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しっぽや(No.198~224)

side<TAKESI>

夏休みの最後の週、久しぶりに先輩達と揃ってのしっぽやバイトになった。
「何かバタバタしてて、中々会えなかったな」
「そういえば夏休み中に3人揃って会うの、今日で4回目くらいじゃない?」
「普通に学校ある時より会ってなかった感じですよね」
俺の言葉に先輩達は驚いた顔をした後、納得の表情を浮かべていた。
「んじゃ、久々に会う後輩にお土産
 お茶の時間に開けようぜ」
日野先輩に手渡された紙袋はずしりと重かった。
「ミイちゃんのお屋敷に行く途中の道の駅で買ったんだ
 ベタな土産物が多いけど、旅先で見ると思わず手に取っちゃうんだよね
 帰りもちょっとだけ寄って来ちゃった」
荒木先輩も紙袋を手渡してくる。

「ありがとうございます
 そっか、2人もお屋敷に行ったんですよね
 皆元気でした?風邪とかひきそうにない犬達ばかりだけど」
「元気元気、料理番の飯も最高に美味かった」
日野先輩が舌なめずりしながら遠い目をした。
お屋敷の食事を思い出しているのだろう。
「今回、凄い珍しい体験できたよ
 化生が生まれるところに立ち会ったんだ、生まれるというか隧道から出てくるとこ
 今回の新入りはグレート・デーンの『伊古田(いこた)』って言って、凄く大きいんだよ
 でも優しくて健気な子でさ
 もうちょっと他の犬に慣れたら、こっちに来ると思う
 前に白久が使ってた部屋に住んでもらう予定だよ」
「見た目厳(いか)ついけど繊細な子だから優しくしてやってくれ
 最初、空と大麻生にはビビりそうだな
 新郷にもあまりギャンギャン言わないよう前もって言っといた方がいいか」
「猫は大丈夫かな、向こうで波久礼が教育すると思うから
 でもさあ…」
「ああ、無垢な奴が下手に教育されすぎると猫神2号が誕生する危険があるな
 生前猫との関わりはなかったみたいだし、大丈夫だと信じたい」
先輩達は神妙な顔で話し合っていた。

「グレート・デーンってメチャ大きい犬でしょ?
 ひろせは大型犬好きだから大丈夫だけど、他の猫には前情報流しといた方が良いんじゃ」
俺の言葉に
「いや、伊古田は本当に優しくて良い子なんだ
 むしろ、猫の方が気が強いときある」
「グレート・デーンは『優しい巨人』とも称されて、他の動物とも仲良くできるんだぜ
 でも、猫が伊古田を驚かさないよう前情報を入れておくのは良いかもな
 足音忍ばせた猫が急に現れたら、伊古田、腰抜かすかもしれない」
2人の先輩は新入り贔屓な発言をしていた。
それから伊古田の生前を教えてくれる。
その波乱に満ちた過去は心を打たれるに十分なもので、俺も彼がここに来たら優しくしてやらねばと使命に燃えるのだった。



「そういえばお前も俺達より先にお屋敷に行ってたんだよな
 修行、とかやってきたんだろ?成果の程はどうなんだ?
 ナリくらいのパワー、というか鋭さは身についたのか?」
「筋肉は育ったの?武衆の犬達と買い出しに行くだけで、かなり山の中走りそうだけど
 見た目はそんなに変わってないような」
先輩達に突っ込まれ
「まあ、色々あったというか
 今日は依頼も少ないし、お茶でもしながら話しますよ
 もらったお土産開けましょう」
所長である黒谷が頷いて控え室を指さしてくれたのを見て、俺は紙袋を持って移動する。
水出ししておいた濃いめの紅茶にミルクをたっぷり入れたミルクティーを作り、お土産のご当地クッキーとご当地饅頭の箱を開けると俺は思い出深い一夏(ひとなつ)のことを話し始めた。








待ちに待ってた夏休み!
俺は夏休みを利用して10日程、ミイちゃんのお屋敷で修行することになっていた。
もちろん飼い猫のひろせも一緒に、である。
2人で泊まりがけの旅行に行けるチャンスなんて学生のうちはないだろうと思っていた俺にとって、それは信じられないような幸運だった。
出発前日からひろせの部屋に泊まり込み、2人で旅の準備をする。
幸せな時間に俺の頬は緩みっぱなしだ。
『いやいや、遊びに行くんじゃなくて修行なんだぞ、俺
 この修行でもっと感覚を研ぎ澄ませて、ひろせとのコンビで猫の捜索件数を双子より上回ってやる!』
拳を握った俺に、ひろせが頼もしそうな笑顔を向け
「お屋敷滞在で力を付けて、頑張りましょう」
そう言ってくれる。
通じ合っている絆を感じ、幸せな気分に包まれた。

