しっぽや(No.85~101)
side<IWATUKI>
母方の祖父母が事故にあってしまい、その看病のため両親は親戚の家に行ってしまった。
自宅でやっているクリーニング店は暫く休む予定だったけど、見習いで来ているジョンが僕と2人で頑張ってみたいと言い出したので、休まずに営業することにした。
店の手伝いはずっとやってきたし、ジョンも居てくれる。
きっと自分だけでも出来るはずだと高を括っていたけれど、いざ仕事を引き継いでみると僕が手伝っていたことは店の経営のほんの一部に過ぎなかったと痛感してしまった。
挫けそうになる僕を、ジョンが支えてくれた。
ジョンの明るい前向きさが、僕には頼もしかった。
両親のいない初日の夜、僕はジョンの頼みで同じ布団で寝ることになる。
一緒に寝るなんて恥ずかしかったけど、ジョンも2人で店を営業することに不安を感じていたのかもしれない。
そう考えると断るのも悪いし、実は僕も彼と一緒にいると安心できる気がしていた。
2人で布団に潜り込むと暖かくて、疲れていた僕はあっという間に眠りに落ちてしまった。
その夜、僕は久しぶりにお爺ちゃんの夢を見た。
不思議なことにお爺ちゃんは僕の記憶の中よりもずっと若くて、お父さんとさして代わらない感じに見えた。
お爺ちゃんの隣には少し毛の長い茶色の犬が居る。
きっと、この犬がジョンだ。
犬は僕が頭を撫でても怒らずに、嬉しそうに尻尾を振っている。
『お爺ちゃん、犬って可愛いね
僕も欲しいな』
犬を撫でながら僕が言うと
『岩月だって飼ってるじゃないか
俺が出来なかった分まで、可愛がるんだぞ』
お爺ちゃんにそんなことを言われてしまう。
『うちに犬は居ないよ』
不思議に思いそう聞いたら、お爺ちゃんは僕の後ろを指さした。
そこにはジョンが居た。
そういえば、ジョンはうちの看板犬ってことになってたっけ。
『ジョン』
僕が呼ぶと、彼は嬉しそうに駆け寄ってきて本物の犬みたいに体をすり付けてくる。
頭を撫でたら気持ちよさそうに目を細めた。
『ジョンはお前を守ってくれるよ』
お爺ちゃんが言うと、ジョンは僕をギュッと抱きしめてくれた。
『看板犬だけじゃなく、番犬も出来るなんて凄いねジョン』
何だか可笑しくて、僕はクスクス笑いながらジョンに抱かれていた。
彼から伝わる温もりが、とても心地よかった。
『貴方を、お守りします』
ジョンがそう言ってくれた気がして、僕は安堵感につつまれる。
『うん』
僕もジョンを抱きしめ返し、2人でピッタリとくっつき合う。
『こうしてると、僕達、満月みたいだね』
上弦と下弦、半身に出会えたような不思議な気持ちになった。
それから僕とジョンとお爺ちゃんと犬は、夢の中で楽しい時を過ごした。
あんパンを半分こにして分け合ったり、お爺ちゃんがどんな風に仕事をしながら移動していたか聞いたりもした。
お爺ちゃんと色んなことを話し合った。
子供の時もっと沢山お爺ちゃんと話しておけば良かった、という悔いが消えていく。
それはとても楽しくて、贅沢な夢であった。
朝の気配に、意識が浮上する。
夢の中でそうであったように、僕はジョンに抱きしめられながら寝ていた。
端正なジョンの顔が間近にあり、鼓動が早くなってしまう。
彼があまりに幸せそうな顔で気持ちよさそうに寝ていたので起こすのがしのびなく、僕は彼が起きるまで大人しく抱かれていることにした。
『ジョンが、ずっとうちで見習いしてくれればいいのにな』
僕はつい、そんなことを考えてしまった。
すでに僕にとってジョンは、離れ難(がた)い存在になっていた。
僕が起きた10分後くらいに、ジョンの目が開く。
間近にある僕の顔を見ても驚いたり照れたりする素振りを見せず
「おはよう、何か良い夢見ちゃった
今日も頑張るよ」
にっこり笑ってくれた。
だから僕も
「おはよう、僕も良い夢見たんだ
頑張ろうね」
素直に前向きな気持ちになれた。
「僕、朝ご飯作るから布団片付けてもらって良い?」
「もちろん!あ、でも、天気良いから少し干そうか
後、洗濯もしよう
岩月、今までの配達がまだ残ってるだろ?
