
料理人ならではの気遣いが流石だった。

「俺達もご相伴に預かっていいかな」
「人間に感想聞きながら食べたくてさ」
2人の申し出に白久と黒谷は笑顔で頷いた。
「プロに習えるチャンスだよ
 日野が気に入ったものの作り方を教わりながら食べられるなら、願ったり叶ったりだ」
「私もちょうど昨夜のゴマだれの作り方を、もっと詳しく聞きたいと思ってました」
和やかな雰囲気の中、ビニールシートを広げその上に重箱やバスケットを置いて、紙皿と割り箸を手に適当な河原の石に腰掛けて楽しいランチが始まった。

重箱の1番目はお弁当の定番、卵焼きとソーセージが詰まっている。
2段目は筑前煮、3段目は揚げ物、4段目はミニハンバーグやミートボール、最後は彩りがきれいな漬け物だった。
「これは蕪にマスを挟んで人参と一緒に米麹で漬けたんだ
 かぶら寿司の変形バージョンって感じかな
 本式はブリなんだけど、そのとき手に入った魚で色々漬けてみてるんだ
 伝統を重んじつつも、革新へのチャレンジ精神は忘れないぜ」
得意そうな彼の笑顔につられ、俺と日野は始めに漬け物を食べてみた。
「美味い、マスだけど脂のってるよ、これ」
「でもサッパリしてて、いくらでも食べられる感じ」
俺達の讃辞で彼の笑みは深くなり、飼い犬たちはレシピを教えてもらう気満々になるのだった。


10人分くらいあったんじゃないかと思われたおかずやオニギリは、日野の活躍もあり、きれいに無くなった。
暑いのに温かい味噌汁を飲むとホッとした気持ちになったのは、最初に料理番が言っていたように体が冷えてきていたせいだろう。
川にはあまり入っていなくても冷えたのだから、白久はもっと冷えたのではないかと心配になったが
「川の水が気持ち良かったですよ」
と、雪国の犬らしいことを言っていた。

「どれ、俺達は帰って夕飯の支度をするか
 カジカは骨の処理して唐揚げにするから、骨まで食えるぜ」
「顔はこんなだけど白身で上品な味なんだよな
 三峰様にも振る舞ったら、喜ばれるぞ」
料理番たちの言葉に
「お願いするよ、僕とシロの共同作業の戦果だ、もちろん三峰様にも召し上がっていただくよ」
「三峰様にお喜びいただければなによりです」
白久も黒谷も快く頷いていた。


ランチを食べた後は、少し深い淵になっている場所で水遊びをする。
「さっきの場所より流れが緩くて水が温いけど、プールよりは冷たいな」
「急に深くなってる場所あるし、ライフジャケットとか持ってくれば良かった
 来年は持ってこよう」
そんな言葉を交わす飼い主を余所に、犬達は平気な顔でスイスイ泳いでいた。


辺りは明るいが夕方の少し涼しい風が感じられ、俺達は楽しかった川遊びを切り上げてお屋敷に戻る。
水に浸かっていただけなのに体が重い気がして、結構疲れているのだと気が付いた。
日野も同じ状態なのだろう、眠そうな顔をしていた。
「温泉で体温めて、夕飯まで少し寝ようか
 どうせ着替えも持ってるし、荒木達も俺達の部屋で雑魚寝しよう
 離れまで行くの面倒だろ」
その提案に俺は一も二もなく頷いた。

温泉で冷えた体を温め日野達の部屋に布団を2組敷くと、俺達は倒れ込むように横になり直ぐに寝入ってしまった。
やっとお使いが終わった陸と海が呼びにくるまで目を覚ますことなく、全員爆睡していた。
起きると気力が戻ってきて、早速夕飯を食べるため大広間に移動する。
「腹へったー
 寝る前に何かつまもうと思ってたのに、速攻寝落ちしちゃったぜ」
「お前が食欲より眠気に負けるなんて珍しいな
 俺も腹減った、ランチあんなに食ったのにどこいっちゃったんだろ」
廊下を歩く俺達の鼻孔に、なじみ深くも良い香りが届いてきた。

「え?この匂い、もしかして」
日野がいち早く反応し小走りで移動すると、大広間の襖を開ける。
そこに用意されていたものは、カレーだった。
「やったー!夏はやっぱ、カレーだよね」
日野はテンションマックスで席に座り
「カツもあるじゃん、ここはやっぱりカツカレーだな
 あ、黒谷が捕ってくれたカジカの唐揚げも皿にのってる
 これは味をちゃんと確認したいから、単独で食べようっと」
日野のテンションが俺にも伝染し
「俺もカツカレーにして、唐揚げは別で食べよっと」
カレーに集中していたので回りの異様な光景に気が付くのが遅れてしまった。
日野に負けないテンションで盛り上がっている武衆の犬達は、全員裸だった。
俺の隣の白久も周りを見回して服を脱ぎ始める。
「皆、ジョンに躾(しつけ)られまして、ラーメンやうどん、カレーを食べるときは服を脱ぐことになってるんです
 私も白い服なので一応従おうかと」
俺の視線に気が付いた白久が、弁解じみた言葉を口にした。

ミイちゃんはいつものように白のワンピースを着ている。
「私は、こぼしませんからね」
頷いて俺を見たミイちゃんの隣に畏まって座っている波久礼は裸だった。
「それでは、いただきます」
ミイちゃんの言葉の後は、料理番の2人にとって阿鼻叫喚の様相を呈していた。
「俺、ロースカツ2枚追加」
「俺、ヒレカツ3枚」
「お代わり、ルー多めで」
「ソース取ってくれ」
「お代わり、ご飯多めで」
「俺、ラッキョより福神漬け派」
「こんな時はキュウリの歯ごたえが美味いんだ」
次々と注文が入るため、自分達が食べる時間が取れないようだった。
大鍋で大量に作ったせいか、カレーはとても美味しくて俺も2杯お代わりしてしまった。
日野はオヒツに鍋ごとぶちまけた方が能率が良いのでは、と言うくらいお代わりしていた。

「白久が捕ってくれたカジカの唐揚げ、美味しい
 こんなの初めて食べたよ」
「捕ったのはクロですが、次は自分でも捕ってみます」
「白久が動かした石の下には必ずカジカが居たよ
 それって凄いじゃん、白久が追い立てたから黒谷も捕れたと思う」
美味しい食事と飼い犬との楽しい会話で、お屋敷滞在2日目の今夜も大満足の夕飯だった。


夕飯の後は再び温泉に入り、離れに引き上げていく。
「今夜で離れも最後か、来年はもっと長く泊まれるよう前もって課題とか終わらせるよう頑張ろう」
「来年も楽しみですが、車の運転に慣れたら秋にでもまた来てみるのはどうでしょう」
「それ良いいね、秋の味覚を堪能できそうだし
 それまでにもっと運転技術上達させるぞ」
俺達は楽しい予定を語り合う。


それから離れで過ごす夏の最後の夜を満喫するため、体を何度も重ね愛を語り合うのであった。
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