「よし、こんなもんかな
 荒木先輩が前に山は寒いって言ってたから上着入れただろ、日中は汚しても惜しくない中学んとき使ってたジャージと着古したTシャツ、行き帰りはジーパンとモッチーにもらったちょっと良い服
 着てくものはハンガーに掛けておいてっと」
「僕はお屋敷にいる間は向こうの服を着させてもらいます
 荷物が軽い分、皆へのお土産を鞄に詰め込めるから
 新作焼き菓子を持って行きたかったけど、夏なので用心して手作りはやめておきました
 代わりにお気に入りのケーキ屋さんの焼き菓子と、ゼリーを買い込んでおきましたよ」
ひろせは大きな紙袋を2個用意している。
「今回、モッチーが車で送ってくれるから、俺も重い物お土産を買っちゃった
 水ようかんと葛きりと薄皮饅頭
 物産展で見かけた『外郎(ういろう)』も珍しくて全種買いしたよ
 物産展て危険だね」
俺も用意したのは紙袋2個だが、重さがひろせの物の倍以上あった。
『車の免許、俺は卒業と同時くらいには取ろう』
しっぽやの買い物係として、それは急務だった。

「後はタオルとか歯ブラシ、財布にスマホこんなもんかな
 手に持ってた方が良い物はこっちの鞄に入れて、っと
 ひろせは準備終わりそう?」
「はい、僕は向こうの小物を使わせてもらっても良いですから
 忘れ物を気にしなくて良いので気楽です
 あ、スマホだけはちゃんと持たないと、何かあったときタケシと連絡取れなくなっちゃう
 焦ってると、まだ想念だけでは伝えられないんですよね」
ひろせは眉根を寄せている。
「その辺とか、お屋敷での修行で強化出来るといいな
 色々試してみよう」
俺が言うと
「はい、僕もタケシに負けないよう頑張ります」
ひろせは可憐な花のような笑顔を見せてくれた。

「出発は明日の朝9時、遅刻しないようそろそろシャワー浴びて寝ようか」
俺は少し期待を込めた目でひろせを見てしまう。
「そうですね、それでその後、1回くらいしてもらいたいかなって
 お屋敷に行ったらするチャンスがないでしょうから」
ひろせも俺に同じような視線を寄越してくれた。
「俺も同じ事思ってた」
ひろせの頬にキスをして、身体を抱き寄せながら2人でシャワーを浴びに行く。
その後のベッドではいつものように張り切ってしまうのだった。




ピピピピピピピピピ

アラームの音で目が覚める。
ベッドサイドに置いてあるスマホを手にして時刻を確認した俺は
「寝坊した!」
思わず叫んでしまった。
「ん…、今、アラーム鳴りましたか…?
 なのに、寝坊…?」
寝ぼけ眼(まなこ)のひろせが、俺の腕に頬を押しつけてきた。
「スヌーズにしといて良かった、何回アラームに気が付かなかったんだろ
 1時間も多く爆睡しちゃってた」
7時にアラームをかけていたが、今は8時を回っている。
「寝坊って言っても、待ち合わせはマンション内の駐車場だから大丈夫だ
 朝御飯は車の中で食べさせてもらえば、予定時間には間に合うよ」
「分かりました、朝ご飯、手軽に食べられるようにとオニギリにしておいて良かったですね
 個包装のパウンドケーキとマドレーヌもあるからデザートもバッチリですし
 モッチー達へのお礼を買うついでに、自分達の分も買い込んだの正解でした」
ひろせは悪戯っぽそうな顔で舌を出した。
「ありがとう」
お礼を言ってその柔らかな髪を撫でると、うっとりとした表情になる。
『これだけ可愛いんだもん、1回で済むわけないじゃん』
昨晩の俺が弁解する声が聞こえた気がした。


ベッドから起き出した俺達は、テキパキと準備を始めた。
軽くシャワーを浴び昨晩の汗を落として、洗顔&歯磨きをする。
着替えてブラシをかけ、荷物の山を手に取るとそのまま出発した。
「予定してた時間通りに出れたね、良かった」
ここで遅刻をしたらその原因をモッチーには悟られそうな気がして恥ずかしかったので、俺は胸をなで下ろすのだった。
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