岩月が配達に行ってる間、俺がお店開けとくよ」
「ありがとう、今日はいつもより量が少ないし1時間くらいで回れそう
帰ってきたら一緒に店番して、仕事の段取り考えよう」
僕達は着替えながら今日の予定を話し合った。
肉体労働をしていたジョンの、筋肉がありつつも引き締まった体つきにドキリとしてしまい慌てて目をそらす。
ドキドキを悟られないよう
「お昼はさ、お客さん少なそうだったらお弁当作ってお店で食べない?」
何気なくそう言ってみた。
「良いね、2人で食べた方が美味しいから」
ジョンは嬉しそうに頷いてくれて
『ジョンって格好いいだけじゃなく、可愛いな』
僕はついそんなことを考えてしまうのであった。
父が留守にすると周知しておいたせいか、その日はあまりお客さんが来なかった。
けれどもお互い1人で店番をするのはちょっと不安だったから、今日は2人で店番をしようと決める。
なので、おにぎりと卵焼き、ソーセージに漬け物といった簡単なお弁当を作り、ポットにお茶を入れてお店で食べた。
それは何だかピクニックみたいで、僕にはとても楽しかった。
事件が起こったのは、お昼を食べてからしばらくのことだった。
誰もいない店内に、紙袋を持った男のお客さんがフラリと入ってきた。
『こんな時間に男のお客さんなんて珍しいな』
そう思いつつ、僕は
「いらっしゃいませ」
と声をかける。
初めてみる顔だったけど、濃い色のサングラスをかけていたので本当に初めてのお客さんか自信はもてなかった。
右耳の下あたりに黒子が2つ並んでいるのが、特徴と言えばそうだろうか。
彼は僕には目もくれず、店に貼ってある料金表を確認していた。
困った僕がジョンを見ると、彼は訝しげな顔をしている。
お客さんには常に愛想が良く、笑顔の絶えない彼にしては珍しい反応だ。
「すぐに洗って貰いたいんだけどさー、出来る?
今すぐ、強力な奴で洗ってよ」
お客さんは馴れ馴れしい言葉使いで話しかけてきた。
「特急仕上げでも、出来上がりは明日になってしまいますが」
僕がオドオドと答えると
「明日?」
彼は不満そうな顔を見せる。
「しゃーねーな、じゃこれ、一刻も早く頼むかんな
ちょっと、醤油たらしちまってよ」
お客さんが紙袋から取り出した上着を見て、僕は絶句してしまう。
それは『醤油をたらした』なんて言葉では追いつかない、『醤油瓶をぶちまけた』と言った方が早いような状態であった。
しかもそれはつい先ほどのことなのか、店の中に濃い醤油の臭いが立ちこめる。
『生地も仕立ても良い物だ、何よりこの汚れ
お父さんもいないし、明日までには無理…』
僕は現物を見ないで軽々しく『明日』と言ってしまった事を、激しく後悔する。
「申し訳ありません、この汚れでは明日のお引き渡しは無理です」
僕が縮こまって告げると、案の定お客さんの顔が苛立ったものになった。
「お前、明日って言っただろうが
良いから、今すぐ強力な洗剤でジャブジャブ洗えよ
クリーニング屋なんだから、あんだろ?そーゆーの」
半ば脅すように、強引にそんなことを言ってくる。
「いえ、でも、あの…」
上手く言葉を発せない僕を庇うように、ジョンが割り込んできた。
「お客様、ここまで汚れた物はすぐには無理です」
ジョンは、僕が聞いたこともないような冷たい声できっぱりとそう答えた。
「んだ、この店はクリーニング屋のくせに汚れた服は洗えないってか」
お客さんの声も険を増していく。
「当店では、お取り扱いしかねます」
ジョンが居丈高に言い放つと
「客を選べるようなご大層な店なのかよ」
お客さんも負けじと言い返してきた。
そんな最悪なタイミングで、新たなお客さんが店のガラス戸を開け店内に入ってくる。
それは、近所ではスピーカーとして有名なオバサンであった。
彼女はとにかくトラブルや噂話が大好きなのだ。
