空の兄弟〈後編〉

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「今日、全国の会社という会社で辞令が出た。
 すげえな、俺、物語に出てくるような兵士になっちゃうんだ。
 かっこいいだろ、いっぺんそうなってみたかったんだよなあ。
 命張って頑張れば国がたくさん褒美をくれるってよ、給料だってちゃんと出るし。
 なあ潤子聞いてる?
 今日中に郵便で戦闘服が配給されるらしい。
 朝、それのサンプル見せてもらったんだけど、すげえいいよ。
 千恵子もきっとおとうさんかっこいいってはしゃぐだろうな。
 なあ戦争ってどんなだろ。敵をいっぱい倒して…」

「……」

 潤子は呆然とした。

 彦一はまだペチャクチャまくし立てるが、彼女の耳にはもう入らない。

 今、戦争が始まるって言ったの?

 どうしてこの人はこんなに嬉しそうなの?

 貧血みたいに、潤子の目の前が一瞬真っ暗になった。

 潤子の震える唇から白い息が空へ、潤子の足元でくすぶる黒い煙がそれを追う。

 あーあもう知らんわ、と戦争を知らなかった時代に別れを告げる様に、勢いよく空に向かい続ける。

 潤子は一生忘れない。

 突然の戦争開始の報告を受ける傍らで、ふと、どこかで空襲警報が響き渡る感覚に襲われた事を。

 しかしながらこれは

 今の段階では世界で唯一人

 彼女にしかわからぬ恐怖!





「潤子、どうした、ぼうっとして?」

 彦一、ようやく潤子のただならぬ様子に気付き、彼女の肩を掴んだ。

 潤子、蒼冷めた唇で、戦争のことをなんにも知らない愚か者を冷たく突き放す。





「なんでもないわ、ほっといてちょうだい」










空の兄弟〈完〉





[リアルタイム執筆期間]
(ノート版)1997年9月29日~2001年5月25日
(web初版)2015年11月16日~2016年5月某日
(web改稿版)2020年11月1日〜2021年5月12日

[改稿終了日]
2021年6月10日






※よければこちらもどうぞ
【空の兄弟】(改)あとがき
【空の兄弟】(ノート時代)あとがき
【空の兄弟】(web初掲載時)あとがき





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