祖父母の看病で両親が留守にする旨は近所にも周知してあるので、様子を見に来たのだろう。
すぐにジョンとお客さんの険悪な雰囲気に気が付いたようだが、好奇心の方が勝ったのかオバサンは店を出ていこうとはしなかった。
「汚れた服洗えねーなら、何洗うんだよこの店は」
「てめーで汚した服くらい、てめーで洗え」
ついにジョンが喧嘩腰の言葉を口にしてしまう。
「んだと、この店は客を何だと思ってんだ」
「てめーみてーな奴は、客じゃねーよ」
ジョンとお客さんは一触即発状態でにらみ合っていたが、お客さんは店の壁掛け時計を見ると舌打ちして
「チンケな店が客を選ぶたーな」
そんな捨てゼリフを残し乱暴にガラス戸を開け去っていった。
さすがにジョンの剣幕に驚いたのか、スピーカーオバサンもそそくさと店を出ていった。
「うん、まあ、無茶な事言うお客さんだったけどね
あのオバサンに聞かれたのはマズかったかも
きっとあの店は、汚れの酷い服は取り扱わずに追い返すって、大げさに言って回るだろうな」
僕は苦笑してしまう。
「あ、俺…」
ジョンはハッとした顔になり、オロオロとする。
「お店の評判下げるとか、そんなつもりじゃなく」
「わかってる、しょうがないよ
あの汚れは、一晩で僕がどうにかできるレベルじゃなかったし」
僕が慰めても、彼は泣きそうな顔をしていた。
その後はお客さんが1人も来なかった。
「もうあのオバサンが、近所中に言って回ってるのかも」
ジョンは店を閉めた後も、落ち込みっぱなしだった。
その夜も、僕達は同じ布団で眠る。
「岩月、ごめんなさい」
ついに泣き出してしまったジョンを抱きしめ
「気にしてないよ」
僕は夢の中でしたように彼の頭を撫でてみた。
彼は叱られた犬のようにいつまでも震えていて、それがまた僕には可愛く思えるのであった。
母方の祖父母が事故にあってしまい、その看病のため両親は親戚の家に行ってしまった。
自宅でやっているクリーニング店は暫く休む予定だったけど、見習いで来ているジョンが僕と2人で頑張ってみたいと言い出したので、休まずに営業することにした。
店の手伝いはずっとやってきたし、ジョンも居てくれる。
きっと自分だけでも出来るはずだと高を括っていたけれど、いざ仕事を引き継いでみると僕が手伝っていたことは店の経営のほんの一部に過ぎなかったと痛感してしまった。
挫けそうになる僕を、ジョンが支えてくれた。
ジョンの明るい前向きさが、僕には頼もしかった。
両親のいない初日の夜、僕はジョンの頼みで同じ布団で寝ることになる。
一緒に寝るなんて恥ずかしかったけど、ジョンも2人で店を営業することに不安を感じていたのかもしれない。
そう考えると断るのも悪いし、実は僕も彼と一緒にいると安心できる気がしていた。
2人で布団に潜り込むと暖かくて、疲れていた僕はあっという間に眠りに落ちてしまった。
その夜、僕は久しぶりにお爺ちゃんの夢を見た。
不思議なことにお爺ちゃんは僕の記憶の中よりもずっと若くて、お父さんとさして代わらない感じに見えた。
お爺ちゃんの隣には少し毛の長い茶色の犬が居る。
きっと、この犬がジョンだ。
犬は僕が頭を撫でても怒らずに、嬉しそうに尻尾を振っている。
『お爺ちゃん、犬って可愛いね
僕も欲しいな』
犬を撫でながら僕が言うと
『岩月だって飼ってるじゃないか
俺が出来なかった分まで、可愛がるんだぞ』
お爺ちゃんにそんなことを言われてしまう。
『うちに犬は居ないよ』
不思議に思いそう聞いたら、お爺ちゃんは僕の後ろを指さした。
そこにはジョンが居た。
そういえば、ジョンはうちの看板犬ってことになってたっけ。
『ジョン』
僕が呼ぶと、彼は嬉しそうに駆け寄ってきて本物の犬みたいに体をすり付けてくる。
頭を撫でたら気持ちよさそうに目を細めた。
『ジョンはお前を守ってくれるよ』
お爺ちゃんが言うと、ジョンは僕をギュッと抱きしめてくれた。
『看板犬だけじゃなく、番犬も出来るなんて凄いねジョン』
何だか可笑しくて、僕はクスクス笑いながらジョンに抱かれていた。
彼から伝わる温もりが、とても心地よかった。
『貴方を、お守りします』
ジョンがそう言ってくれた気がして、僕は安堵感につつまれる。
『うん』
僕もジョンを抱きしめ返し、2人でピッタリとくっつき合う。
『こうしてると、僕達、満月みたいだね』
上弦と下弦、半身に出会えたような不思議な気持ちになった。
それから僕とジョンとお爺ちゃんと犬は、夢の中で楽しい時を過ごした。
あんパンを半分こにして分け合ったり、お爺ちゃんがどんな風に仕事をしながら移動していたか聞いたりもした。
お爺ちゃんと色んなことを話し合った。
子供の時もっと沢山お爺ちゃんと話しておけば良かった、という悔いが消えていく。
それはとても楽しくて、贅沢な夢であった。
朝の気配に、意識が浮上する。
夢の中でそうであったように、僕はジョンに抱きしめられながら寝ていた。
端正なジョンの顔が間近にあり、鼓動が早くなってしまう。
彼があまりに幸せそうな顔で気持ちよさそうに寝ていたので起こすのがしのびなく、僕は彼が起きるまで大人しく抱かれていることにした。
『ジョンが、ずっとうちで見習いしてくれればいいのにな』
僕はつい、そんなことを考えてしまった。
すでに僕にとってジョンは、離れ難(がた)い存在になっていた。
僕が起きた10分後くらいに、ジョンの目が開く。
間近にある僕の顔を見ても驚いたり照れたりする素振りを見せず
「おはよう、何か良い夢見ちゃった
今日も頑張るよ」
にっこり笑ってくれた。
だから僕も
「おはよう、僕も良い夢見たんだ
頑張ろうね」
素直に前向きな気持ちになれた。
「僕、朝ご飯作るから布団片付けてもらって良い?」
「もちろん!あ、でも、天気良いから少し干そうか
後、洗濯もしよう
岩月、今までの配達がまだ残ってるだろ?
岩月が配達に行ってる間、俺がお店開けとくよ」
「ありがとう、今日はいつもより量が少ないし1時間くらいで回れそう
帰ってきたら一緒に店番して、仕事の段取り考えよう」
僕達は着替えながら今日の予定を話し合った。
肉体労働をしていたジョンの、筋肉がありつつも引き締まった体つきにドキリとしてしまい慌てて目をそらす。
ドキドキを悟られないよう
「お昼はさ、お客さん少なそうだったらお弁当作ってお店で食べない?」
何気なくそう言ってみた。
「良いね、2人で食べた方が美味しいから」
ジョンは嬉しそうに頷いてくれて
『ジョンって格好いいだけじゃなく、可愛いな』
僕はついそんなことを考えてしまうのであった。
父が留守にすると周知しておいたせいか、その日はあまりお客さんが来なかった。
けれどもお互い1人で店番をするのはちょっと不安だったから、今日は2人で店番をしようと決める。
なので、おにぎりと卵焼き、ソーセージに漬け物といった簡単なお弁当を作り、ポットにお茶を入れてお店で食べた。
それは何だかピクニックみたいで、僕にはとても楽しかった。
事件が起こったのは、お昼を食べてからしばらくのことだった。
誰もいない店内に、紙袋を持った男のお客さんがフラリと入ってきた。
『こんな時間に男のお客さんなんて珍しいな』
そう思いつつ、僕は
「いらっしゃいませ」
と声をかける。
初めてみる顔だったけど、濃い色のサングラスをかけていたので本当に初めてのお客さんか自信はもてなかった。
右耳の下あたりに黒子が2つ並んでいるのが、特徴と言えばそうだろうか。
彼は僕には目もくれず、店に貼ってある料金表を確認していた。
困った僕がジョンを見ると、彼は訝しげな顔をしている。
お客さんには常に愛想が良く、笑顔の絶えない彼にしては珍しい反応だ。
「すぐに洗って貰いたいんだけどさー、出来る?
今すぐ、強力な奴で洗ってよ」
お客さんは馴れ馴れしい言葉使いで話しかけてきた。
「特急仕上げでも、出来上がりは明日になってしまいますが」
僕がオドオドと答えると
「明日?」
彼は不満そうな顔を見せる。
「しゃーねーな、じゃこれ、一刻も早く頼むかんな
ちょっと、醤油たらしちまってよ」
お客さんが紙袋から取り出した上着を見て、僕は絶句してしまう。
それは『醤油をたらした』なんて言葉では追いつかない、『醤油瓶をぶちまけた』と言った方が早いような状態であった。
しかもそれはつい先ほどのことなのか、店の中に濃い醤油の臭いが立ちこめる。
『生地も仕立ても良い物だ、何よりこの汚れ
お父さんもいないし、明日までには無理…』
僕は現物を見ないで軽々しく『明日』と言ってしまった事を、激しく後悔する。
「申し訳ありません、この汚れでは明日のお引き渡しは無理です」
僕が縮こまって告げると、案の定お客さんの顔が苛立ったものになった。
「お前、明日って言っただろうが
良いから、今すぐ強力な洗剤でジャブジャブ洗えよ
クリーニング屋なんだから、あんだろ?そーゆーの」
半ば脅すように、強引にそんなことを言ってくる。
「いえ、でも、あの…」
上手く言葉を発せない僕を庇うように、ジョンが割り込んできた。
「お客様、ここまで汚れた物はすぐには無理です」
ジョンは、僕が聞いたこともないような冷たい声できっぱりとそう答えた。
「んだ、この店はクリーニング屋のくせに汚れた服は洗えないってか」
お客さんの声も険を増していく。
「当店では、お取り扱いしかねます」
ジョンが居丈高に言い放つと
「客を選べるようなご大層な店なのかよ」
お客さんも負けじと言い返してきた。
そんな最悪なタイミングで、新たなお客さんが店のガラス戸を開け店内に入ってくる。
それは、近所ではスピーカーとして有名なオバサンであった。
彼女はとにかくトラブルや噂話が大好きなのだ。
祖父母の看病で両親が留守にする旨は近所にも周知してあるので、様子を見に来たのだろう。
すぐにジョンとお客さんの険悪な雰囲気に気が付いたようだが、好奇心の方が勝ったのかオバサンは店を出ていこうとはしなかった。
「汚れた服洗えねーなら、何洗うんだよこの店は」
「てめーで汚した服くらい、てめーで洗え」
ついにジョンが喧嘩腰の言葉を口にしてしまう。
「んだと、この店は客を何だと思ってんだ」
「てめーみてーな奴は、客じゃねーよ」
ジョンとお客さんは一触即発状態でにらみ合っていたが、お客さんは店の壁掛け時計を見ると舌打ちして
「チンケな店が客を選ぶたーな」
そんな捨てゼリフを残し乱暴にガラス戸を開け去っていった。
さすがにジョンの剣幕に驚いたのか、スピーカーオバサンもそそくさと店を出ていった。
「うん、まあ、無茶な事言うお客さんだったけどね
あのオバサンに聞かれたのはマズかったかも
きっとあの店は、汚れの酷い服は取り扱わずに追い返すって、大げさに言って回るだろうな」
僕は苦笑してしまう。
「あ、俺…」
ジョンはハッとした顔になり、オロオロとする。
「お店の評判下げるとか、そんなつもりじゃなく」
「わかってる、しょうがないよ
あの汚れは、一晩で僕がどうにかできるレベルじゃなかったし」
僕が慰めても、彼は泣きそうな顔をしていた。
その後はお客さんが1人も来なかった。
「もうあのオバサンが、近所中に言って回ってるのかも」
ジョンは店を閉めた後も、落ち込みっぱなしだった。
その夜も、僕達は同じ布団で眠る。
「岩月、ごめんなさい」
ついに泣き出してしまったジョンを抱きしめ
「気にしてないよ」
僕は夢の中でしたように彼の頭を撫でてみた。
彼は叱られた犬のようにいつまでも震えていて、それがまた僕には可愛く思えるのであった。